▼第六章 『風(かぜ)殺陣ぬ〈その3〉』
その時、すでに私の疲労は私の自覚を超えて溜まっていたのかもしれない。
部活開始前のウォーミングアップのメニューが、体験入部時よりも2割ほど増えていたのがその主な理由だ。
それに、私は〈抜刀〉の段階で結構な苦戦を強いられ、腰に巻いた帯に差した木刀を抜くのに毎度若干手間取ってしまい、その分だけ皆の行う〈抜刀・正眼〉〈大上段〉〈真っ向〉についてゆくのがギリギリだったこともあるだろう。
絶賛成長中であると同時に、まだ成長しきれていない私の腕の長さでは、兄の御下がり木刀は少々長すぎて、帯から抜くのに精一杯腕を伸ばしきらねばならず、その分だけ〈抜刀〉がちょっぴり遅れてしまうのだ。
一応木刀を抜けはするのだが、若干のタイムロスは否めなかった。
結果、初めて行った〈大上段〉からの〈真っ向〉に挑戦した際に、なかなか帯から木刀が抜けず、焦っていた上に腕の疲労が蓄積していた私は、皆より半テンポ遅れて〈大上段〉から振り下ろした木刀の勢いを、疲労で衰えた筋力で静止させることができず、さらに重心が前に乗り切らず、膝を外側に向け切れていなかったがために、カーンとばかりに右ひざに木刀をブチ当てることとなってしまったのであった。
「……大丈夫かぁ?」
そばにいたツッキー先輩が若干呆れた声で聞くと、私は木刀を振り下ろした態勢でフリーズしながら「ダイジョブです!」と辛うじて答えると、私の後ろからも「ダイジョブです!」と言うまったく同じ答えが響き、私は少し驚いた
振り返ると、同じ新入部員の筋肉ダルマ大男の田地君が、身をかがめて右膝をさすっていた。
どうやら私と同じ失敗をしたらしい。
私は骨まで響く痛さにちょっとウルっと来たが、幸い痛いで済む範囲のダメージだった。
それにいきなり失敗したのが自分だけじゃなくて少しほっとした。
「……本当に平気?」
一部始終を見ていた貫胴部長が尋ねると、私は田地君と共に『ハイ』と慌てて答えた。
「大事無いなら良かった……で、大事無かったならせっかくだから考えて欲しい。
……もしも今の出来事が、木刀では無くモノホンの日本刀で起きていたら? ……って」
「‥‥‥‥‥‥」
ボソリと尋ねてきた貫胴部長に、私達は答えることができなかった。
ただその瞬間を想像して、真っ青になるだけだった。
「ホンモノの日本刀は、重さにして1キロ前後ある長さ1mくらいのカミソリみたいなものだと思ってみようか。
それがウッカリとはいえ、その重さと勢いで膝にぶち当たったら‥‥‥‥‥‥まぁ、なかなかグロいことになるわな」
「……」
淡々と貫胴部が語ったことを想像して、私は思わずギュッと目を瞑り、想像しちゃったことを後悔しながら身を振るわせた。
「膝肉のスライスがそこに落っこちてることになるかもね」
「~~~! も~ぉ考えないようにしてたのに~!」
私やタッティーが短く悲鳴を上げる一方で、貫胴部長の隣にいたツバサ副部長が、部長の余計な一言に目に見えぬ速度の地獄突きを彼の上腕にブチ当てて抗議した。
貫胴部長は上腕をさすりながら説明を続けた。
「……だ、ダイジョ~ブ! ウチらの部活で君らにモノホン日本刀を持たせることは無い間違っても無いから。
だけど、そのモノホンの日本刀を持ってる侍やらの戦闘の再現でもあるのが殺陣である以上、たとえ当たって斬れる心配は無くとも、膝小僧に木刀をぶつけなようにするってのがリアリティってもんだと思うんだ。
ゆえに、重心を前に出した足にのせ、前に出した足の膝は外に向けるべし。
その逆をすると、今のように刀が膝にぶちあたる危険が増すからね」
私達新入部員は『ハイ!』勢いよく答えた。
重心を前に出した足に乗せるのも、膝を外側に向けるのも、大いに納得のいく理由があれば、真剣に守る気になった。
真剣だったらヤバイだけに!
