心の奥底
夜の西門は、静かな威容を以て城壁にそびえていた。わたしと呂氏は、しばらく視線を合わせないまま、梅玲の去いた方向を眺めた。
呂氏は、弓矢と刀剣の佩いた位置を整えると、ため息をついて、門の壁に身をもたれた。男は空を見上げながら、青ざめた顔でいつまでも黙っている。二つ列んだ観灯の火が、地面の上に延びる人影を揺らして消えた。呂氏は、眼を開けると、わたしに言った。
「思いがけない再会だったな」
「仕方がないではないか」 とわたしは言った。
「今日という日が、全て思いがけないのだ。わたし達が再会したことなど、大した問題ではない」
呂氏は、遠く南方の騒ぎを見つめながら言った。
「それもそうか」
自分に言い聞かせるような物言いである。わたし達は、しばらく会わないうちに、ひどくぎこちない間柄となっていた。
わたしは、膨張する群衆の間を抜けながら、呂氏の姿をどこかに探していたのだ。目の前で壊れる観灯の火を見つめ、倒れ、踏みしだかれる旗の残骸を憐れみ、飛び交う礫の中に男の姿形を求めた。わたしの心は、奇妙な高揚感と緊張に飲まれて、却って平静さを取り戻しつつあるのを感じた。
遠くで、「打て、打て」 と叫ぶ人びとの声が聴こえた。弓矢の飛ぶ音に続いて、破裂する竹の高鳴りがした。
長安の街は、はかない平和の上に時を過ごしていたのだ。変わらない日々が、必ずしも長続きしないことは、きっと誰もが理解していた。もし一度、何かのきっかけで、平和という器が損なわれてしまったのなら、その中から飛び出すであろうものが、どのような結末をもたらすことになるのかは、誰にも予想できなかった。群衆は、外郭付近から力を増大させ、王宮の兵士たちを踏み潰しながら、北へと進んで行くのだろう。「転んだ子どもがいるぞ」 と叫ぶ者があっても、その瞬間に、すでに「子ども」であったものは、足下の血溜まりでうめくことすらもできないのだ。
群衆は、それだけの生贄を捧げて、何を果たそうというのだろうか。当人たちは、おそらく考えてすらいない。わたし達が、自らの心の奥を知ることは、想像するよりもずっと難しいことなのだ。
わたしは、口を開くべき言葉を見つけられず、ぼんやりした沈黙を守った。




