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▼第六章 『風(かぜ)殺陣ぬ〈その1〉』

 初めての殺陣式挨拶が終わり、皆が頭を上げると、貫胴部長は開口一番「ハイ! では殺陣における安全を守る為の五つルールはなんでしょうか!? ハイまず君から!」と、目の前に並んで正座する我々一年に向かって手のひらを差し出しながら問うてきた。


〈攻撃する側は直前に声を出せ〉

〈大上段は45度〉

〈指定されない限り、切っ先を進行方向に向けて移動しない〉

〈獲物を持ってる人間の死角から無暗に近づくな〉

〈常に死角に人がいる可能性を懸念し、木刀の切っ先に気をつけるべし〉


 すでに体験入部で毎度聞かされ訊かれてきた私達は、多少たどたどしくとも、その部長の問いに答えることができた。


 殺陣とは危険な行いである。

 だから常に安全に万全を期して期すぎるということは無い、ということなのだろう。

 貫胴部長は私達がちゃんと五つのルールを覚えていたことに満足したようだった。

 部長はそのまま、自分から超簡潔な自己紹介をはじめた。

 すでに体験入部で先輩方の顔と名前は覚えつつあるが、それでもありがたい話であった。

 そして当然、新入部員たる我々の自己紹介も行われた。


 私とタッティーは割愛するとして……。

 ボーイッシュな女子は立華凪ナギ、見た目通りの体育会系の元気っ子で、楽しそうだからと〈殺陣部〉に入ったんだそうな。

 私よりちっこい男子は峰 正太郎ショウタロウ、カッコいいから〈殺陣部〉を選んだという。

 で、筋肉ダルマみたいな男子は田地 力郎リキロー、見てくれの割に消え去りそうなか細い声で、強くなりたいわけじゃないけど、強そうに見えるようになりたいとかなんとかゴニョゴニョ言っていた。



 このメンツで三年間を駆け抜けるのか……別に何か理想があったわけではないが、私が自分を棚に上げてこの新入生の顔ぶれに一抹の不安を覚えなかったらと言ったら嘘になる。

 なにしろ私は部活動なるものが初めてなわけだし……。



 しかし部活動そんな私の不安を他所に、問答無用で進行していった。


「……ちゅうメンツでこれから皆で殺陣をやってくことになったわけなんだけど……。

 もちろん……伝えるべきことも、新入部員の君らにとって知りたいことも多々あるんろうだけれども、なにしろ殺陣の基本を覚えて貰わんことにゃ、説明したいことも説明できんので、今日からバシバシ殺陣の基本を覚えてもらうぜ……って何度も言ってるねぇコレ!

 ともかく体験入部で教えたことは、まだまだ殺陣のほんの端っこに過ぎないのでまずは覚えるべき基本をバンバンやっていこう!」


 貫胴部長は新入部員ふくむ部員全員の自己紹介が終わると、パシンと手を叩いてそう宣言した。


「……とは言っても……ウチらが教えられることは、あくまでこの〈殺陣部〉で代々教えていることだけで、他所の殺陣やら剣術やらがやってるとこが教えてる事とは、一致しない事も多々あるかもしんないけどね!

 やってるとこの数だけ、色んなやり方や作法があるから……。

 まずは立ち方から!

 まず右手で自分の右側に置いてある刀の鞘の鍔元を上から握る……」


 貫胴部長は若干気になることを最後に付け足すと、私達の反応を待たずにティーチングを開始した。

 貫胴部長は、まず切っ先を後方、刃を内側にして、正座した自分の右側にある鞘に入った部長の専用木刀を上から掴んで握った。

 同時に、私達に正対している部長の左右で、ツッキー先輩とツバサ副部長が正座のまま180度向きを変え、我々に背を向けた状態で、貫胴部長と同じ動きをした。

 私達の左右でも他の先輩方がお手本動作を同時に行ってくれている。

 これまでの体験入部でも行われてきたことであったが、貫胴部長が何か殺陣の動きを教える時は、こうしてツバサ副部長以下の他の先輩方が、私達が見て覚えやすいように、色んなアングルで貫胴部長の動を分かるように演じてくれるのだ。


