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▼第六章 『風(かぜ)殺陣ぬ〈その2〉』




 数回の〈納刀〉状態からの〈抜刀・正眼〉を繰り返すと、速やかに次のフェイズに移った。


「最初は脳みそがパンクしそうになるかもしれないけど、今日ですぐ覚えろとは言わないから安心してっ。

 どうせ部活はじめに毎回やるから嫌でも覚えるって!」


 私達の顔色から何かを見て取ったのか、貫胴部長はそう言ったが、私はまったくもって心は休まらなかった。

 

「では〈抜刀・正眼〉状態から、殺陣における最もベーシックな攻撃技、〈真っ向(まっこう)〉またの名を〈大上段からの斬り下ろし〉を教えるね。

 まず〈正眼〉状態から左の足をすり足で前に一歩出しながら、刀を横から見て45度の位置まで振りかぶって~」


 貫胴部長は我々に真横を向けながら〈大上段〉へとなりつつ説明した。

 〈大上段〉は、今見るのが初めての構えでは無かった。

 なぜなら……。


「これが〈大上段〉。

 体験入部でやった殺陣〈マリオ〉で〈カラミ〉やった人が斬られる時の構えでもあるアレね」


 私が思っていたことを部長が先んじて告げた。

 〈マリオ〉で〈カラミ〉役を演じるために、45度で振りかぶれ! という以外は大分ぞんざいに教わってやっていたが、すでに私達は〈大上段〉を実行していたのだ。


「この構えは〈カラミ〉として斬られる時に、とても便利な構えで重宝してるんだ。

 お腹がガラ空きで〈シン〉にとって斬りやすいし、他の構えよりも〈カラミ〉にとっては斬られやすいからね。

 他の構えだと腕とかに木刀があたって痛い思いをする可能性が高いんだよ。

 さて、この構えがなぜ横から見て45度と指定されてるか分かる人はいるかな?」

「ハイ! 真後ろに人がいた場合に備えてです!!」


 私は貫胴部長の突然クイズに、またタッティーが答える前に声を張り上げ、先んじて答えることに成功した。

 そんな質問が来る予感がしてたからだ。


「正解!

 大概の体格の人であれば、〈大上段〉で45度以下にまで振りかぶらない限り、真後ろに人がいても怪我をさせることはないはずだからね」


 部長のクイズに正解し私は思わず隣にいたタッティーの方を振り返ると、タッティーは私の顔を見て目をパチクリさせた。

 どうやら私は凄いドヤ顔していたらしい。


「ってなわけで〈大上段〉を構える時は、横から見て45度にせよ! というのがウチらのルールなわけ。

 逆に、不用意に45度以下にまで〈大上段〉で振りかぶってしまうと……」


 貫胴部長はそう語りながら、ごく自然にそばで待機していたツッキー先輩の真正面に移動すると、おもむろに〈大上段〉に構えた、。

 しかし振り上げた刀は45度以下にまで振りかぶられ、部長の持っていた木刀の切っ先はツッキー先輩の頭上に迫った。

 しかし、木刀がツッキー先輩の頭を叩き割ることはなかった。

 先んじてツッキー先輩が自分の木刀を水平にして頭上に構えていたからだった。

 体育館に木刀同士がカツ~ンとぶつかる音が響いた。


「このように、自分の背後に、何かの事情で人がいた場合、その人がツッキー並みの達人でも無い限りは暴行の加害者になる羽目になる。

 だから皆くれぐれも気をつけて欲しい」


 貫胴部長はものすごく切実そうな顔でそういった。

 貫胴部長は怪我をするなということよりも、誰かを怪我させるなということを強調しているような気が私はした。


「この〈大上段〉について、〈カラミ〉で斬られる時に便利で、45度にしろ……という意外におぼえて欲しいのは、〈大上段〉は必ず左脚が前、重心も前ってことかな……。

 刀を右手が上、左手が下で握っている関係上、そこあゆるぎないんだな。

 ま、あくまでこれらのルールは、あくまでウチの殺陣独自のローカル・ルールであって、この〈大上段〉は45度ってルールをはじめ、他所の殺陣や剣術を教えているとこではまったく違うことを教えているかもしれないけどね……」


