▼第一章 『これまでの! 茶ノ原ヨーコは!? 〈その3〉』
これがいわゆる殺陣の演舞‥‥‥いや演武ってやつなのかしらん?
そんなことをぼんやりと思いながら、〈殺陣部〉が『ガン・ブレイド』OP曲に合わせて見せたチャンバラと型(?)技(?)のごちゃまぜは終わった。
だがそれで終わりでないらしい。
私は最後に突きつけられた(と勝手に感じた)木刀の先っちょに、蛇に睨まれたカエルのごとく固まっているうちに、〈殺陣部〉とやらの7人のメンバーは静々とステージ手前の空間に集合すると、7人のうちの6人が、ポニテ女子ではない別のユルふわロングヘア女子を奥に隠すようにして囲み、その間にユルふわ女子は姿勢を低くして、なにやらゴソゴソとはじめた。
私は〈殺陣部〉のプレゼンに、まだ続きがあることをようさく察した。
良く考えて見たら『ガン・ブレイド』のOP曲だけでは、各部活動が許されたプレゼン時間の半分にも満たない。
まだ半分以上プレゼンに使う時間が残っているのに、そこでプレゼンを終えるだなんて、新入部員が死ぬほど欲しいであろう各部活がする分けがなかった。
――‥‥‥ならば、次は何をするんだ? ――
私の疑問は次のフェイズに移行した。
その一方で、6人の部員がユルふわ女子部員を囲んでいる理由はすぐに分かった。
そう私が思考を巡らせている間にも、6人に囲まれたそのユルふわ女子が、それまで着ていた着物と袴をポンポンと放り上げて、ステージ手前の左右に投げ捨ているが見えたからだ。
つまりユルふわ女子は、いわゆる早着替えというやつをやっているんじゃなかろうか?
6人はその間の目隠しの為のパーティション代わりなのだ。
そう思い至ったのと同時に、ユルふわ女子を囲んでいた6名(ポニテ女子含むが)がサッと、彼女から離れ、ステージ前空間にバラけると、二人一組計3組となった向かい合った。
そして着物と袴を脱ぎ捨てたユルふわ女子は、目も覚めるような真っ黄色のひざ丈ワンピースのドレス姿となっていた‥‥‥木刀を片手に握ったまま。
その姿はめちゃくちゃ華やかで可愛かったのだが、木刀を持ってる段階で凄く剣呑である。
私はその真っ黄色のドレス姿に、どこかで見覚えがあった気がしたのだが、それが何かを思いだす間もなく、新たな演目のプレゼンのスタンバイは終わったようだった。
ユルふわ黄色ワンピ先輩と3組がスタンバイ位置に静止すると、次なる曲が厳かに始まった。
それは予想外の旋律であった。
いや〈殺陣部〉としては予想外というだけで、ある意味ユルふわ黄色ワンピ先輩の姿にはよくあった旋律であった。
だがその次なる曲が流れた瞬間、私はもちろん客席の全員が『え、何部のプレゼンだっけ?』と思ったことは間違いない。
そのメロディは‥‥‥『ガン・ブレイド』OPとは似ても似つかぬゆったりとした、そしてだがどこか物悲しいピアノの音色によるワルツのリズムであった。
うんたった~♪ うんたった~♪ うんたった~♪ ……っていうアレである。
そのリズムに合わせ、2人一組計3組の部員たちは、まるで舞踏会に招かれた貴族達のごとく、優雅に動き出したのだった。
ただし刀をカチ合わせながら‥‥‥チョ~殺意を込めた目で睨み合いながら‥‥‥。
それが社交ダンスなのか殺陣なのか、もちろん私にはわからない。
三組の男女は優雅に社交ダンスのごとく、息を合わせてパートナーとの間を軸にして回転しながら移動し、ユルふわ黄色ワンピ先輩は、その間を大仰な演技と共に逃げ惑った。
いったいどういう設定なのかまったく不明である。
そして七人は極めて優雅にステージ上まで移動したところで、そのワルツのリズムは唐突にブツリと止まった。
