氷菓子の愛
わたしは、蓮娘の後に続いて、楼中の厨屋まで降りた。蓮娘は、屋内を覗き込んで言った。
「田さんの分けてくれた氷をくださいな」
"田さん"というのは、春心楼をひいきにする富商である。戦後復興の際に、所有する土地から材木を切り出して、一気に財を為したのだという。
蓮娘は、こちらを振り返り言った。
「白玉を二つずつ付けてもらうから。愉しみにしてね」
そのまま蓮娘は、格子近くにもたれかかると、通り過ぎる素見にからかわれたり、こっちから文句を言ったりする。その間々には、中仕切りの敷居を隔だて、わたしの方に、愛嬌を振り撒いた。
奉公人の下女が、お待ち遠うさま、と言って、誂えたものを持ってきた。
削り出した清氷に、白玉を三つ乗せて、その上から糖蜜をかけてある。わたしは炭櫃を近くに引き寄せて、匙に手を付けた。
「あら、嫌だわ」 と蓮娘は言った。
「貴女の方だけ、白玉が三つある。あの子、貴女を好いているのだわ。いつもそうなの、可愛らしいでしょう」
「たまたまだろう。気にしすぎだ」
「いいえ、あれがいつもの手なの。油断ならないわ。わたしの客には、しょっちゅうちょっかいを出すの。早く身分を明かしてしまいなさいないな。あの子ったら、きっと驚くわ」
「なかなかの浮気者みたいだな。仕様がない」
「女はみんなそうよ」
蓮娘は、わざとらしく匙の音をさせて、氷の山の中腹を突き崩した。
窓口を覗いた冷やかしが言って通った。
――とんだ贅沢をしてやがる、傾城がよ。
――こんな場所にいる女なぞ何の役にも立たねえ。
――男を惑わし、破滅させるので、せいぜいさ。
捨て台詞で行き過ぎるのを、蓮娘も負けておらず言った。
「なにさ、女知らずの世間知らず。そんなら、あたしが遊んであげるわ。さっさと来なさい」
あははは、と後から来る客が笑って過ぎた。
わたしは、普段とは違う蓮娘の態度に、少し驚かされた。おそらく"ねえさん"の口調を真似てのことだろう。親しくするうちに、わたしはこの娘が遊女であることを、どこかで忘れていた。
目前の女は、氷を一匙口に入れては、外を見ながら、何となしに通りかかる人物に声をかけ、ときには甘えてみたり、ときには殊勝な態度を観せたりすると、しばらくの間は話しをして、その挙句に見世に上がらずに行ってしまっても、別に詰まらないという様子さえせずにいる。女は、ただ思い出したように解けた氷の中から白玉を掬い出して、これを食べる。
遊女として生活が、蓮娘にとっての日常であり、その他の生き方など存在しないのだと、わたしはふと気が付かされていた。