「ほな、〈正眼〉に戻って〈大上段〉〈真っ向〉何回かやってみようか」
貫胴部長は、何故か木刀で膝を打った私らを見て、どこか満足げな顔をしながら告げると、〈正眼〉~〈真っ向〉を繰り返させた。
〈抜刀〉は苦手だったので、そこから繰り返さなくて助かった。
「〈真っ向〉の最初の説明でも言ったけど、安全を確保しつつ、腕を適度に伸ばし、なるべく遠くを斬るよう心がけてね。
何故かと言えば理由は二つ
一つは、敵よりも僅かでも長い射程距離で戦う為。
古来より武器とは……戦いとは……拳よりもナイフ、ナイフよりも刀、刀よりも槍、槍よりも弓矢、弓矢よりも鉄砲……といったように、相手の持つ武器よりも遠くから使える武器を持った方が強く、有利なわけで……。
同じ刀を持った者同士が戦うならば、縮こまって刀を短い射程で振るうよりも、少しでも遠くを斬れるよう刀を振るった方が有利になるわけ。
もちろん殺陣のシチュエーション次第で例外も多々あるけどね」
貫胴部長はツバサ副部長と向き合い、ゆっくりと〈大上段〉から〈真っ向〉を繰り出し合いながら語った。
貫胴部長が意図的に肘を曲げて縮こまったフォームで〈真っ向〉を繰り出すと、貫胴部長の振るった〈真っ向〉の木刀の切っ先はツバサ副部長にはかすりもせず、ツバサ副部長が腕を伸ばして放った〈真っ向〉の切っ先が貫胴部長の脳天に達した。
同じ刀を持って戦うならば、腕を伸ばして遠くから敵を斬れる方が勝つのが道理である……貫胴部長はそう言っているのだ。
「そしてもう一つの理由は、真横から見た時に、肘を曲げて短い射程で〈真っ向〉をするよりも、肘を伸ばして〈真っ向〉を斬った方が、刀の刃が描く軌跡が広くて見栄えが良いから……」
そう続けると、貫胴部長は私達に真横を向けながら、二バージョンの〈真っ向〉を繰り返した。
ごく当然の結果であるが、短く木刀を振った時の木刀の刃が描く〈真っ向〉の残像の面積よりも、遠くを斬るように振った〈真っ向〉で木刀の描く刃の残像の方が面積が広かった……少なくともそう見えた。
木刀が描く刃の残像の面積は、円の半径に値する木刀を持った腕の肩から切っ先までの距離が長い方が広くなるからだ。
遠くを斬ろうと腕を伸ばせば、円の半径が長くなり、面積もそれだけ大きくなるのだ。
「殺陣は斬り合いのシミュレーションであると同時に、見る人を楽しませるエンターテイメントでもあるわけで……例えば舞台演劇とかのLIVEショーで殺陣を披露する場合、観客席の後ろにいるお客さんにも殺陣の動きを良くハッキリと見せたいならば、こうしてフォームを大きくした方が良いってわけだね」
そう言いながら、部長は体育館の端まで走って移動し、真横を向けながら〈真っ向〉を繰り返した。
確かに、先日の部活動紹介集会で〈殺陣部〉が行ったプレゼン剣舞のように、生で披露する殺陣の場合、遠くにいるお客さんにも楽しんで貰う為には、それ用の努力が必要なのだと私は理解した。
そして色んなことを考えるもんだと感心した。
私達は再び何度か〈正眼〉に戻って〈大上段〉~〈真っ向〉を繰り返えすと「よし! 次はいよいよ〈血ぶり・納刀〉だ!」と、貫胴部長は清々し気に宣言した。
「抜いた刀は鞘に納めねばならぬ……それが〈納刀〉。
そしてその前に、刀についた敵の血を振り落とすのが〈血ぶり〉。
だから敵と戦い、勝って終わったなら〈血ぶり・納刀〉して殺陣は終わるわけなのさ。
