▼第二章 『初めてのトキメキ♪ 初めての人斬り♪〈その3〉』
本話では画像を用いた日本刀の部位説明が行われておりますが、携帯・スマフォでご覧になった場合、画像と部位名称の位置がズレて表示されている可能性がございます。
ご了承下さい。
「まず日本刀……刀とはなんぞや? っていうところからちょろっとだけ説明しておくと……」
いわゆる“日本刀”とは、古来より日本で固有に発展し使われていた全長1メートル前後の片刃の曲剣のことである。
馬上で使うこと前提で刃を下にして吊るす太刀と、江戸時代に普及し、刃を上にして帯に差す打刀の二種に大別されるのだそうな。
で、自分たち〈殺陣部〉が主に使う日本刀は、江戸時代の打刀の方なのだそう。
何故なら日本で培われた殺陣および日本刀の剣術が、主に江戸時代に発達して伝わったものであり、また現代では殺陣が、いわゆる時代劇で行われるチャンバラで主に使われ続けてきており、その時代劇の大半が江戸時代を舞台にしていたからだとかナントカと、貫銅部長は立て板に水のごとくまくしたてた。
正直あんま興味の無い内容であったが、幸いにも貫銅部長の説明はすぐに次に移った。
「で、キッサキを相手の喉元に向け、ツカガシラをヘソから伸ばすようにしろ!
……と言われても、分けわからないだろうから、まず殺陣で使う固有名詞を事前に知っておいてもらうね!」
私がなかなか殺陣の実演が始まらずイライラして怖い顔をしていたのが目に留まったのか、なんとなく言い訳がましいことをつらつらのたまいながら、やっと前置きを終え、貫銅部長は目の前に、腰に差していた木刀を抜き、水平にかざした。
その時になって私は気づいたが、貫銅部長の持つ刀は、私達に渡された刀とは色々違う部分がった。
まず部長は腰に差した黒い鞘から木刀を抜いていた。
部長の木刀は、プラスチック製っぽい鞘のついた木刀なのだ。
そして木刀の持つ部分と刃の部分の境界には、円盤状の板がはめ込まれていた。
それがツバということくらいは私も何となくは知っていた。
「木刀‥‥‥というか日本刀の部位は大きく分けて、〈刀身〉と〈柄〉に別けられる」
部長は刀の各部の名称を、木刀の各部を指で指し示しながら説明をはじめた。
握る部分‥‥‥テニスのラケットや野球バットでいうグリップ部分が〈柄〉。
〈柄〉から伸びる全長60センチ程の、金属性のモノを斬る部分全体のことを〈刀身〉という。
その刀身の先端が〈切っ先〉。
刀身の前部分、切れる部分が〈刃〉。
刀身の背面、刃の反対が〈峰〉、〈峰打ち〉の峰だ。
刀身の側面部分が〈鎬〉、〈鎬を削る〉の語源となった部分。
刀身と柄の間にある丸い板が〈鍔〉、拳を守るためのプチシールドであり、自分で手が滑って刀身を握ってしまわないようにするためのストッパーでもあるそうな。
柄の後端を〈柄頭〉。
〈―――――――――刀身――――――――――――〉〈―――柄――――〉
〈峰〉 〈鍔〉
〈切っ先〉 〈柄頭〉
〈刃〉(側面は鎬)
さらに貫銅部長は、自分の腰に差している木刀用にの〈鞘〉の部位説明をついでに行った。
刀身が収まる入口を〈鯉口〉、鯉の口に似てるからだそうな。
鯉口のそばの鞘側面にある出っ張りを〈栗形〉、下げ緒という盗難防止の紐を通す為の輪っかであり、腰に鞘を差す時に、向きを間違えない為の目印にもなるんだそうな。
鞘の後端を〈小尻〉、柄の先端が柄頭であるということは、その反対側の鞘の先端は尻になるわけなのだ。
〈鯉口〉〈栗形〉
「正式入部したら、後でこれらをまとめて書いたプリント配るから今すぐ完璧に覚える必要は無いけど‥‥‥とりあえず〈切っ先〉くらいは今覚えてくれると助かるかな?」
貫銅部長は私達一年が何か質問する間もなく続けると、速やかに木刀の握り方についての説明に移行した。
「目の前に刃を前方に向けて木刀を垂直に立てて、まず右手で、刀の柄の上端を真後ろから握ってみて。
あくまで真後ろからね、刀の外側でも内側でもなく真後ろから握って‥‥‥」
そういって、自らも目の前に垂直に立てた木刀の柄を、真後ろから握った部長を見ながら、私達一年は言われがままに木刀を右手で握った。
「真後ろから握るのは、敵を斬ったり、敵の刀を受け止めた時に、力を入れやす、いから。
横から握ると、真正面から加わった力を受け止められないし、真正面にに対し力をいれることもできないからね。
そして左手は、同じ様に真後ろから柄頭を掌で包み込むよう握るんだけれど、この時、小指だけ柄頭からはみ出るように握って、柄頭の底を丸めた小指で蓋するようにします」
