怪奇の日の出
夜が明ける。朝日は昇り、少年は目を覚ます。奇妙な噂は本当だった。それが知れただけでも少年には目覚めを改善するいい理由になる。しかし、朝になってしまえば少年は普通の学生だ。着慣れた制服にそでを通し、やってそのままの宿題をリュックサックに詰める。机の上にシャーペンと消しゴムを忘れかけて焦るが、家を出る前に気づけて良かった。
一階に下がり母に一言「おはよう。」という。返事はない。それどころかリビングの電気すらもついていない。いつもはこの時間はパンを焼いて、母はスマホを見ながらコーヒーでも嗜んでいる時間だ。しかし誰もいない。今日は学校ではなかったかと確認しても、火曜日だし、カレンダーを見ても予定通りだ。困った。いつもならバタバタと仕事の準備をしているはずの父もいない。そこで少年は気が付いてしまう。異様なまでの静けさに。
慌ててリュックを投げ捨て、玄関を飛び出す。道を歩く人はいない。その上、この時間に近くの大通りを走っていくうるさいバイクどころか普通の乗用車すらいない。そして少年は気づく。冬なのに。家の中から家の外に飛び出したのに。温度が全く変わらないのだ。確信を得るために少年は慌てて家の中に戻る。しかし、まったくと言っていいほど温度の差はない。
この奇妙な感覚には覚えがある。奇妙な静けさ。移動しようともまったくもって変わらぬ気温。『異界』で出会ったそれだ。少年は焦り外に駆け出す。近所を回っても人っ子一人出会わない。あまりに焦って走り回っていたためか道中でアスファルトの変わり目に引っ掛かりアニメ顔負けの大転倒をかましてしまう。膝やひじを派手にすりむき何ならちょっと顎も打ったせいで脳震盪気味だ。
挙句の果てには、倒れた拍子に大事な『本』がポケットから飛び出してしまったようで地面に開いたまま転がっている。少年は、焦ってそのままその本を拾い上げ…
その瞬間、本が光る。あまりのまぶしさに目をつむるが、すぐに光は収まった。さして何かが起こった様子はない。と思ったのもつかの間少年は気づく。痛くないのだ。擦りむいたはずの膝やひじは今や何事もなかったように治っている。ここまでくると本の力もその他もろもろも改めて信じざるを得ない。
このような状況を解決しうる場所を、少年は一つしか知らなかった。そして、本に願う。『登校』したいと。
目の前が明るくなる。着慣れた制服ではない制服を着用した感覚がある。まぶしさが落ち着けば、高校がまた目の前にある。ここにはたくさん人がいる。見覚えはないが皆制服を着ている。この高校の生徒は、皆この状況に巻き込まれなかったようだ。そして少年と同じように、解決策を求めるためにここに集ったのだろう。見知った顔を探すためにあたりを見回しながら、校内に向かう。三階、右端の教室を目指して。
結局だれ一人見知った顔に合うことなく目的地に着いてしまった。が、そこには…
「あ、やっぱりあなたもだったんですね」
「あちゃぁ。被害者が増えちゃったか。」
どことなく安心感に包まれる。奇怪なこの状況の中で見知った同士に出会うというのは心なしか安心するものなのだろう。少年はかくかくしかじかとあったことを話す。
「やはり、過程は違えど起こったことはほぼ一緒ですね…」
「わたしもおんなじ~。あと本はやっぱり治癒能力だったねぇ…」
みな、同じ状況の様だ。ここに解決策を求めに来たのも変わらない。三人で顔を突き合わせて何が起こったのかを考察してみるが、一向にわかりそうもない。そんな中、学校放送のあのチャイムが鳴る。
「あ、あ~。マイクテストです。大丈夫そうですね。え~皆様おはようございます。校長の佐々木です。皆様お気づきとお思いのことでしょうが本高校の高校生というかまぁ本高校の関係者以外がなぜか消え去り、皆さんがいつも過ごしてらっしゃる世界がこの世界と同じ『異界』と化しています。本高校の関係者以外の安否確認は現在とれておらず、なんとも困った状況になってしまいました。私個人の調査によりますと、ここ以外にもいくつかある『異界』のいくつかが暴走し現実世界をまぁいわゆる神隠しの様な状態にした。という仮定が立っています。残念ながら私一人でこれを調査、解決するには膨大な時間が必要です。そこでちょうどここにいらっしゃる皆さんは『本』をお持ちですから、もし何か行動を起こす意思がおありの方がいらっしゃればぜひとも私の仕事を手伝っていただきたいのです。かといって私の仕事を手伝うことを強制は致しません。腐っても異界ですから危険がないとは言えませんからね。もし仕事を手伝ってくださる方がいらっしゃれば校長室までお越しください。手伝わない方も、少なくともこの高校にいる間は安全ですので、ここで私の仕事が完遂するのを待っていただくので構いません。これで私からのお話を終わらさせていただきます。」
困った。思ったより衝撃的な事態になってしまった。目の前にいる二人もなかなか困惑した顔を隠せずにいるようだ。
「え~と…つまり…どういうことでしょうか?」
「あ~あれだよ。アニメでよく見る主人公たちが変な世界に閉じ込められちゃうあれが現実になっちゃった感じだよ。あ~めんどくさぁい!!」
「どうしましょう。え、どうします?」
こっちに聞かないでほしい。こちらも困惑しているせいで状況整理に脳のリソースを割いているから回答のしようがない。とりあえず無難にちょっと考えさせてくれと頼む。
「そ、そうですね。いったん考えましょう。」
そうして、少年一人と少女二人は無言で状況整理に脳のリソースをフルスイングするのだった。