鏡の国の覚悟
鏡の世界に逃げ込んだ三人は結局頭を悩ませている。どうにかしてさっさと逃げ込んだところでどうせ状況が最悪以下なことに変わりはないのだ。
「やっぱりこっちにも霧は入り込んでるよねぇ…」
絶妙に期待が外れたような結衣の声もわからなくはない。もしかしたら鏡の世界は霧に包まれておらず本による登校が可能かもしれなかったのだ。
「『鏡の国のアリス』の入った場所にしか出れないっていう悪いところがもろに出てますね…本による登校ができればデメリットをかき消せるんですが…」
「え、で、どうしよっか…」
「どうしようもなくないですか?」
「だよねぇ~。ただでかい蜘蛛くらいならまだしもあんな巨大な化け物に勝てる未来とか思いつかないわ」
いったんこの世界に逃げ込むことを提案した少年すらもこの状況を改善する方法などみじんも思いつかない。もはやあんなものは化け物なんてよりも物語から出てきた“異界の者”だろう。
ありすのトランプ兵とか結衣の無限に食料が出てくるテーブルかけくらい突拍子もない。
「異界の者ねぇ…なんかあったような気がするんだけどなんだっけ?」
そうそう。なんか聞いたような気がするんですよ。えっと…」
三人は同時に頭を傾げる。そう。あれはたしかあの犬のようななにかと戦った時に校長と話した…
「「「あっ!!!!」」」
ありすは慌てて自分のバッグを漁り始める。三人が、ちょうど同時に思い付いたそのアイテムを取り出すために。
「あ、あ、ありました!これですこれ!!」
ありすが取り出したのは太くて短い試験管のようなものにコルク栓で栓をされた金色の粉塵だ。
「そうだ…校長先生言ってた…人間に対しては効かないけど異界の者に対しては恐ろしいほどの効果を発揮するって。」
あれが異界の者でないのならいったい何が異界の者認定されるというのだろう。三人の顔にはわずかに希望の光が浮かぶ。
「どうしましょう。さすがに湖畔から投げたのでは当たらなかったとき大惨事ですよね。」
「それに関しては問題ないんじゃない?ほら、この子しか使ってないけど私たちだって持ってる。」
「あぁ、完全に失念してました。」
結衣が箱を本にかざせば箱はスリングショットの形をとる。Y字の木の間にゴムが張ってあるだけの簡単なものではあるが。
「なるほど。これで、ぴゅ!ってことですね!!」
「そゆことみたい。」
だが問題が残る。いくらパチンコといえど射程内に近づくにはそこそこあの超巨大生物に近づかねばならない。異界に飲み込まれる前に見た料理動画で触手の強さを知った少年だが、あの細い触手ですらあれだけの力が出るのであればあの触手はどれだけの威力で攻撃を振ってくるのだろう。下手すればパチンコを撃つ前にみんなばらばらのミンチにされてしまう。
「それならきっと心配はありません。私の『不思議の国のアリス』なら気を引くのにはもってこいでしょう。それに死にさえしなければあなたの本でどうとでもなるでしょう?」
それに関しては否定できないが肯定もしえない。なにせ大きなけがの治癒経験はないのだ。できるかもわからないものに命を懸けるのはいかがなものだろう。だがやるしかないのも事実だ。自分がけがする分には何でもいい。
「いやいやいや…なんで君が行く前提なんだ。ここで行くべきは私だよ?」
いくら何でも女子をあの化け物の前線に出すのは…そう否定しようとしていると、
「この状況で男子だの女子だの言ってる場合じゃない。私だって気怠い風にしてる場合じゃないんだ。ほらあれだよ。本来の意味でのレディーファースト?ってね」
覚悟が決まりすぎている。何より、この中で一番運動能力が高いのはほかでもない結衣なのだ。ならば自分としても最大限のバックアップをするしかない。
「わかってくれたみたいだね。じゃあ…やろう。」
少年は鞘を払う。もはや鞘など必要ない。前に進むだけなのだから。そして両手で刀を握りしめ、覚悟を決める。もはや、ここでやらねば死ぬのみだ。
「じゃあ…出ましょうか。」
ありすもきっちり覚悟を決めた目をしている。もうここから先は背水の陣だ。生きるか死ぬか。
そして、ありすは片手の本をそっと閉じた…




