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▼第三章 『ヨーコの覚醒〈その1〉』

【エグゾスケルトン】

・装着することによって、使用者の筋力を増強する外部骨格型・機械式強化服の総称の一つ。

・〈殺陣部〉においては、殺陣の振り付けを覚えられない初心者等の人間に、すでに振り付けを覚えた部員が背後から覆いかぶさるようにして初心者の手をとって誘導し、同時に殺陣を行うことによって、殺陣の振り付けの記憶の補助を行う手法のこと。

 その光景からエグゾスケルトンと呼ばれるようになったが、あくまでローカルな用語である。







「大丈夫だ、最初はわたしがフォローしよう」


 ツッキー先輩は、自分が腰に差していた木刀を他の部員に預け、私の背中にピタリと張り付くと、右手で私の右手を掴み、左手は私の腰をガッシと掴んだ。


「わたしが後ろで一緒にやるから、お前は私の動きに合わせてくれれば良い」

「イイネ! そうしよそうしよ~!

 茶ノ原くんはツッキーの〈エグゾスケルトン〉に合わせて殺陣すれば良いだけだから。

 ツッキーよろしく~!」


 異性同姓に限らず、他人にそんな密着された経験の無かった私は、突然ツッキー先輩に後ろかたひっつかれ、頭に血が昇って答えるどころでは無かったのだが、当人を差し置いて貫銅部長が朗らか賛同すると、ツッキー先輩は「ハイ!」とやたら良い返事をして、私をますます(結果的に)強く抱きしめた。

 〈エグゾスケルトン〉とかいうツッキー先輩がやろうとしている言葉の意味は、彼女のその行動ですぐに理解できたが、体格の大して違わないツッキー先輩では、後ろから覆いかぶさって私を操るには手足の長さが足りず、仕方が無いのでツッキー先輩はの背後の右側に身体をズラし、私の木刀を握った右手優先でコントロールするよう抱き着いている態勢となっていた。

 私の右耳にツッキー先輩のほっぺが当たった他、私の右背面に彼女の体のむにゅっとしたボディが情け容赦なく密着し、ついでに彼女の吐息が首に微かにあたってこそばゆくなった。


「じゃ、スタンバイ態勢から行ってみよ~! ツッキー、え~と茶ノ原くんの誘導ヨロ!」

「ハイ部長!」


 私のコンディション(主に精神的な)を無視して、貫銅部長とツッキー先輩が勝手に話を進めた。


「え~と茶ノ原‥‥‥さん‥‥‥左足を前に出して腰を落とし、刀は切っ先を真後ろにして体の右側に水平にスタンバイ」


 ツッキー先輩は部長への返事にの朗らかさが嘘のように、極めてクールな声のトーンで、私の耳元で告げた。

 私は「はひっ!」と、辛うじて返事をしつつ、言われるがままに刀を構えて見た。


「よし、まっすぐ前を見て見ろ。

 二人の〈カラミ〉は思ったより左右に離れて立っているだろう?」

「‥‥‥はい」


 私は耳元でささやくツッキー先輩に返事しながら、これから戦う(かのように見せる)相手の〈カラミ〉二人を見て見た。

 先刻ツッキー先輩のお手本を、客席側であるステージ真正面から見た時は気づかなかったが、今〈シン〉としてのスタート位置に立って〈カラミ〉二人の位置を見て見ると、ステージセンターの〈カラミ①〉はステージ前端(ツラ側)に寄って立っていたし、ステージ下手に立つ〈カラミ②〉はステージの奥側に立っていた。

 そして私の位置から見た〈カラミ①〉と〈カラミ②〉の左右の

間隔は、有にヒト二人分以上の横幅があった。

 

「つまり、これから先、お前が殺陣の振り付けを間違えて、ジャンプもしゃがむのも忘れて突っ込んだとしても、〈カラミ〉との距離をあらかじめ取ってあるから、木刀をぶつけられる心配はないってこと」

