名誉への憾み
わたし達が、休息の場として選んだのは、拝火教の古寺だった。それに気が付いたのは、わたし達が新たな危機に襲われつつあるときだった。
梅玲は、急いで退がるように、わたしに指示した。
一騎の馬兵が、土煙を上げて停止した。兵士は、わたし達に動かないよう命令した。片手には、弓をたずさえていた。
兵士は言った。
「不審な女が二人、城内をうろついていると聞いた。一人は胡人であるという。お前たちのことなのだな」
梅玲は応じた。
「わたし達は、騒乱を逃れるために移動してきただけだ。妙な企てなどは起こしていない」
「それはどうだろうか」 と兵士は、言葉をさえぎるように続けた。
「わたしは、胡人を信用していない。わたしの父は、安史の乱で戦い、死んだのだ。安禄山は、帝からの格別な寵愛を受けていた。父は、あの男を宮中から除くようにを進言し、いつまでも栄誉を得ることがなかった。父は正義の人物であった。なぜ父が戦いで、死なねばならなかったのか。わたしは、憾みを持っている」
梅玲は、わたしを寺社の壁の奥へ隠した。それから、言葉を継いだ。
「王宮の兵士が、私怨のために弓をひくというのか。相手は罪のない市井の女だ。事が知れては、お前もただでは済むまい」
「誰がこの場を知るというのだ。わたし達の他にいないではないか」 と兵士は続けた。
「それに噂通りの不審な女が二人、拝火教の寺院に集まり、話をしている。騒乱を起した仲間を待っているのではないか。わたしの目には、そのように見えている」
兵士の声色は、覚悟を告げていた。
こちらは二人だが、相手は弓矢を手にした騎馬である。わたし達が、たとえ武器を携えていたとしても、勝ち目は薄いだろう。逃げるにしても、境内の奥は行き詰まりである。わたし達の命運は、すでに尽きかけていた。
わたしは、自らの父の性格を通じて、武人の気質をよく理解していた。武人はつねに生死に名誉をかけるものだ。死ねば、名誉のほかに遺されるものがないことを、よく知っている。もし名誉が果たされなければ、汚辱を晴らすために、全霊を賭する覚悟を決める。子は父から職命を引き継がなけれならない。武人の名誉を守るとは、そのようなことだ。なんと惨めで、恨みがましい生き方なのだろうか。わたしは父の生き方を否定し、どこまでも逃げてきた人間だ。そのような人間が、自らの父の復讐に燃える男の手にかかろうとは、天命に与えられた皮肉としか言い様がない。




