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脂粉の裏

 以前にわたしは、蓮娘の性格を記述した際に、明るく素直で、自らの境遇を悲しまない人物であるように描いた覚えがある。それはいつもの一室で、わたし達の間にあったわだかまりが初めて解けたときのことだった。


 もしかしたら、この推測はごく皮相に止まっており、ある性格の一面を見たものに過ぎないのかも知れない。


 蓮娘の持ち合わせている快活さは、誰に対応しても発揮されている。その魅力を疑うべくはない。蓮娘は、まだ年が若い。苦界にあっても、世間の感情を失わず、どこか夢見心地でいられるのは、そのためだ。蓮娘は、格子口に座っている間は、その身を売るべきものとして、別に隠している人格を胸の底に持っている。北里に通う人間は、この区劃に入るや、矜持や道徳を去り、その情欲にのみ従うからである。


 わたしは、旧習を守ることで、長らく脂粉の世界を歩き渡り、自他の非を責めない。善なる性の芽を持たない人物はいない、と孟子は曰った。しかし、すでに成長し、歪んだ樹木は、一体どのようになるのだろうか。彼女らは世間も常識も知らず、ただ自らの美貌と手管を誇って、生きて来た。身受けされた遊女のほとんどが、その半生を勝手我儘に過ごし、真に幸福な家庭の人になることはない。蓮娘は、確かに若い。けれども、彼女はある職業人としての振舞い方しか知らない。蓮娘の前途は、わたしなどには想像も付かない、内面の複雑さによって決定されるのだ。


 何か物に追われるような、この切実な心持ちは、折から急に吹き出した風が、大通りから路地へと流れ込み、わたし達のいる格子窓の内側をも寒々しく感じさせるような、ある種の感覚から生じた寂しさに由来するのだろうか。強風につれて響く女たちの独特の矯声は、この別天地の外では決して聞かれることのないものだ。年が新しくなっても、自然やそこに生きる人びとに変わることは何もないはずだ。新春の風は、しみじみとわたしに思い知らせた。気のせいか、通る人の足音も静かに冴えて、あちらこちらでくしゃみをする女の声が聴こえる。


 蓮娘は、関心を向けているだろう男たちに、ただ習慣として声をかけている。格子の外に日陰を成して、歩みを止める人物があった。


 「これは何と愛らしい娘さんだ」 と男は言った。

 「貴女に差し上げたい衣装があるんだ。少し時間をくれないかな」


 男はそう言うと、裏口の方へまわり、室内に入って来た。わたしが呂氏に再会したのは、しばらくぶりのことのように感じた。

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