貫銅部長は、両手で握った木刀の柄頭を私達に向けた。
といっても、柄頭は貫銅部長の丸めた左手の小指で隠れて見えない。
「こうして小指で柄頭の底を押さえることで、例えば突きなんかを行った時に、左手が滑って木刀の握った位置からズレることを防止する効果があるわけだね」
貫銅部長は誰もいない空間に向かって、水平にした木刀を前後に動かしながら説明した。
「とはいえ、この左手の刀の握り方に関しては、あくまでウチの部がそう決めて皆で揃えているだけであって、他所の殺陣や剣術の流派ではそう教えていないところも多々あるそうだから、そこいらへんはご理解のほどヨロシク。
ウチらがこの握り方を採用しているのは、さっき言った理由の他に、この握り方が一番難しいので、これで覚えておけば他の握り方をするのは楽勝になるだろうから‥‥‥って理由ね」
私はそういう部長の説明を聞きながら、自分で言われた通りに木刀を握り、その感覚を確かめた。
確かに右手はともかく、左手は小指で柄頭を握っていないぶん、若干不安になった。
「ここで一番覚えて欲しいのは、柄を握るのは右手が上で、左手が下ってことね。
逆では無いんだ。
某ルーク・スカイウォーカーは左手が上で構えてたけど、ライトサーベルではない刀は右手が上!
理由を説明すると長くなるけど、それが作法ってやつで、世の中、右利きの人の方が圧倒的多いから‥‥‥ってことでとりあえず納得しといて。
ともかく長い歴史でそういうことになっとんのよ」
部長は両手で握った刀を緩やかに振り回しながら言った。
私は普通に右利きだったので、部長の言葉に特段の異論は無かった。
確かに左手は木刀の柄のもっと上を握りたくなる衝動に狩られたが、御せる範囲内である。
とりあえず、この持ち方でも木刀が手からすっぽ抜けはしなさそうであった。
「フフフ‥‥‥では諸君、超即席な説明だが木刀の握り方まで教えたぞ。
本来であれば、このあとは〈正眼〉や〈大上段〉だのの基本の構えを教え、素振りの仕方を教え、刀の鞘からの抜き方と納め方を一通り学んでもらってから斬り方と斬られ方を教え、初めて本格的なチャンバラにトライしてもらところなんだけど‥‥‥」
貫銅部長は半ば自分に言い聞かすように、私達の前を動物園のシロクマのように左右にウロウロしながら続けた。
「‥‥‥何度でも言うけれど、最優先すべきは安全だからね。
どんなに気をつけてもトラブルは起きるものだけれど!
‥‥‥でも、同時に危険を恐れては殺陣はできないって話でもある。
一番安全なのは、そもそも殺陣なんてやらないことなんだから………。
だけどそんなこと言ってちゃ話が進まないし、君らが知るべきはまず“殺陣”ってどんなものかを実体験することだと思うんだ‥‥‥‥‥‥。
実体験した上で〈殺陣部〉に入るか否かを決めて欲しいからね。
‥‥‥と‥‥‥いうわけで~、色々すっ飛ばすけれど、いよいよ諸君らに実際に殺陣にトライしてもらおうと思う!
いろいろまだ教えてないことが出てくるけど、それはその都度説明するんでよろしく!」
部長はそう語りながら決心を固めたのか、ようやく立ち止まると宣言した。
「君たちにこれから挑戦してもらうのは、ウチらが仮称〈マリオ〉と呼んでいる練習用の〈一対二〉の立ち回りだ。
まずはお手本を見てくれ」
私達一年生はステージを降りてすぐの段差の前に立って、先輩方の行う殺陣を見守ることになった。
体験入部の一年生ふくむ〈殺陣部〉全員がステージ上にいては、さすがに狭すぎたからだ。
かといってステージから離れすぎると、同じく体験入部活動中のバレー部のテリトリーに侵入してしまうため、私達はライブしているアーティストの熱烈なファンみたいな体で、ステージにかぶりつきとなって、これから行われる殺陣を見ることとなった。
ステージ上には、上手(右側)の袖膜の前で司会役を務める貫銅部長の他に、ポニテ先輩ことツッキー先輩と他二人の男子先輩の計三人の先輩部員が残り、他の先輩方は左右の袖膜の奥へと退避していた。
「殺陣用語で〈シン〉と〈カラミ〉という言葉がある。
ザックリ言うと、〈シン〉が殺陣に勝利する役、あるいはいわゆる主人公のこと。
〈カラミ〉が斬られる役のことね。
ではこれから見せる殺陣ではどっちがどっちだろうか? 見ながら考えて、そしてできたら〈シン〉の振り付けを覚えてみて」
そう言うと貫銅部長はステージ上の三人に指示を与え、程なく殺陣は始まった。
ぶっちゃけ、最初の一回を見ただけで、殺陣の振り付けを覚えられるわけがなかった!
