鄭声の思い出
わたしは、長らく芝居を見ることができないでいる。小説家の端くれであるわたしにとって、ありがたいとは言えない状態だ。
何か気に入った演目があるわけではない。ただ、言い様のない退屈さにとらわれたり、筆が遅々として進まかったりした場合などに、気を紛らわせ、あわよくば物語の構想を得られるのを期待して、足を運ぶだけなのだ。
長安の都で、演劇が流行しはじめたのは、先の戦乱が発生する直前の頃だった。時の帝が、宮中に梨園と呼ばれる歌舞音楽の教練場を創った。貴族官僚や富裕な商人が、習俗を真似て、家妓に歌や演技を学ばせ、重客の接待に披露した。
間もなく東市近くの妓楼の一つが、西域ふうの歌謡を聴かせたり、項羽と虞美人の恋愛を主題にした演劇を観せたりするようになった。ひどく扇情的で、人の心を誘惑するものであったので、身持ちを崩す青年も少なくなかった。
科挙の試験勉強を放擲して、危険な遊びに夢中になった青年を、わたしは知っている。
二流の文人墨客の間では、名の知れたわたしを訪ねる人物は多い。彼の青年もその一人だった。
――あれこそ"鄭声"というのでしょう、と彼は言った。
"鄭声"とは、孔子の非難した淫猥な俗曲のことである。文化の退廃から国難を予見した孔子の慧眼は、やはり誤りではなかったようだ。
退廃には、抗い難たい魅力があるものだ。人は進退極まれば、悲劇に酔うことで、苦痛を和らげる。
青年は、「薛氏さま、貴女にぜひ観てもらいたいものがあります」 といって、半ば無理やりにわたしを連れ出した。
妓楼や見世物小屋は、東市の付近に集中している。都の城門を東西に貫く、最も繁華な大通に面して、地方官の事務所が建ち列ぶ区劃だ。
青年はそこを越えて、城壁の下にまで歩みを進めた。年中日陰のじめじめした小路に入る。二人の男とすれ違ったが、片方は不安気な目付きで、こちらの様子を覗うような仕草を見せ、もう一方は顔に入れ墨があって、立ち居振る舞いから歩きぶりに至るまで、まともな生業についているとは思えなかった。
扉の朽ちかけた、古い建物の前に到着した。青年は壁を二度と叩いて、菩薩天と叫んだ。
ややあってから扉が開いた。暗がりの奥から一つの目が煌々と光った。
背中の曲がった、単眼の男は、青年の姿を見つめると、何も言わずに室内への道を譲った。わたしの方にも、一度目を留めたが、声をかけることはなかった。
妖しげな香りの充満する室内で、わたし達は『遊仙窟』を脚色した舞台を見た。
『遊仙窟』は、唐初に書かれた艶色小説である。すでに余り読まれない作品となって久しく、青年には目新しく映ったのであろう。
主人公の張文成という若者が、黄河の黄河の源流を訪れる途中に、神仙の家に泊まり、寡婦の崔十娘や、その兄嫁の五嫂らと、一夜の情を交わす話である。
薄灯りの室内では、静かな音曲が響く中、男女の白い肌が浮かび、口を吸い合う音が高く鳴った。
青年は、固唾を呑んで、その様を見守った。
交情の場面では、多少見るべきところがあったけれども、わたしはあれなら原作を読めば十分だと思った。文章の音律の中に、自然と身を動かすような調子があって、深い満足が得られる。
今の人が喜んで目の前の出来事を見て、興奮と慰撫としているのなら、わたしはなるべく学ぶべきところを探さなければならない。
長い時間を過ごした帰り道、青年は落ち着かない様子だった。
それから、わたしは随分と気の利いた提案をしたつもりだった。
青年は顔を真っ紅にして、取って付けた道徳を言い訳に逃げるように家に帰った。
なんとも青年らしい、情けなさと愛らしさの入り混じる反応である。
先の戦乱で彼は勇敢に戦って死んだ。わたしは青年の衣服に別れの言葉を記すと、冷たくなった身体が荷台に揺られて、故郷に帰って行くのを見送った。
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□物語は安史の乱後の唐王朝の再興と衰退のなかで出会う人々との交流を通じて進行して行きます。
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