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ある記録

 北辺の大通へ出かかると、風は路地の奥とは違って、表から真向に突き入り、いきなりわたしを吹き乱した。


 今朝のわたしは、それなりに身なりを整えたつもりだった。風に吹きつけられたと思うとほとんど同時に、片手を挙げて口に入ろうとする髪を押さえた。何か真剣な話しをしなければならないような、奇妙な緊張感を覚えていた自分に気が付いて、わたしは思わず苦笑を浮かべた。


 新年の幟旗は、竿から折れてしまいそうで、飯屋の暖簾は、先から千切れ飛ばんばかり翻えっている。建物の日陰に咲く冬の花々は、枯れ草にがさがさと音を響かせながら揺れた。


 大路を越えて、またその先の路地へ入ると、にわかに狭くなった空の隙間に、色の薄くなった月が清冽に冴えているのが見えた。背後を抜ける荷車と、呼びかけ合う人声とが、烈しい風の音にかすれた。


 本来わたしは、この日の記録を残すつもりはなかった。翻意の末に筆を執ったのは、おそらくわたしの感傷のためだ。


 わたしは行きの道筋を、北里に取る場合には、いつもは馴染みの茶屋の前を通ることにしている。その日は誰にも会いたくなくて裏手を選んだ。気持ちだけが、わたしを先立って行く。


 足が止まったので、そこはいつもの楼閣だった。入口の下女たちとは、すっかり顔なじみなので、挨拶は軽くして、階梯をのぼった。


 部屋の前に立つと、わたしはどのような態度で言葉をかけるべきか考えた。


 呂氏は、どこか倦み疲れたわたしの心に、偶然の感興をもたらした男だ。行き詰まりを見せていた一篇の草稿は、もしあの男への関心が向けられていなかったなら、すでに埃塵を被るだけの反故となっていたに間違いない。呂氏は、この怠惰な二流作家の不思議な激励者となっていた。わたしは、顔を合わせるたびに、何か礼を言いたいとつねづね考えた。わたし達の関係性だけを世間で評するなら、実に爛れた人間の悪癖をもて遊ぶものとなるだろう。わたしは世間や天に詫びたいとは、聊かも思わない。ただ、わたし達は、どこかで本心を明かすことができないのを、悲しく覚える。わたし達は、自他の急所に触れることを恐れているのだ。二人は気弱な小心者である、とわたしは知っていた。


 扉の外で、わたしは自らの意見を整理した。その上で、すごくありふれた調子で挨拶をし、世間話をわたしは始めるのだろう。


 わたしが扉を開けると、男はわたしの姿を見とめ、立ち上がった。わたしの手は、強く引かれていた。言葉を発する間もなくのことだった。

◯以後、さまざまな点から山場が続きます。しばらく構成に時間をかけてから投稿を再開します。必ず完成させますので、ご容赦いただきたいと思います。

◯7/27㈰に投稿を再開しました!

◯応援してくださっている読者の皆さま、本当にありがとうございます。作者と同じくらいに、この物語の人物たちを、今後も大切に思っていただければ、とても嬉しく思います!

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