「はぁ‥‥‥あ? ああ!」


 私は一瞬の間をおいて、ツッキー先輩の言わんとすることを理解した。

 ようするに、この殺陣の振り付けの前半は、客席側からは〈カラミ〉の攻撃を〈シン〉がジャンプとしゃがみ込みで回避してるかのように見えるが、実際は〈カラミ〉の攻撃にタイミングを合わせて〈シン〉がジャンプとしゃがみの回避運動をしているだけで、実は〈シン〉が回避しようがしまいが、〈カラミ〉の攻撃は〈シン〉にあたることは無いのだ。

 だって木刀が当たらないよう客席側から見て前後に間隔を開けているから。

 しかし客席側からは攻撃の瞬間〈シン〉と〈カラミ〉が重なって見えるため、〈シン〉が〈カラミ〉の攻撃を回避しているかのように見えるのだ。

 人間は左右の距離感はつかみやすいが、前後の距離感を把握するのは苦手だからだ。

 そういうふうに、最初から安全と見栄えを考慮した振り付けなのだ。


「お前はただ今の構え……〈右・脇構え《わきがまえ》〉のまま、最初の攻撃の時にタイミングを合わせてジャンプすれば良いだけだ。

 その次は、しゃがみながら回れ右をする。

 その間、上体は常に〈右・脇構え《わきがまえ》〉のままだ。

 余計な動きをすると、危険だし、意図しない攻撃と客に誤解させる可能性があるからな。

 オーケー?」

「お‥‥‥おけです!」

「じゃ、そろそろはじめるぞ! 最初はゆっくりだから怯えるな」


 ステージに上がってから延々立ち話しているわけにも行かず、ツッキー先輩は〈カラミ〉二人に合図を送り、いよいよこの〈マリオ〉とかいう殺陣をはじめようとした。

 だが私は、ことここに至って、一つ訊いておきたかったことがあることを思い出した。


――しゃがんで避ける時、なんで回れ右すんですか?――


 ……と、聞く間もなく、痺れを切らした〈カラミ①〉が掛け声と共にゆっくりトコトコとかかってきたため、私達は動かないわけには行かなくなった。









「行くぞ! まずはジャンプだ!」


 私は左前方から接近してくる〈カラミ①〉が、私がしてるのに似た〈脇構え〉状態から、切っ先を真下に向けるかのようにして、掛け声と共に切り上げるのタイミングにあわせ、背後のツッキー先輩と共にジャンプした。

 地面と垂直の軌道を通った〈カラミ①〉の木刀は、私の身体の左側を通過しかすりもしなかった。

 

「次! 回れ右しつつしゃがむぅ!」


 背後のツッキー先輩がそう告げながら姿勢を引くするのに合わせ、私はしゃがみつつ、彼女にぶん回されるようにして、回れ右回転を実行した。

 自分でも驚く程しゃがみ込みと回れ右回転がスムーズにできたのは、背後のツッキー先輩が、私が左足を一歩前に出したタイミングを狙って回れ右をさせたからだ。

 右足を出した瞬間に回れ右させられていたら、腰がねじ切れていたところだった。

 ‥‥‥と同時に、私の右前方から襲い来た〈カラミ②〉の木刀が、私の頭上の数十センチ横を通過してゆく。

 なぜこの振り付けでこの部分で、私がしゃがみながら〈回れ右〉をする必要があったのか、私はこの瞬間分かったような気がした。

 もしも回れ右をせず、〈右・脇構え《わきがまえ》〉のまま、右前方からくる〈カラミ②〉とすれ違えば、客席からは私が〈カラミ②〉を斬ってしまったかのように見えてしまうからではないだろうか?


「よし、そのまま上手方向に顔を向けつつ、下手端で一旦停止!」


 私の推測を確認する間もなく、気が付けば普通に歩くよりもやや遅めの速度で、私はツッキー先輩の指示に合わせてトコトコと下手端に到着していた。

 回れ右した直後に到達したので、顔は自動的に上手方向を向いていた。

 

「あとは簡単だ!