 特にこちらに背を向けて同じ動きをしてもらえると、向き合った貫部長の動きと違って左右が逆にならないのでありがたかった。

 ダンスなどの稽古では、よく鏡を使って行われるが、今日のこの稽古場所にそんな上等なものは無かった、


「そして刀を切っ先を下にしながら自分の目の前に垂直に立てる。

 この時、刀の刃は自分に向けて、峰を前にすべし。

 そしたら、正座状態からまず右ひざを立てる。

 新入部員ズもますここまでやってみて?」


 私達は貫胴部長に促されるままに、右手で木刀を握り、自分の正面に持ってくると、右ひざを立てた片膝立ちとなった。


「そしたら、左手の親指を腰の左側の帯に突っ込む。

 帯してない人は、やったてい(・・)でかまわんよ~。

 この時、親指は腰に二重三重に巻いてる帯の、自分の身体から数えて二枚目と三枚目の間に突っ込んでね。

 突っ込んだら、帯を手のひらを上に向けるように返して親指で広げて、そこに右手で持った木刀の切っ先を差し込む。

 ああ! 刀の刃は上向きでね!」


 私は言われるがままに、先輩方の動作を真似ながら腰に刀を差そうとして、つい本能的にまた刃を下にしかけた刀の刃を上に直した。

 どうも今まで生きてきた中で得た先入観なのか、体験入部の時から刀を腰に差す機会があると、どうしても刃を下にてしまうのだ。


「なんで刃を上にして帯に差すのか? って~と、後でやってみれば分かるけれど、そっちの方が帯に差した刀を鞘から抜くのが圧倒的楽だから。

 そしてまた鞘に納刀しやすいから。

 あと大昔からそういうことになってるから……というのが理由かな。

 刀を刃を下に向けて携帯する場合をあるけど、それは甲冑なんかを着こんでいる時に紐で吊るす場合だね。

 あとなぜ右脚を立てた片膝立ちになったのかというと、逆に左足を立てたら、左腰に刀を差すのがやりづらいから」


 貫胴部長は私達全員が腰に刀を差し終わるのを待つ間に、ペラペラと説明した。


「ああ、あとなんで帯の、自分の身体から数えて二枚目と三枚目の間に刀を差すのかというと、そのうち君たちが浴衣や着物を着て殺陣をやる時がきたら分かることなんだけど、帯と自分の体との間には、〈腰ひも〉ってもんが巻かれてて、そこに刀を差すと高確率で引っかかっちゃうんだ。

 だから自分の身体と帯の間ではなく、一枚目と二枚目の間に差すわけ」


 さすがに貫胴部長がそこまで言い終わる頃には、右脚を立てた片膝状態の我々全員が腰に刃を上に向けて木刀を差し終わっていた。


「よし、そしたら左足を前に出して立つ!

 この立った状態では、左右の足は肩の幅に真一文字にそろえて、つま先は左右に広げず真正面に!

 お尻締めて! お腹ひっこめて! 背筋伸ばして! 顎を引いてスックと立つ!」


 私達は貫胴部長に続いて言われるがままに片膝状態から立ち上がった。


「両の腕は、軽く腋の下を開け、肘を僅かに左右に張った状態でおろし、お手手は軽く拳を握りこみ、親指は他の四本の握った指で作った筒に蓋をするように、上から被せるべし!

 これは着物の袂を指でつまんでいる上体が元になっているんだそうな」


 貫胴部長は、仁王立ちという程堂々として力も入ってはいないが、気を付けの態勢ほど細長くもない絶妙な立ち姿で静止した。


「この“たた立っている”状態を、殺陣では〈自然体〉という。

 刀に手をかけるほど戦うつもりはないけど、いざという時にすぐに抜刀できる直前の状態だね」


 貫胴部長はそう言いながら、見よう見まねで〈自然体〉になってみた私達の立ち姿をチェックした。

 私は即、女子新入部員をチェックしていたツバサ副部長に『もっと顎引いて背筋をピンと伸ばして』とダメ出しされた。

 女子は二重アゴになりたくないから顎を引きたくない本能が働いてしまったらしい。



「〈自然体〉の次はいよいよ〈抜刀・正眼〉だよ!