そしてその頃には、私の黄色ワンピに関する記憶は、流れてきたそのワルツのメロディが合わさることで喉元まで蘇っていた。
そしてブツリと止まった音楽が、ハイテンポな四拍子のド頭に、ダダン !という鍵盤を叩くような音に続き、小粋なピアノジャズのメロディが繰り返し流れ出すと同時に、私は思いだした。
そのダダン! に続く小粋なジャスピアノメロディで構成されで四拍子に合わせ、ステージ状では片手に木刀を持った7人が、腕を胸前でクロスさせては左右に思い切り開くという、実に分かりやすくインパクトのある振り付けで踊り始める‥‥‥。
――『LA・LA・LA・LAND』だ~! ――
私は7人が一斉に踊る振り付けを見たのと同時に、思わず立ち上がりそうになった。
『LA・LA・LA・LAND』とは、確か私が小学校低学年の頃の公開で、アカデミー賞もとったミュージカル映画だ。
ロサンゼルスで女優を目指す女性と、ジャズピアニストとして自分の店を持つことを夢見る男性との、ひと時の恋愛模様を歌と踊り
を交えて描いた作品だ。
ユルふわ先輩の着ている黄色ワンピは、その作品のヒロインがポスターなどで着ていた印象深い衣装なのだ。
公開当時まだ小学校低学年だった私は、もちろん映画館でその作品を見たわけではなく、後年サブスクで配信されたのを見たわけだが、公開当時はこの映画のミュージカルナンバーをしょっちゅうTVで聞いた気がする。
内容はともかく、そのミュージカルナンバーは思わず鼻歌ってしまうくらいキャッチーで、CMはもちろんバラエティー番組やニュース番組のBGMに使われていたからだ。
なにしろ今でもクルマやらビールやらのCMでその曲を耳にするくらいだ。
今流れているのは、その『LA・LA・LA・LAND』の予告編で使われた曲らしい。
何故私がそこまで覚えているかというと、『LA・LA・LA・LAND』本編よりも、その予告編の方が好きだったからだ。
‥‥‥予告に対して本編がその‥‥‥思ってたんとちゃうかったから‥‥‥とも言う‥‥‥。
およそ3分くらいだった予告は、この映画の三つの名曲を、物語のミュージカルシーンのハイライト映像と共に実にスムーズに繋げており、記憶に残っていたのだ。
何故か知らんけれど、〈殺陣部〉はこの予告編の曲で部のプレゼンをしようと思ったらしい。
そしてステージ状では予告編と同じ様に、ダン! ダン! というドラムの二連打と共に、ジャズピアノのメロディから一瞬にして陽気なサンバのメロデイのようなパーティミュージックへと転じていた。
それに合わせ、ステージ上の7人が歌い踊り狂うと同時に、大殺戮大会を催していた。
『サムシン! インザクラ~♪!!!!』
そのメロディに合わせ、7人踊り斬り合いながらが歌い出す。
時に殺意をこめた表情で、時にめっちゃ笑顔で。
なにしろチャンバラであって、実際に殺し合ってるわけではないので、斬られてもすぐ復活してチャンバラとダンスを続行しするという正にカオス状態であった。
殺陣の時は武器であった木刀が、ダンスの時はステッキやバトン代わりとなる。
いったいどういうコンセプトで思いついて行われた見世物なんだか、サッパリ分からない。
ただ殺し合いとは縁遠いノリノリのミュージカルナンバーに合わせ、〈殺陣部〉を名乗る面々が目の前で踊りながら斬りあっているとしか言えない。
だが、それが面白いか? 面白くないか? で言えば…………………………………………………………………と~っても癪なことに…………………………………………………………………めっちゃ面白かった!!
