巣作りと侵入者
カサ、カサカサ。
「ちょっ!なになに!?このカサカサって音気持ち悪いんだけど!」
「なんかこう、某黒光りする彼奴とか思い浮かべちゃいますよね…」
これは怪異のうちに入るのか。だが動かねば変わらない。三人で今度は恐れながら前へ進む。怪異が出るのは正直自明の理だったし、わかっていた。だがやはり、あれを見た後だと恐れず進めというのは無理がある。その時。
「ひっ!?ちょ、だめですだめです!私ダメなんですあ~ゆ~の!!!」
「どしたん?ありす。って…あぁあれは無理だね…怖すぎ。」
落ち着いている場合ではない。彼女らの見ている方に目を向ければそこにいたのは…
体長1mほどの蜘蛛だった。早く逃げなければ。今度は戦いなどできるはずもない。囲まれているかもしれないが、ありすの本があれば逃げ切るのはたやすい。
「ありす!早く!」
「無理無理無理無理!!!手が震えて本も鏡も持てないんです!!」
まずい。知らなかったがありすは蜘蛛恐怖症の様だ。どうしようもない。でかいしきもちわるいし単純に強そうだがありすが動けない限り戦うしかない。蜘蛛程度ならギリ戦えるかもしれない。というか戦わないと食われるだろう。それだけは勘弁だ。
「はぁ~私こういうアグレッシブなの向かないんだよなぁ…見りゃわかる通りさ」
いつも気だるそうにしている結衣の言葉はなんというか信憑性の塊でしかない。だが今日の結衣は何か目の色が違うように見える。
「でもまぁこうなったら仕方ないし?やりますよ~」
彼女は本を手に取り開いて…
『「北風さん。テーブルかけは返すから、粉を返してよ」北風は困ったように言いました。「困ったな。では杖をやろう。「つえよつえ。悪い奴をぶんなぐれ」と唱えるのだ。」』
本は光り効力を発揮する。光が収まった時には結衣の手には杖が握られていた。
「これでおけ!ほらありす立って!!行くよぉ!杖よ杖!悪い奴をぶん殴れ!」
結衣はあろうことか杖を目の前の蜘蛛めがけてぶん投げた。杖が直撃した蜘蛛は攻撃を受けたと考えたのか急にこちらに向かって襲ってくる。慌てて本と箱を準備しようとしようとしたとき。目の前の蜘蛛は何かに殴られたように壁に向かって吹っ飛んだ。
いや、殴られた“よう”ではない。先ほど結衣が投げた杖が結構なフルスイングで蜘蛛をぼこぼこにしている。びっくりしていると
「ほら、君も走れ!逃げるよ!」
うなずき、ここぞとばかりに全力ダッシュで逃げる。というか結衣がめちゃくちゃに早い。ありすをもはや引きずるように走っているはずなのに少年と少しずつ距離が離れている。何事だ。けだるそうとは何だったのか。人は見かけによらないものだ。
何とか蜘蛛から逃げたものはいいものの大きめの建物の中を散策していたせいで現在地がわからなくなってしまった。4階まである階層型の商店街のようなこの場所は正直迷宮に近い。ちりばめられた階段に、無数にある曲がり角。案内役として頼みのアリスはこのざまだ。人間バイブレーターと化している。ロッカーに詰め込んだらそれらしくなるだろうか。
くだらないことを考えていると地図を見つけた。このまままっすぐ行って突き当りで曲がれば階段があるようだ。ついでの知識としてここは四階らしい。
困った。この迷路のような道を一階まで手探りで進まねばならない。なればこそ非常に厄介だ。道の通りに進めばしっかり階段がある。このまま降りてみる。三階に降りてみればこの階段は一階まで下がることができそうだ。だが、これで帰れるほど簡単な場所でもないらしい。2階への道は蜘蛛の巣で埋まっている。これでは降りられない。この蜘蛛の巣はかの巨大蜘蛛が作ったものなのだろうか。
「たぶんそうだねぇ…あ、杖帰ってきた。やっつけたっていう条件を満たしたっぽい。」
それはつまり殺っちまったということだろうか。
「まぁそういうことだねぇ。たぶん。」
だがこの蜘蛛の巣があることで何故奴らが襲ってきたのかはわかる。少年たちは彼らの巣作りの場所に突然踏み込んできた部外者のわけだ。なぜ4階に上がるまで気づかなかったかは謎だが、少なくとも奴らはこっから逃がす気はないらしい。別に撤退自体は可能だが、このままだと人間バイブレーターことありすを放置して撤退することになる。それは避けたい。よって本を使用しての撤退は選択から除外される。
ならば、ここは選択は一つしかない。本を取り出し箱をかざす。さすれば、形はゆがみ始める。