最初の一回目は、凄い! カッコイイ!! と思ってるうち、アッという間もなくに終わってしまった。
分かったのは、〈シン〉と呼ばれる役がツッキー先輩であることぐらいだった。
だって彼女が他二人の男子先輩をぶった斬って、殺陣が終わったからだ。
そして改めて、殺陣をやってる時のツッキー先輩はカッコイイと確信した。
殺陣の振り付けに関しては、最初に何したかも覚えられなかった。
「…………だよね~、じゃもう一回やってもらおう。
いや何度でもやるので覚えるのに挑戦しておくれ」
私達の気落ちを尋ねるまでもなく察した部長の指示で、すぐまたステージで同じ立ち回りが繰り返された。
今ので、とりあえず何故この殺陣の振り付けが〈マリオ〉と呼ばれているかは分かった。
三人の先輩方による殺陣の動きが、なんというか横スクロールTVゲームみたいだったからだ。
ステージ上手端に立った〈シン〉のツッキー先輩が、ステージ真ん中と下手端に立った残る二人の〈カラミ〉役の先輩部員が、上手方向に向かって襲い来たところを迎え打つ‥‥‥みたいな内容だ。
問題は細々とした殺陣の振り付けであった。
二回目を見ても覚えられやしなかった。
一旦、下手の〈カラミ〉二人と、上手端に立つ〈シン〉のツッキー先輩がステージ上で戦いながら交差して、立ち位置が入れ替わり、もう一度互いに向かい合って移動してステージ上で交差し、スタート位置に戻ったところで〈シン〉の斬撃を受け〈カラミ〉二人が死亡‥‥‥というのが大雑把な私の理解であった。
「じゃ次は、僕が実況しながら三人に超~ユ~ックリやってもらおうか。
まだ覚えられなくても気にしないで良いからね、珍しいこっちゃないから」
部長は覚えるのに夢中で完全沈黙した私達に焦ったのか、フォローがましくそう言うと、ステージ上の三人は三度スタート位置へと着いた。
〈カ②〉 〈シ〉
〈カ①〉
三人はステージ上に、〈カラミ①〉をセンターにシンメトリに並んだが、前後には若干ズレがある立ち位置にスタンバイしていた。
「覚えるコツは、〈シン〉をやる人間から見た視界を想像しながら覚えることだね。
まずはスタート位置で〈シン〉は、今彼女(ツッキー先輩)がやってるよに刀を右側下段に垂らしておく。
で、殺陣スタートの合図は色々あるんだけど、今回は〈シン〉が〈カラミ〉に向けてた視線を外すのがスタートの合図」
そう説明しながら部長がステージ上のツッキー先輩に向かって頷くと、ツッキー先輩は私達から見ても分かりやすいように超大げさに、ステージ上真ん中に立つ〈カラミ①〉先輩に向けていた視線を下に向かって外した。
三回目の殺陣は、ザックスナイダーかインセプションばりにスローモーションで行われた。
「〈シン〉の合図で〈カラミ〉の二人がかかってきたら、〈シン〉も前進しつつ、まずは一人目の〈カラミ〉の足払いをジャンプして避ける」
〈カ②〉→
←〈シ〉
〈カ①〉→
〈カラミ①〉が前進しながら、「トオリャ!」という掛け声と共に、下からすくい上げるようにして繰り出した一刀を、〈シン〉たるツッキー先輩は、スタート時の刀の構えのまま、〈カラミ①〉とすれ違う瞬間にこれをジャンプして回避して通り過ぎた。
「ジャンプして最初の〈カラミ〉の刀を避けたら、今度は着地と同時にしゃがみ込んで、二人目の〈カラミ〉の抜き胴を避けま~す。
この時、できたらしゃがみながら“回れ左”をするとなお良いです」
〈カ②〉→
←〈シ〉
〈カ①〉→
部長の説明にシンクロして、〈カラミ①〉の刀をジャンプで飛び越したツッキー先輩は、着地の勢いでシームレスにしゃがみ込み、同時に360度歩きながら一回転し、「死ねいっ!」と叫びながら、首か胴を狙て水平に繰り出された〈カラミ②〉の刀を回避した。
「〈シン〉が下手端まで行ったらここまでが前半戦、今度は〈シン〉逆襲がはじまるよ~。
〈シン〉は刀を、右の腰の帯の高さに、切っ先が後ろを向くように構えた状態で、ステージ上手方向に向かってダッシュ」
←〈カ②〉