 〈抜刀・正眼〉てのは要するに『刀を抜いて、〈正眼〉という構えをとる』て意味ね。

 まず左腰の帯に差した刀の鞘のつば元を左手で上から握り、鞘を地面に対し水平に傾けると同時に、刃が外を向くよう捻り、親指で刀の鍔を押して、鞘から刀をちょっとだけ抜く。

 これが〈鯉口をきる〉って動作ね。

 日本刀の刀と鞘とは、〈鯉口をきる〉って動作をしこの接合ロックを解除する動作をしないと抜けない……ことになってるわけ。

 そしたら右手で刀の柄の鍔元を掴み、右脚をすり足で一歩前に出しながら、『セァッ!』とばかりに掛け声だしながら水平に一気に引き抜く。

 さ、やってみて! ゆっくりでいいよ~」


 私は貫胴部長がいきなりデカい掛け声で抜刀したことに、ちょっと心拍が跳ね上がり、一瞬頭が真っ白になって動きが遅れた。

 言われた通り、ゆっくりと左手で木刀の鍔元にあたる部分を握り『へあぁ!』とばかりに刀を左手で握った架空の鞘から抜く。


「チャンバラよ、掛け声だ」


 すかさず背後にいたツッキー先輩に指摘され、私はビクリとなった


「鞘がないと分からないだろうが、切っ先が抜けるまで“左手”の鞘は維持しておくんだぞ~!

 それから重心は前に出した右脚に乗せ、左脚の膝は伸ばす」

「は、ハイ!」


 私は半ば無我夢中でツッキー先輩の言う通りにしてもう一度〈抜刀〉をした。


「ところで諸君、今の〈抜刀〉の瞬間、何故『セヤ!!』って掛け声を上げることになってるか分かる?」

「あ、え~と……」

「ハイ!〈攻撃する側は直前に声を出せ〉が適用されるからです!」


 私が答えを捻り出す前に、貫胴部長の問いに隣にいたタッティーが答えた。


「左様! タッティーに10ポイント!」


 私は貫胴部長がバラエティー番組めいたことを言いながら拍手するなか、タッティーに先に答えられたことに微かな悔しさを覚えると同時に、貫胴部長が体験入部時から口を酸っぱくして言ってきた〈殺陣における安全を守る為の五つルール〉の意味と大切さをちょっとだけ理解した気がした。

 なにしろこの時点でいきなり〈攻撃する側は直前に声を出せ〉が出てきて、私は早速それを破っちゃったのだ。

 つまり安全に関わる危険な行いが、これからも沢山でてきて、私はそれに気づかない可能性があるのだ。


「そう! タッティーのいう通り、この〈抜刀〉という動きは、目の前にいる敵に大して行う攻撃の技でもある。

 見ての通り、納刀状態から最速で繰り出せるわざだね。

 ……ゆえに殺陣の安全を守る為のルール上、繰り出す時は掛け声を出さねばならんことになるわけ。

 じゃ、みな一度〈自然体〉に戻ってもらって、〈抜刀・正眼〉!っていう 俺の合図で、皆でもういっぺんやってみようか?

 せ~の〈抜刀・正眼〉!!」


 慌てて〈自然体〉態勢に私が戻ると、貫胴部長の合図と共に、「テヤ!」とか「そいや!」という慣れない掛け声が体育館に響いた。


「この時、抜刀した刀の切っ先は、目の前にいるであろう仮想敵の帯のラインを水平に斬りぬき、相手の身体を通過した直後でストップすること」


 貫胴部長は、そばにいた不佐間センパイと正対し、彼の胴を〈抜刀〉と同時にゆっくり水平に斬りながら説明した。


「体験入部でやったように、相手を斬る時は木刀で相手の身体を撫でるように斬る……というか斬った! ‥‥といことにするわけなんだけど……。

 この時、なぜ帯の高さを水平に斬るのか? というと、そこなら木刀が多少強くぶち当たっても、帯の厚みであんまり痛くないから。

 帯より上でも下でも、木刀が当たっちゃった痛いからね!

