遊女の蓮娘
初め妓楼に上がった時には、少し声を高くしなければ話が聴き取れないほどの賑わいが、雪の城内を包みこんでいたところを、遠雷が響くと、明るい活気は失せて、女性の悲鳴や、人馬の走る音ばかりになった。
楼中はしばらくの間、人声が絶えた。廊下を抜ける足音が鳴り始めたのは、わたしと例の男との緊張が解けつつあると感じた頃だった。
そこに黄色い声と一緒に、部屋の扉が開いた。
「呂氏さま、大変よ。ひどい天気で、わたし怖くなっちゃった」
呂氏と呼ばれた例の男は、真っ直ぐ立ち上がって、部屋の前の遊女の手を取った。彼女は実際の年齢よりも、ずっと若く見える。遊女は、男の肩越しにこちらへ一瞥を向けてから、話を続けた。
「今日はとても嫌な感じがする。不吉な感じ。兵士がすごい目付きで、市中を巡回しているっていうし。わたし、怖いわ」
呂氏が落かせるようにして言った。
「蓮娘、雪はどうだ」
「どんどん激しくなっているみたい。真っ暗な街中を、雪がいっそう白く視界を奪っていて。たとえ降り止んだとしても、しばらくお出かけにはなられないほうが良いわ。きっと雪が高く積もっているから」
「君、聞いたかい」 と男は、こちらを顧みて言った。
「今日はもう駄目みたいだ。ゆっくりしていくと良い。さっさと夕飯を食べようじゃないか」
呂氏は、廊下の先に少し出て、下女に夕餉の支度をするように言い付けた。たけのこと山菜の羹物が饗されるという。わたしは足湯の心地良さから動けないまま、こちらに視線を向ける遊女とは、努めて目を合わせないようにしている。
呂氏は、再び炭櫃の前に席を取った。重ねた蒲団の端にひじを突くと、金棒で白くなった灰の中を探った。
「忘れていた。良いものがあった」 と呂氏は言った。
灰の中にあるのは、焼けた芋藷だ。北方や西方の高地ではよく食されるが、わたしは口が渇くので好まない。夕食の準備ができるまで、これで腹を満たそうというのだ。
「芋藷を食うと、腹の奥が痛くなる。今日は遠慮させて貰おう」 とわたしは、女であることを勝手良く言い訳に用いた。
「そうか」 と呂氏は、金棒で芋藷を半分に割ると、息で冷ましてから口に運んだ。
蓮娘と呼ばれた遊女は、まだこちらを睨んでいる。