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秘密の匂い

 兵士たちは、明らかに誰かを捜して歩く様子だった。周囲の人に聴き込むでもなく、自然な見廻りをするふうなのは、かえって気味が悪い。


 軍権は、政略のために買収されることが、しばしばである。政敵の捕縛か、危険分子の調査が彼らに与えられた任務なのだろう。


 わたしは視線が合ってはならないと考えて、詩作に没頭するふりをしつつ、観察を怠らなかった。


 ややあって、東市の方に向かって、

 「おい、何をしている」 と兵士らは叫んだ。


 彼らは武具の音を鳴らしながら、猿臂を伸ばし、目標に走り出した。


 わたしは事の顛末に興味を感じたが、物好きな行為に及ぼうとは思わなかった。


 向かいに坐る例の男は、あとからわたしの肘を突いて、「行ったのか」 と訊ねた。


 「市場の偸盗を捕らえるために走って行った」 とわたしは答えた。


 男は、ため息をついて、

 「それは良いことだ」 と言った。


 それから、袖の奥を探って相場とは明らかに不釣り合いな金額を取り出して、短い時間の居座りの代金にしようとした。


 茶屋の主人は、真意とともに受け取ると、また来るように伝えた。


 奇妙な客人は、軒先から傘を広げて、わたしの頭の上に差し出した。


 「檀那、少し歩かないか? お礼をさせて貰うよ」


 「それはどんなお礼だ」


 覗き込む首筋の白さに、危険な色香を感じたわたしは、すぐに提案を受け入れた。


 少し風が吹きはじめ、城内の奥までが激しい雪に白くなった。道行く女性の髪にかけた銀糸の乱れるのが、痛々しく見えた。


 「檀那、もっとこちらに身を寄せたほうが良い」 と例の男は言った。

 「いや、お嬢さんというべきか」


 わたしは傘の裡に身を寄せて、わざとらしく言った。


 「一目でよく女だと分かったね」


 視界の悪い日に道行く二人は、他人から見れば物好きな文人墨客の友連れである。変に好奇の目を惹く心配などない。


 「なに簡単だとも」 と男は傘の柄につかまった。

 「匂いさ。女に特有の生臭い匂いが腹の奥からしたのだから」


 わたし達は、鼻奥を通じて互いの正体を言い当てたわけだ。とても歓心すべき人物たちとは言えないだろう。

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