 最初のカラミが左前方から来たら、〈右・脇構え《わきがまえ》〉のまま前進しつつ、ヤツの腰の帯を木刀の刃で撫でるようにしてすれ違え。

 すれ違いきったら即木刀の切っ先を左前方に伸ばせ!」


 ツッキー先輩の説明の直後に、ステージセンターの奥側から〈カラミ②〉が、木刀を真上に構えた〈大上段〉の構えで突っ込んできた。

 私は背後のツッキー先輩に誘導されるまま前進しつつ、私の左前方から右後方へと向かう〈カラミ②〉がすれ違うのを、〈右・脇構え《わきがまえ》〉のまま待った。

 そして〈カラミ②〉が通過した瞬間、ツッキー先輩ので手誘導され〈右・脇構え《わきがまえ》〉上体だった木刀を、左前方へと斬りぬけさせた。


「次は今の左右が逆にするだけだ!

 今の態勢から〈左・脇構え《わきがまえ》〉に移行し、同じように右前方から来るカラミの胴を撫でるように斬るべし!」


 そう言ってるそばから、〈カラミ①〉が右前方から私の左後方へ向かって突っ込んでくるのを、私はツッキー先輩に操られるままに〈左・脇構え《わきがまえ》〉となってすれ違い、自分の横を通り過ぎると同時に、切っ先を右前方にピンと突き出した。


「よし!

 最後に血ぶりしてお終いだ!」


 再びスタート地点たる上手端に来ていた私は、背後のツッキー先輩に操られるままに、おでこの前に木刀を握った右こぶしを手のひら側を向けるようにして持ってくると、一気に右脚のつま先の前に切っ先が来るように振り下ろし、ピタリと止めた。

 そしてそれが合図となって、先刻私に斬られた(という設定)〈カラミ①②〉が力尽きたようにバタバタと倒れた。


「‥‥‥ぁああいオッケ~ぃ!!」


 私の人生初の殺陣の終了を、貫銅部長がすかさず告げた。


「な? 簡単だったろ?」


 ツッキー先輩がそう問いかけてきたが、私はポケ~としてしばし反応できなかった。










 正直なことを言えば、私の初めての殺陣‥‥‥とも言えないすっとろい殺陣モドキの記憶の7割は、主に私の背面で感じたツッキー先輩のむにゅっとした感触への“やわらけ~”という完走が占めており、他はぼんやりとしていた。

 だがけっして悪い気分ではなかった。


 ――これが殺陣か‥‥‥――


 もちろん今のが“殺陣”なるものを爪の先ほどかすっただけなのだろうが、私は今のこの初めて感じる良い気分を信じたかった。

 そして‥‥‥。


「茶ノ原さん初めてなのに上手だね~。

 ほいじゃ今度は〈エグゾスケルトン〉無しでやってみる?」


 そんな私気分を察したかのように、貫銅部長は能天気に訊いてきた。




 この時、実に不思議なことが起きた。

 これまでの人生ならばこういう時、私はたいてい遠慮してきたはずだった。

 進むか退くかの二択を迫られた時、私はいつも確実にダメージが少ない方を選ぶタイプだったのだ。

 きっと小児喘息を患っていたことが原因だったのだろう。

 どうせ上手くいかないし、上手くいったことも無いと思ってしまうのだ。

 しかし今回だけは違った。


「‥‥‥ハイ!」


 私は一瞬そばにいるツッキー先輩の顔を見ると、迷う前にそう答えていた。

 そして自分で少し驚いた。

 いったい何が自分をそうさせたのか?

 明確な理由は分からないが、強いて言えば、まだ背中に残るツッキー先輩の感触の記憶が、私を前に推したのかもしれない。

 それに、ツッキー先輩の顔を見ると、彼女がかすかに頷くのが見えた。

 何故かそれだけで百人力な気分になったのだ。

 もう一回ツッキー先輩に〈エグゾスケルトン〉を頼むという選択肢に思い至ったのは、その一瞬後のことであった。


「な~に大丈夫、ダイジョ~ブ、ほぼ四手しかない立ち回りなんだから!

