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動揺と安堵

 兵士は、境内の正面まで馬を進めると、梅玲に矢を射かけた。梅玲は、身を翻して、壁の後ろに隠れた。


 兵士は、角度を変えて、二度矢を放った。一つは、わたし達の目鼻の先を飛んで、壁に深く突き刺さった。梅玲は、短刀を握りしめて、様子を覗っている。


 打ち鳴らされる警鐘の音と、人びとのわめき声が、頭に響いて、少しずつ近づいて来るような気がする。わたしは、壁の後ろで息を潜めながら、全身の疲れを感じた。疲れ出すと、これまでの何の脈絡もない出来事には、どこかで関係性があって、それが積み重なって今のわたしを苦しめているのではないか、という幻想が、目の前を乱れ始めた。幻想は、いつしか心の中での真実となって、急に身体に重く返ってきた。


 わたし達は、礫を馬に向かって投げつけたが、用をなさなかった。街中を這いまわるようにして歩いた哀れな行為への結果としては、決して不釣合なものではなかった。


 兵士は、自らが有利な立場にあるのを、よく理解していた。境内の入口の下を、往復して矢を放った。わたし達が、疲れ、焦り、尻尾を出すのを、辛抱づよく待った。わたしは、高い壁の上方を仰いだり、入口の側に背中を張り付けたりして、外の様子を見た。


 兵士は、帯刀している。わたし達は、やがて一人ずつ斬り伏せられる運命にあるのだろうか。こちらが弱みを見せたときが、終わりの合図となるのだろうか。梅玲は、どこかで組み合いにならなければならないことを理解しているようだった。それがいつになるのかは分からずとも、わたし達にとっては避けるべきだった。


 騎馬が態勢を崩しかけたのは、不意のことだった。遠くから話す声がして、兵士は言葉を返した。騎馬の足許には、弓矢が突き立っていた。兵士が、わたし達に対して優位にあることには、代わりはなかったが、突然の他者の介入によって、心に動揺が生じたようだ。兵士は、声の指示に従って退却した。


 わたし達は、遠のく馬の足音を聴き、少しずつ安堵した。気が付くと、境内の奥には、恐怖に震える男女が抱き合っていた。


 わたし達が、入口の奥から外の様子を窺うと、一人の男が建物の前まで来かかっていた。わたしは男の表情を探す眼に、全身の苦しみを感じた。


 梅玲は、短刀を差し向けて、「止まれ」 と叫んだ。


 わたしはそのとき、夜の空気に身体が冷えきっているのに気が付いた。

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