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怪奇の夜明け  作者: 望月響
旅の始まりはいつも家の前から。
14/51

覚悟の想いを撃ち放つ

 もはや、この戦闘はただの高校生三人で片づけられるものじゃない類のものだ。だがしかし、やらねば死ぬ。皆が覚悟を決めているのだ。もはや引けるものでもなかった。


「やりましょう!二人とも!!」

 

『鏡の国のアリス』の本は閉じられ三人は鏡の国から外に放り出された。もはや逃げ道はない。湖を見れば入った時には頭のてっぺんと触手だけが出ていたような化け物ももはや足以外の全身が水上に出ている。


10mはあろうかという全身はぬらぬらと粘液で包まれているように光り、頭は巨大で、6つの目のようなものがぎらぎらとあたりを見回し、口髭のように巨大な触手を付け、水搔きと長い爪を携えた巨大な二本の腕を持つ。その悪夢の具現化のような存在は今ゆっくりと湖から上がってこようとしている。

その者が一歩進むにつれ、湖の水は地上にばらまかれ、何も言わぬはずの木々はその存在自体を恐怖するようにざわざわと葉の音を響かせる。

 

何者だろうとであえば恐怖に正気を失うような存在だ。だが三人だけ。その場所にてその者を恐れぬものがいた。その一人がゆっくりと口を開く。

 

『おとぎばなしを どうぞ それから やさしい おててで そなえてほしい おもいでという ひみつの いとで ぬいこまれた こどものときの ゆめに いまはもう しおれてしまった はるかとおくで つんだ はなわに』

 

御伽噺はいつだって架空だ。決して現実になり得るものではない。だが祈りが、想いが、その架空を現実のものと為す。子供心を忘れぬ物語を信じるその心は確かに御伽をこの現世に顕現せしめた。


52枚のトランプ兵は湖畔で数をもってしてその者の足を止めにかかる。もう逃げられない。その瞬間を見計らいパチンコを握りしめ結衣は全力で駆け出す。そのあとをできるだけの全力をもって少年も追った。トランプ兵は強者であったスペードですらもなすすべなくその巨大な腕による一撃によって蹴散らされていく。何体でかかろうとたかが一瞬の足止めにしかならない。

 

だが、積み重ねられた一瞬は結衣にとっては十分すぎた。もはやトランプ兵の数はないといってもいい。だが、トランプ兵に気を取られるその者は結衣に気づく様子もない。

湖畔にできるだけ近づき、弓を引き絞るが如くパチンコを引き狙いを定め毒塵を撃ち放つ。

 

放たれた何かに気づいたその者は、剛腕をもってしてそれを撃ち落とした。

だが、剛腕であったからこそ、それは割れてしまう。中身の粉は容赦なくその者に降りかかった。

 

『ヘルメス・トリスメギストスの毒塵』

 金色に光り輝く粉のようなそれは、この世の者でない存在に甚大な損傷を与える。降りかかれば決して避けることなど叶わない。

金色の粉は容器を砕いた剛腕の主に降りかかる。そして。

 

化け物の絶叫が響き渡る。

 

「ひぃっ!?」

「な、なんですかこれ!!」

 

二人の悲鳴は妥当なものかもしれない。粉の降りかかったその者の表面はやけどのように焼け爛れ、ぐちゃぐちゃになっている。その上その者の絶叫は声が五月蠅いとかそういう問題ではない。ちょうど、謎の犬のような“なにか”に襲われたときに聞いたあの音を濃縮してそのまま量を増やしたようなものだ。

“呪詛”そう表現するのが正しいであろうその絶叫は、少年たちの鼓膜や脳の理解を超え、精神そのものにダメージを与えている。


だが粉自体の効果はあったようだ。その者は少年たちから逃げるように水中へと戻っていく。戦いを続ける意思だけは砕いたようだ。


あの恐ろしいものの体がゆっくりと水に沈んでいくにつれて、ゆっくりと霧は晴れていく。恐ろしいものが完全に水に沈むころにはもはや霧は完全にその場から消失していた。


「も…もう帰れますよね…?」

「帰れないと困るんだけど…」

 

もはやこちらにも戦う術も、意思も残ってはいない。皆で本を握り、“登校”を願う。そうすれば今度こそあたりの世界は揺らぎ光に包まれる。

目を開ければそこは見慣れた高校の校門だ。


「はぁ~…よかったぁ…疲れたよもう…」

「えぇ…本当に…でも冒険をするのも…悪くない気がします…」

「まぁそりゃそうね…でも毎回こうってのも…どうなん?」

「いいじゃないですか。平凡よりよっぽど。」


まぁ、それはそうかもしれない。だが…今回はいつも以上につかれた。少年と三人は校長に報告するのは明日と割り切って皆で自分たち教室へ戻り布団にもぐる。


「もうだめです…すやぁ…」

「わたしもぉ…」


ありすは早々と寝てしまった。結衣はいつも通りの速度じゃないか。なんて心の中で少年は突っ込んでいたが少年自身も眠気と疲れには抗えず、布団にもぐった瞬間意識を手放し、眠りにすとんと落ちてしまった。

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