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高潔な人物

 降りそうに思われた雪も来ることはなく、灰色の雲と寒さだけが残された。今年の長安の冬は、もう終わりの様子を見せている。


 あと数刻で、年が明ける。わたしは火種を絶やさないよう注意を払いながら、文机に向かって時を過ごした。『傾城の恋』は、ついに年内に完成しないまま、わたしは夜の街に出た。


 この年末の一日に限り、城内は閉ざされることなく、自由な往来が許される。溝づたいに路地を抜け、表の大通りを歩いた。両側には、縁日の商人が店を並べているので、もともと往来が多い道幅は、尚更狭く感じられた。人びとの表情は、夜闇にあっても、燈明の下に明るく輝いている。


 行きつけの茶屋は、客人であふれかえっていた。わたしは居座るべきところを失った。


 城廓の南方には、人通りの少ない寺社があることを、以前に呂氏から聞いていた。近くには貧民街があって、炊出しや身寄りのない者の葬儀などを受け入れた。わたしは、祭日の奇妙な興奮に掴まれて、人波に逆るように足を進めた。


 暗がりにあって、わたしの旧習は身分を隠すのに、いっそうの働きをした。私娼の客寄せや、怪しい商売の勧誘を、何人からも受けた。わたしは、いかにも君子然とした態度で、「試験のために都に来ている。家名を汚すことはできない」 と応じた。高潔な人物が、このような場所に出入りするはずはないであろう。


 わたしは以前に、都の北辺を歩いていたとき、このような場所にくるべき人ではない、と言われたことがある。


 小路を入ったところで、わたしは巡回の兵士に呼び止められた。わたしは自らの身分を明らかにした際の、相手の気遣うような、軽蔑するような態度が嫌いだ。兵士の問いに対しては、士族の未亡人であると応えた。兵士は相手の所持品を改める段になると、わたしの性別に気が付いた。やがて懐中の『論語』の抄釈を見つけると、兵士はいよいよ驚いた。にわかに、わたしのことを敬い、「貴女のような身分ある女性が来るべき場所ではない。安全なところまで、お送りしましょう」 と言った。


 こんなにも親切な兵士が、この都には残されていたのかと、わたしは心を動かされた。身のこなしや、言葉遣いは、いかにも高潔なもので、よく見れば、容貌と体躯とに優れていた。わたしは、この男に何か言葉をかけようかとも思ったが、彼の心を無碍にしてはならないと考えてよした。それ以後、わたしは道を調べて、同じ時刻に近辺を歩かないことにしている。

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