〈納刀〉まで覚えれば、〈抜刀・正眼〉からの〈大上段〉〈真っ向〉そして〈血ぶり・納刀〉までの一連の動きが出来るから、新入生の諸君は家に帰って自主練することもできるので頑張ろう!」
貫胴部長はそう言いながら、私達の前で何度も〈血ぶり〉しては流れるように〈納刀〉を繰り返して見せた。
決して速くはないスピードでの動きであるにもかかわらず、滑らか過ぎて何やってるか分からない……という謎の感覚を私は覚えた。
「まず〈真っ向〉が終わった態勢からスタートするよ。
右脚が前、膝を伸ばした左脚が後ろ、刀の切っ先は膝より下まで振り下ろした状態ね。
その態勢から、左手は帯に差した鞘の鯉口……刃の入る穴部分を、親指と人差し指が半分はみ出る位置で上から被せる様に握る。
ああ、鞘を持ってない人は、左手は親指を腰に巻いてる帯かベルトに突っ込んで待機してて。
一方右手は、握った刀の刃の根元の左側面を、刀を水平にしながら自分のおでこの前に持ってくる。
自分の腕で顔を隠すともったいないので気を付けて。
切っ先は自分の右を向いているよ~……」
私達は貫胴部長の動きに見よう見まねで続いた。
なんか特撮ヒーローの変身ポーズみたいだと思った。
正面から見る〈血ぶり〉手前の貫胴部長の態勢は、なんかアラビア語数字の“7”みたいなことになっていた。
「よし、その状態から、右手の刀を右下方向に勢いよく振り下ろし、切っ先がつま先の前に位置したとこでピタリと止める
これが〈血ぶり〉。
刀についた敵さんの血を、こうすることで振り落とした……ことにするわけだね。
実際はこんくらいで血が落ちてくれるわけないけど、殺陣業界の様式美なので……。
他の決まり事と同じ様に、これらの刀の位置やら態勢は、あくまでウチらの部活独自でやっている決まり事なので、他所の殺陣集団では違うことを教えているかもしれないけど、皆で同じ動きで揃える為に、我々ではこういう〈血ぶり〉でやってるわけ。
これだと正面から見た時の見栄えが良いんだわ。
皆はとりあえず、刀を振った瞬間に、自分の足を木刀で引っぱたかないように気をつけ……」
「あイテッ」
貫胴部長が長々と語る中、各々〈血ぶり〉挑戦していた我々新入部員の中から、早速〈血ぶり〉した瞬間、前に出した右脚に振り下ろした木刀をぶつけたのだ。
私ではなく、この中で一番ちっこい男子一年の峰君と、さっきも木刀足にぶつけた大男の田地君だった。
ちゃんと前に出した足に重心を乗せて前傾になっていないと、〈真っ向〉と同じ悲劇の危険が待っているのだ。
「落ち着いてやれば平気平気」
貫胴部長は、膝に木刀あてた二人を大して気にする様子もなく続けた。
「でみんな〈血ぶり〉までやったら、その態勢から刀の切っ先部分の峰を、鞘を握った左手の位置まで持って行き、鞘からはみ出させた親指と人差し指の第二関節同士で挟むべし。
鞘無い人は、帯に親指を差し込んだ左手の手のひらを返して帯を広げて、そこに切っ先を入れて」
そう言いながら簡単そうに行う貫胴部長の真似をしようとして、私は何故か上手く行うことができなかった。
木刀に対する私の腕の長さ問題もあったが、左腰の帯の位置にもっていった左手の元へ、何故か右手で握った刀の切っ先を移動できなかったのだ。
「チャンバラよ、木刀握る右手の力を弱めるんだ」
見かねたツッキー先輩が、助言と同時に背後から私の右手を掴み誘導してくれた。
