高揚感と人捜し
にわかに歓声が都に拡がった。人びとは雪の風情を歓迎し、重苦しい空気が一変した。寒さの中の言い様のない高揚感が、わたし達の心を捉えたのだ。
普段は無口な主人でさえも、「雪か、久しぶりだな」 と口を開いた。
わたしが酒を一口啜ると、その暖かさが身に染みる気がした。
上着を羽織った男性が家路を急ぐのを見た。続いて若い女性の客引きや、通りがかりの人が愉快に話を始める。風もなく穏やかな雪景色は、まるで音のない音楽のようで、人びとの心を鮮やかに一つにした。
茶屋の主人が言った。
「どうも詩句を作りたくなった。貴女もどうだろう」
わたしは提案に応じて紙を受け取った。
正直に言うと、わたしは即興の詩作を得意としていない。感傷的でも楽天的でもない性格の人間であるために、良い言葉がすぐに思い浮かばず、推敲を重ねてやっと並程度の代物を作れるに過ぎない。友人からの詩会の誘いも、女を理由に断っていた。わたしの心も、つい酒と雪の感興に酔わされたようだ。
長安の景色は、家々の建て込んだ間から城壁の陰が遠くの方に立ち塞がって、その上辺には衛士が外を眺めていた。薄墨を引いたような雲が天を覆いながら、白く光る雪が街中に明るさをもたらしつつあった。
この様をどう形容したものか。絶句のほうが起承の形式がはっきりしているが、短いぶん面白い発想が必要になり、律詩のほうが思索に適しているが、言葉を選ぶ技量が必要になる。わたしは何も持ち合わせていない。
「良い主題の方が詠むのは難しい」 と主人はふと言った。
「言いたいことが沢山あるから取捨選択するのに頭を使わなければならない。興味のないもののがでまかせを言うだけだから易しい」
わたしはこの至言に助けられた。筆を執ると、真剣に考えて、彼の好意に報いるべき詩を作ろうと努力した。
あまりに夢中になって、声をかけられるまで、後ろに立つ男性の存在に気が付かなくなっていた。
「檀那、面白そうなことをしているね。わたしも仲間に入れてくれないか」
そういうと、若い男はわたしの前に腰掛けて筆を握った。
油の香りで纏めたばかりと知られる髪だ。服装は裕福な商人の息子を装っているが、その言葉遣い、立ち居振る舞いからして、ただの庶民とは思えなかった。
――随分と甘い変装だ、とわたしは自分を棚に上げて可笑しく思った。
男はわたしの態度を訝しんだが、やがて胸中を理解したようで、むやみに事を詮索しようとはしなかった。
わたしは男のさっぱりした性格を気に入った。腹裏にあるだろう奇妙な思惑は、それ以上に気に入った。
男はわたしの苦笑に、皮肉らしい表情で応えると詩作を続けた。茶屋の主人は何も言わなかった。
大路の辺りでは、雪の歓びに楽しむ人びとの中で、兵士が目を光らせていた。