 ジャンプ! 回れ右しながらしゃがむ! 引き返して抜き胴! 抜き胴! たったこれだけ!」


 貫銅部長がそう言うと、確かにたったそれだけな気がしてきた。


「ほな、後もつかえてる事だし、ホントならもう一回〈手合わせ〉して〈本番〉やるところだけど、ちゃっちゃと本番やっちゃおう!」

「え‥‥‥」

「スタンバイ! よーい‥‥‥あ、速度はさっきよりも気持ち速めで良いよね?

 スタ~ト!!」


 聞き捨てならねえことを部長が言った気がしたが、問答無用で人生二度目の殺陣は始まった。





 その時の感覚を言葉に変換するのは難しい。

 “ゾーン”に入った……などと抜かすのは百年早いし、無我夢中だったというのも少し違う。

 だがその時の私は、あの真冬の受験日と同等の集中力を発揮していた気がいた。

 二度目の殺陣〈マリオ〉は、本来ならば〈シン〉である私の合図ではじまるはずだった。

 が、私がどうせ合図を出さない(まだちゃんと教えてない)であろうという判断により、部長の合図によってはじまり、〈カラミ①〉と〈カラミ②〉が私への前進を開始した。

 走るという程ではなかったが、さっきの殺陣よりも倍はスピードが出ていた。


「まずジャンプ!」


 ツッキー先輩が完璧なタイミングで叫ぶのに合わせ、私は〈右・脇構え《わきがまえ》〉状態のままジャンプ、ステージセンターより来たる〈カラミ①〉の真横を通過する。


「回れ右しつつしゃがむ!」


 背中に感じたツッキー先輩の感触の記憶と共に、私は次に襲い来た〈カラミ②〉の抜き胴を、左足が前に出たタイミングで右半回転しつつしゃがんで回避した。


「後は抜き胴二連発!」


 ステージ下手端に来た私は、ステージ上手方向へ引き返す移動を開始しながら、左前方から斜めに私の前を通過しようとする〈カラミ②〉の腰を撫でるように木刀で斬りぬけた。


「フガッ!」


 意識したわけでもないのに、勝手に私は謎の叫び声をあげてた。


「はい〈左・脇構え《わきがまえ》〉から逆胴!」


 ツッキー先輩の言葉を理解するよりも先に、私は最初の抜き胴を斬りぬけた勢いで〈左・脇構え《わきがまえ》〉となり、若干の名残惜しささえ感じながら最後に来た〈カラミ②〉の胴をじっくりと斬りぬけた。

 そしてあの日、部活動紹介集会で見たプレゼン時のツッキー先輩のように、木刀の一先をピンと前方に伸ばした状態でピタリと静止した。



 時間にしたら、およそ10秒程の殺陣であった。

 にも関わらず、私は肩で息する程の疲労を感じていた。

 だがそれと同じくらいの猛烈な達成感を覚えていた。

 

 ――これが……これが……殺陣……!!――


 最初のツッキー先輩の〈エグゾスケルトン〉付きの殺陣の感動など比べものにならない感動に、私はハァハァと荒い呼吸と共にうち震えていた。

 なぜ〈殺陣部〉なるものが存在し、少なくない人間が入部し活動しているのか? 今分かった気がした。

 この感動を他の言葉でどう現せば良いのか?

 今の段階で私に言語化するとすれば、答えは‥‥‥‥‥‥。






『ヒトを斬るのって…………めっちゃ…………気持ちえええええぇぇええええ~……!』





 私は初めて感じるこの感動を、今のうちに反芻しようとした。

 ‥‥‥だがちと早かった。


「(茶ノ原く~ん、血振り! ち~ぶ~り!)」


 貫銅部長に申し訳なさそうに小声で忠告され、一瞬で我に返った私は、真っ赤になりながら、先刻ツッキー先輩に〈エグゾスケルトン〉でさせられた〈血振り〉をせせこましく行った。

 それまで胴を斬られて死ぬ直前という設定で、フラフラしていた状態で放置されていた〈カラミ①と②〉の先輩は、『やっとか~!』という感情のこもってすなうめき声嗟と共に、バタリとステージの床へと崩れ去った。




                                          つづく


(※本作は作者の実際に体験した殺陣に関する知見を元に執筆されておりますが、世の殺陣の全てに適用されるとは限らない可能性があることをご了承ください)




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