「小指の力を抜き、親指と人差し指を中心に力を入れて握ってみろ」
ツッキー先輩に従って木刀を握る指の力を調節すると、当然私の握力では木刀の重量を支え難かったのだが、確かに木刀の切っ先は鞘を握る左手まで届いた。
「左手の指の根元で刀の切っ先を掴んだら、刀を前方にスライド差せて、鯉口に切っ先を入れる。
そしたらすぐ鞘と刀を一直線にする。
この時は、刀の刃は真上を向いてるよ~。
そしたら木刀を動かし鞘に刃を半分まで納めたら、残りは鞘の方で迎えに行き、刃を完全に鞘に納めるべし。
鞘なし勢は左手を鞘に見立ててやってみて、ただし、左手を動かすのは刀の切っ先を帯に差し込んでからね」
貫胴部長は極めて淀みない美しいフォームで、木刀を専用鞘に納めながら告げた。
一方私は鞘など持ってないので、言われた通り左手を鞘にして、見様見真似で木刀を納めたムーブをしようとしたのだが、木刀の切っ先を帯に差し込むのに苦戦した。
……とはいえ、ツッキー先輩に言われたように、木刀を握る指のコントロールで、なんとか帯に切っ先を入れ、鞘に見立てた左手で迎えに行くようにして、見えない鞘に木刀を納めることに成功した。
「あとは簡単、刀を納めに迎えに行った鞘ごと刀を帯に戻すと同時に、前に出していた足を左脚の真横まで下げる……。
ここで大事な大事なイベント〈残心〉があるよ!」
貫胴部長は中途半端な態勢でフリーズすると、声のボリュームを上げた。
大事な大事なことだからなようだった。
「〈残心〉てのは、誤解を恐れずザックリと言えば、要するに直前の戦いで斬った敵が、ちゃんと死んでいるか? を確認する行程のことを言うんだ。
もしも、まだ斬ったはずの相手に息があり、逆襲してきたならば……でやあああ!!」
貫胴部長が説明の途中で余りにもシームレスに、雄叫びと共に〈抜刀〉したので、私は思わず跳び上がり、そばのタッティーと共に『キャッ』と悲鳴をあげた。
「要するに〈残心〉とは、油断せず緊張を最後まで維持する事を言うんだな」
貫胴部長は滑らかに〈納刀〉し、先ほどの〈残心〉態勢に戻りながら続けた。
「……で、斬った相手が完全に死んだな? 死んだな? 死んだな? と入念に確認したらスタート態勢の〈自然体〉に戻る……と!」
貫胴部長はそう言って、肩幅に足を開き、仁王立ちという程堂々として力も入ってはいないが、気を付けの態勢ほど細長くもない絶妙な立ち姿〈自然体〉に戻った。
貫胴部長は「ふう~」とばかりに、額の汗を腕で拭いながら、達成感に満ちた息を漏らした。
私はその達成感の理由がすぐには分からなかったが、何度か〈血ぶり・納刀〉を繰り返した後、また〈自然体〉から、〈抜刀・正眼〉~〈大上段〉~〈真っ向〉~〈血ぶり・納刀〉~〈自然体〉までの一連の動きを繰り返しているうちに気づいた。
ず~っとしゃべりっぱなしだった貫胴部長は、ようやく〈自然体〉から〈自然体〉までの動きを教え終え、一休みする機会を得たのだ。
それが部長として初めて迎える新入部員相手への、初めてのティーチングならば、達成感も覚えようというものだ。
私は疲れてふらふらになりながらそう思った。
つづく
(※本作は作者の実際に体験した殺陣に関する知見を元に執筆されておりますが、世の殺陣の全てに適用されるとは限らない可能性があることをご了承ください)
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