 そして部長はそう付けくわえた。








「ではみんなも〈大上段〉になってみて~!」


 私達はそれまでのように、先輩方に修正されながら〈大上段〉の構えに挑戦し、例によって傍らに建つ先輩方によって修正された


「この時も、〈正眼〉と同じ様に重心は前に出した左足に掛けるべし。

 これから攻撃しようっていう構えなので、当然前に駆けだしやすい態勢になるわけだね。

 こっちの方が後ろの足に重心かけてるよりずっと速く動きだせるから。

 練習で構える時は、前に出した足に全体重をかけ、後ろの方の足を地面から上げられるくらいやっても良いくらい」


 そう言いながら貫胴部長は〈正眼〉と〈大上段〉それぞれの構えで、後ろの方に伸ばした足をヒョイと上げてみせた。

 私達もそれにならい、後ろの方の足を上げようとしてみて……そして一瞬で諦めた。

 諦めたというか出来なかった。

 左足を上げるということは、右足で全体重を支えるということであり、私にそんな筋力などなかったからだ。

 後ろの方の右脚を床から上げようとして、ものの2秒で左脚の筋肉が悲鳴を上げて断念した。

 その一方で私は、ツッキー先輩やツバサ副部長他の先輩部員が、貫胴部長と同じく〈大上段〉のままひょいと後ろの方に伸ばした足を床から上げたのでビックリした。

 みな簡単そうにやってのけやがる。

 

「残念ながら、殺陣の世界では〈抜刀〉して以降は全て、このただ立っている状態よりも歩幅を前後に広げた分だけ、普段よりも重心が低い上体を維持することになる。

 いわゆる〈腰を落とす〉って状態のことだね。

 この状態で重心を、前に出した足だけで維持することはなかなかに大変だけど、殺陣の上手い下手を決める重要な要素なんだな。

 まぁだからって前出した足だけで全体重支えろ! ……ってのは極端な話なんだけど、練習段階ではそれくらいの気概でやろうってことね」


 貫胴部長は〈自然体〉から〈抜刀・正眼・大上段〉を我々の前でパパっと何度も繰り返しながら言った。

 そして確かに、貫胴部長の重心は〈自然体〉状態から5cm程低くなったまま、まるで見えないレールでも存在してるかのようにまったく上下しなかった。

 私は自分でそれを真似ようとしてはじめて、それが割とかなりけっこう難しいことを認識した。


「で、この〈大上段〉から、右脚を出しながら、垂直に刀を振り下ろす!」


 貫胴部長はそう言うと、〈大上段〉状態から一歩前に出つつ、「テヤッ!」という掛け声と共に、ヒョンという微かな風音を鳴らしつつ木刀を振り下ろした。


「これが〈真っ向(まっこう)〉、またの名を〈大上段からの斬り下ろし〉ね。

 コツはなるべく遠くを斬ること。

 そして斬り終わった時に、刀の切っ先が膝より下にあること。

 ……かといって切っ先を床にブチ当てないこと……かな?

 例によって重心は前に出した右足に乗せ、後ろの左脚の膝は伸ばし、膝は外を向けるように。

 では、さあ皆さんご一緒に」


 何度か〈真っまっこう〉を繰り返しながら貫胴部長が説明すると、私達は〈大上段〉状態から「ソリャ」とか「ハッ!」という各々の掛け声と共に〈真っまっこう〉を実行してみた。

 〈真っまっこう〉は明らかに攻撃の技なので、安全ルールの〈攻撃する側は直前に声を出せ〉適用されると私達は学んでいた。

 しかし、何故に貫胴部長が、重心は前に出した足に乗せ、後ろの膝は伸ばし、膝は外を向けるようにと再三言い続けたのかについては、まだ理解が及んでいなかった。

 

「アダッ!」


 私はちゃんと前に出した足に重心を乗せ、後ろの膝は伸ばし、膝は外を向けて〈真っまっこう〉をやったつもりだったが、ぜんぜん甘かったようだ。

 私は〈大上段〉から振り下ろした木刀が、重心を乗せ切れていなかった前に出した右足の、外側に向け切れていなかった膝にドスッっとばかりにぶち当たり、濁った悲鳴をあげた。















                           つづく



(※本作は作者の実際に体験した殺陣に関する知見を元に執筆されておりますが、世の殺陣の全てに適用されるとは限らない可能性があることをご了承ください)


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