〈シ〉→
←〈カ①〉
「自分の前を斜めにすれ違う〈カラミ〉の胴体、帯のある位置を水平に斬りぬける」
〈シ〉→←〈カ②〉
←〈カ①〉
部長の説明に合わせツッキー先輩は、刀を先刻説明した大上段の構えで突っ込んでくる〈カラミ②〉の胴体を、「セヤ!」という掛け声と共に水平に斬ってすり抜けた。
「続いて同じく斜めに通り過ぎようとするもう一人の〈カラミ〉の胴体を、同じく反対から水平に斬りぬける」
〈シ〉→←〈カ①〉
〈カ②〉
同じく部長の説明に合わせ、さっきとは左右逆の動きで〈カラミ①〉の胴体を、ツッキー先輩は鋭い掛け声と共に水平に斬りぬけ、三人の立ち位置はスタートした地点に戻った。
ただし、わずかだが前後位置は入れ替わっているようだった。
←〈カ①〉
〈カ②〉 〈シ〉→
「最後に、刀に着いた血を振り落とす〈血ぶり〉を行うと、〈カラミ〉達はぶっ倒れる‥‥‥というわけ。
ジャンプしてしゃがんで、胴体を水平斬り! もう一回水平斬りの二連発! 以上、簡単でしょ?」
スローモーション版の殺陣が終わると、貫銅部長は事も無げに言ってのけた。
私の答えは「全然簡単じゃねぇぇよ!」だったが、胸の奥に仕舞っておいた。
「この殺陣で、最後に二人の胴体を水平にぶった斬る技を貫胴と言うんだけれど……。
ここで初めて殺陣に挑戦する人に心掛けて欲しいのは、相手を斬る時は、刀を寝かせて、相手の腰の帯の部分を撫でるように斬って欲しいってことなんだ。
もちろんリアルに相手を斬るわけじゃないし、そうしようたって木刀じゃできないんだけれど、相手のお腹に木刀がクリティカルヒットしたら、痛いし、殺陣の続行ができなくなるかもしれないからね」
貫銅部長はそばいるツッキー先輩に近寄ると、彼女は何かを察したのかすぐに刀を水平に持った状態でバンザイをし、部長は彼女の胴体を、さっき彼女がやったように自分の木刀で撫でるように水平に斬った‥‥‥かのように振るった。
「じゃぁ‥‥‥‥‥‥」
その後に貫銅部長はが何を言うか、私には分かっていた。
でもどうすることもできはしなかった。
「じゃあ、ものは試しだ! いつまでもビビッて逃げることはできんので、実際にこれをやってみよう!」
部長は私の予想通りのことを言った。
ここで私の運命を分けたのは、「最初にやりたい人~?」という部長の問いに誰も挙手しなかった結果、真っ先に私が選ばれたことだった。
先日の部活動紹介集会の〈殺陣部〉のプレゼン時に、私が真っ先に立ち上がって拍手したことを、舞台にいた部長は目ざとく発見し、そして顔を覚えていたのだ。
「あ~あの時の~!」
私をロックオンした部長から逃れる選択肢など、存在はしなかった。
私はマジックショーで無理矢理参加させられる観客の体で、ステージ上へと再び上がらせられた。
「ダ~イジョ~ブ~! え~とチャ‥‥‥ノハラさん?
さっきも言った通り、ジャンプしてしゃがんで、胴体を水平斬り! もう一回水平斬りの二連発! 以上、簡単?」
「おおおう‥‥‥」
は私部長の言葉に六に返答できないまま、ガチガチになりながらステージ上で立ち尽くした。
だがそんな私に救いの手がさし伸ばされた。
「大丈夫だ、最初はわたしがフォローしよう」
そう言って、突然私の右手を掴んできたのは、私が勝手にツッキー先輩と呼びし月島先輩であった。
私は今日一番鼓動が跳ね上がるのを感じた。
つづく
(※本作は作者の実際に体験した殺陣に関する知見を元に執筆されておりますが、世の殺陣の全てに適用されるとは限らない可能性があることをご了承ください)
また、本話における刀の画像と各部名称の位置が、携帯画面で見た場合はズレている可能性があることをお詫び申し上げます。
悪名高き図解説明再び!
ですが理屈の上では、実際に行うことが多分おそらく可能な殺陣の振り付けを書いているはずです。
機会があったらお試し下さい!!
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