寒中梅
仮に身分を隠すのならば、場所の風俗に合わせて、出かけの服装を変えるのが好いだろう。これは大した手間のかかることではない。
かつてわたしは、このような支度をして出かけた。自らを捨て、誰でもない他人として街を歩くのは、愉快であるし、気楽なものだ。それが今では頑なに旧習を守っている。武人の娘としての些やかな矜持がそうさせるのか、栄光の大唐帝国に郷愁を抱いているのか、わたしには分からない。あるいは、理由がないことにこそ、人は頑なになるものである。
わたしは古足駄で夜道を歩いている。物に躓いたり、人に踏まれたりして、無用な怪我をしないように気を付けながら、人混みを歩いて、向側の区劃にある寺社に参詣した。
ここにも夜店が続く。境内のやや広い空地には、主に餅屋と花屋とが、土地柄に相応しいくない賑わいを作り出していた。わたしは寺社の名前を知らなかったが、想像よりも建物が新しく綺麗であったので、戦乱を通じて他所から移されてきたのだと判かる。
わたしは、梅の小樹を一鉢買った。寒中梅の風情は、わたしのような人物にも理解される。物乞いが喜捨を求めて、寺内に入って行くのと反対に、わたし後戻りをして、角の居酒屋のある道を進んだ。
都の南面は、河川の流通にあることから、以前はずいぶんと栄えていたという。胡羯の軍団による略奪は、長安の都市としての機構そのものに回復できない打撃を与えた。北里ばかりが姿を残しているのは、人性の真実を現していると言える。背後から響く喧騒に、わたしはかつての繁栄する景色を想像し、柄にもない感傷に心を動かした。まさに「時に感じて花にも涙を濺そぎ」というべきであろうか。
木鉢はなかなかに重い。わたしは行き先を定めて歩き始めた。安価な古着屋も食事処も背にして、すでに馴れきった道を選んだ。
わたしの胸底には、例の男が半ば冗談らしく感情の一端をほのめかしたときの、言い様のない不安が消え去らずにいる。わたし達は、お互いの履歴をほとんど知らない。現在の寂しさと退屈をともにし、不道徳の蜜をだらだらと舐め続けているに過ぎない。
呂氏が北国の生まれであることは、おそらく間違いはない。言葉に不思議なほど訛りがないけれども、顔立ちと肌の細やかなところは、隠しきれない出生を伝えている。わたしは気が付くと、思慮をめぐらせていた。




