結衣とありすと不思議な本
怪奇現象『都立夜並木高校』。深夜光の当たらぬところでのみ起こると言われていたそれを少年は体験した。少年はその神秘性に乗せられ“入学”する。しかしながら、入学手続きを済ませ校長室を出たはいいものの、自分をここへ案内したものに案内してもらえと投げられたこの状況は異界の地に取り残されたのと同じだ。というかその文字のままの状況である。このままだとどうしようもない。
困ったことにこの状況を解決せしめるのは「後で!」と走っていった少女ありすしかいないときた。とりあえず走っていった方向にゆっくり歩いていく。どう歩いてみてもこの場所は高校そのものだ。異界だというのも家の近くに突然出現したのを鑑みれば信じるほかない。それどころかこの異空間と呼ぶしかないような空間は気温の変化がないように感じられる。外にいても、中に入っても、どの場所にいようとも温度は一定なのだ。これが、この異空間の特質なのかそれとも異空間にすべからく共通する特質なのかはわからない。
そう考えながら、ゆったりと校内を歩いていると曲がり角から声がかかる。
「あ、いらっしゃった!」
この元気な声は聞き覚えがある。というかさっき聞いた。ありすだ。とりあえず入学したことを伝えると本を見せてくれ。とせがまれる。この本は一人ひとり違うものが配られるそうだ。少年は自身の本をありすに見せる。彼女は興味深いような、不思議なような顔をしながら自分の本を見せる。『Through the Looking-Glass, and What Alice Found There(鏡の国のアリス)』。
「私のは有名なんですけど・・・あなたの本は・・・知らないんですよね」
彼女は説明を続ける
「入学したから話しちゃいますけど、この本は超能力を封じ込めた本・・・みたいなものなんです。私の本は開いて鏡に触れると鏡の中の何もない世界に入れます。本の名前はその能力のまんまのことが多いんですけど・・・あの警戒心の強い猫みたいな校長が危険な本をほいほいと新入生に渡すとは思えないんですよねぇ・・・」
ごもっともだ。『死神の名付け親』などという本は知らない。この話を聞いた後でこの本を開くのは怖くて仕方がない。死にそうだ。
「そ、そうだ!私の友達に聞いてみましょう!」
この時の少年はこの案に乗った。そのままありすに案内されながら校内を歩く。教室にはいろいろな機材や教科書が置いてある。過去の者たちが残していった、遺産。ともいうべきものらしい。楽しい自習室代わりに使われていたり、実験室になっていたり、たまに喧嘩も起こるらしいが、年長者がそれを諫めるまでがワンセットだそうだ。
そんなこんなのうちに少年はありすの友人のところにつく。学校の三階、右端の教室。そこがありすたちが根城にしている場所だそうだ。
「あ、ありす。その子がさっき言ってた子?」
「うんそう!紹介しますね!私の友達の結衣さんです!」
「ども~ご紹介にあずかりました。佐藤結衣です~。以後よろしく~」
少年は軽く頭を下げ結衣に挨拶をする。
「さて、それで本題なんですけど、この子の本って私全然知らないんです。だから結衣さんなら知ってるんじゃないかなぁ。って思って聞きに来たんですよね。」
「ふ~ん。題名は?」
「『死神の名付け親』っていうんですけど・・・」
「ごめんしらない。でもさ、スマホで調べるんじゃだめなの?」
「「あ!」」
少年とありすは同時に声を上げる。二人とも題名に気を取られすぎて失念していたようだ。人間というものは焦ると往々にして判断力が鈍るというものなのだろう。
「死神の名付け親」。その本は死神が名付け親となった男が医者になり、その後紆余曲折あって死神をだましたせいで命を取られる。という話だ。日本では落語『死神』としてほぼ同じ話があり「ああ消える」と言うサゲがおなじみでもある。
「なるほど。察するに・・・治癒系の能力?」
「ありえますね。でも今から怪我をするわけにもいかないですからねぇ・・・」
「まぁ・・・困ったときに使えばいいでしょ。私のも面白いもんじゃないし。」
「あれ?そういえば結衣のってなんでしたっけ?」
「私のは『The Boy and the North Wind(北風のくれたテーブルかけ)』まぁあれだね。寓話ってやつ。本を開いて一言唱えれば北風のくれた三つのうち一つを使える。まぁそれだけの能力だねぇ。」
少年は驚く。本当にいろいろな力があるのだと。しかし、校長はなぜみんなにこのような本を渡しているのだろうか?そもそもなぜここに人を集めているのか。きっと何か理由があるのだろうが・・・少年はそこまで考えて考えるのをやめた。何せ時間は深夜をまわり空は白んできている。いままで忘れていた眠気も襲ってきた。
「あちゃ~・・・これははしゃぎすぎましたね・・・」
少年は焦りながら校門まで走る。ありすにまた明日と一言だけ伝える。
校門を出ると、そこはいつもの家の前だった。片手に握った本もそのままだ。少なくとも今までの光景は夢ではなかったと確信する。そしてそのままの足取りで、家に帰り布団にもぐる。また明日。あの世界に触れようと誓って。