 そしてなぜ相手の身体を斬りぬけたらそこでストップするのか? というと……そりゃ!」


 貫胴部長はそう言うが早いか、再び〈抜刀〉して不佐間先輩の胴を水平に斬りぬけ、そして不佐間先輩の胴を斬りぬけた刀は、その勢いままにブンと振り回した。

 結果、カ~ンとばかりにいつの間にか貫胴部長の右隣のやや前に移動していた、ツッキー先輩が垂直に構えてた木刀に、貫胴部長の木刀はぶち当たった。

 当たり前だが、ツッキー先輩が木刀を構えていなかったら、彼女の胴体に貫胴部長の木刀はぶち当たり、ツッキー先輩はかなり痛い思い、下手すれば骨にひびが入るレベルの怪我をしていたかもしれなかった。


「……とこのように、不必要に刀をぶん回すと、余計なものにぶつかったり怪我させちゃったりするわけだね。」


 はじめから木刀を構えたツッキー先輩に、木刀をブチ当てる手はずだったのか、貫胴部長はケロリとしながらそう言った。


「つまり、安全ルールの〈常に死角に人がいる可能性を懸念し、木刀の切っ先に気をつけるべし〉が適用されたってわけ。

 じゃもう一回〈自然体〉から〈抜刀〉やってみよう!」

 

 私は自分がそばにいる人間を傷つける可能性に再度ドキリとしながら、三度〈自然体〉からの〈抜刀〉をビクビクと行い、木刀の切っ先を目の前に立っていると仮定した敵の胴を斬りぬけた位置でピタリと止めた。


「てなわけでそこまでが〈抜刀〉。

 で、〈抜刀〉で敵を斬り、切っ先をピタリと止めた位置から、刀を自分の真正面に持って来て柄頭……柄の後端を左手で握り、目の前に自分と同じくらいの背丈の敵が立っているとして、その首に向かって切っ先をピンと伸ばし、柄頭を握った左手を、敵の喉と、自分のおへそとを結んだライン上に位置させると〈正眼〉、となるわけ」


 貫胴部長はそばに立つ不佐間先輩に向かって横向きに立ち、〈正眼〉の構えをしながら言った。

 

「この時、前に出してる右脚の位置を気持ち内側に修正すべし。

 切っ先はなるべく遠くに伸ばした方が良いけど、右の肘は伸ばしきらず、軽~く曲がっているくらいが丁度良いんだな。

 体重はさっきのまま前に出した右脚に乗せ、後ろの方に伸ばした左脚の膝は伸ばす。 

 それぞれのつま先と膝は内側を向かないように、やや外向きなくらいで」


 わたしは続く貫胴部長の説明に「おおおお……」と内心呻きながらついていった。


「刀は真正面から見た時に垂直になっているように。

 〈正眼〉で刀が前から見て斜めってるとかっこ悪いからね。

 稽古する場所にある窓枠だとあドアだとか、垂直なラインの何かさがして、それに刀が並行になるようにすると、垂直に構えやすいいよ」


 貫胴部長は〈正眼〉態勢のまま、その場でターンテーブル上のマネキンのごとくゆっくりと360度ターンしながらそう説明し、他の先輩方は私達がやってみた〈正眼〉のフォームを手で動かして直接修正していった。

 どこがどう違うからなのかはわからなかったが、目の前の貫胴部長の〈正眼〉と、私の隣でやってるタッティーの〈正眼〉、私のに比べて異常に美しかった。


「そそそそ、みんなだいたいそんな感じ♪

 ……じゃ、また〈自然体〉状態から〈抜刀・正眼〉やってみよう♪」


 部長は朗らかにそう告げたが、矢継ぎ早に説明され、正直私の脳はこの時点でオーバーフロウ(耳からこぼれ出す)寸前であった。





                                       つづく


(※本作は作者の実際に体験した殺陣に関する知見を元に執筆されておりますが、世の殺陣の全てに適用されるとは限らない可能性があることをご了承ください)


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