『オースティン・パワーズ』のOPのような能天気さと、踊り合いながら斬り合うという狂気さが、私には刺さったのだ。
『青春があなたを待っている~♪ 輝く日の為に~♪!!!!』
元の曲とはまったく関係無いであろう替え歌を、高らかに歌い上げながら、大殺戮ダンスはクライマックスへと向かった。
いつの間にか、私は観客席の生徒立ちと共に曲のリズムに合わせて手拍子をしていた。
『立ち止まってる~♪ 場合じゃない~わ~♪ 飛び込んでクレ~ジ~♪ チャ~ンバリ~ン♪ ワ~♪』
いつの間にか木刀から巨大薙刀に持ちかえたユルふわ黄色ワンピ先輩が、最期の仕上げとばかりに6人をバッサバッサのズンバラリンと斬り倒し、斬られた人間はその勢いで延々とターンを繰り返すと、曲の終わりに合わせ、黄色ワンピ先輩と共に全員がピタリと止まってポーズを決めた。
「せ~の!」
「「「「「「「殺陣部をよろしくね~!!!!」」」」」」」
最後のポーズで固まったまま、〈殺陣部〉のメンバーは手を振って一斉にそう告げると、プレゼンは終わった。
私は無意識の内に立ち上がって盛大に拍手していた。
自分でも何故にここまで感激したのかちょっと意味不明だった。
そして、私程感激したのは少数派だったらしい。
ふと周囲を見回すと、観客席でスタンディングオベーションしていたのは私だけだった。
良く考えたら、良く考えなくても『LA・LA・LA・LAND』の予告編に合わせて踊りながらチャンバラするなどと‥‥‥ど~考えても上級者向け過ぎる!
そもそも『LA・LA・LA・LAND』なんて昔の映画、知ってる生徒の方が少数派だろうに!
私は一瞬、一人だけスタンディングオベーションしていることに猛烈な恥ずかしさを覚えた。
が、今さら無かったことにはできず、盛大な拍手を続けた。
だって今のプレゼンに感激したことは事実だったから‥‥‥。
幸いにも、その数秒後には、私の拍手の後を追うようにしてさざ波のように観客席からの拍手が巻き起こり、私は一人ではなくなった。
どうやら『LA・LA・LA・LAND』なんて知らずとも、〈殺陣部〉のプレゼンは私以外にも充分に面白かったようだった。
かくして私は、世の中に〈殺陣部〉なるものが存在することを知った。
正直、プレゼン前半の『ガン・ブレイド』OPに合わせた演舞を見ただけだったならば、〈殺陣部〉のファンになっても入部候補には入れなかったかもしれない。
だって『ガン・ブレイド』OPの演舞だけ見ると、割と難しくて、それにとても真面目でおカタそうな部活に思えたのだ。
上手く言葉にできないけれど、フリとはいえ人殺しをエンタメにするのは、それに相応の覚悟や真面目さなどのハードルが高く思えたのだ。
しかし、その思いは『LA・LA・LA・LAND』の演舞を見て、多少変わった。
だってあんな無茶苦茶やるとは思わなかったのだ。
殺陣は殺陣でも、我が校の〈殺陣部〉は、割と無茶苦茶やっても良いらしい。
そのフリーダムさが、私には刺さったのだ。
それに少なくとも〈殺陣部〉には、『ガン・ブレイド』と『LA・LA・LA・LAND』を知っていて、それで演舞を作っちゃうような先輩がいる。
その人とは話が合いそうではないか!?
それにそれに、私の知る限り“殺陣”を中学以前から部活でやっている人間など皆無である。
それはつまり、他の中学から存在する部活に入部した場合と違い、これから〈殺陣部〉に入る人間は等しく未経験であり、仮に私が〈殺陣部〉に入ったとしても、一緒に入部した1年生と私は、まったく同じスタートラインからはじめることになる‥‥‥。
経験者に遅れを感じなくて済むのだ。
私は“殺陣”とは関係無い、ちとセコい事情で〈殺陣部〉入部を検討しはじめていた‥‥‥。
それが、極めて甘い考えであったことを知るのは、そう遠くない未来の話である。
つづく
(※本作は作者の実際に体験した殺陣に関する知見を元に執筆されておりますが、世の殺陣の全てに適用されるとは限らない可能性があることをご了承ください)
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