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▼第五章 『タッティーをご存知か!?〈その2〉』



 その日、私も〈マリオ〉の〈シン〉や〈カラミ〉もやったが、あまり覚えていない。

 特に失敗らしい失敗はしなかったはずだが、特に褒めちぎられたりもしなかった気がする。

 ただ私は生まれて初めて感じる『ヤバいヤバいヤバい』という感覚に終始追われていた。

 

 元リホリンことタッティーこと立ノ浦 リホは、体験入部に際して、殺陣に関する事柄以外、特に自ら言葉を発することもなく静々と体験入部のメニューをこなしていった。

 その間に貫胴部長は極めてナチュラルにかつ馴れ馴れしく、リホリンを“タッティー”と呼び始めていたが、タッティーは朗らかにスルーしていた。

 私が挑戦するまで三日かかった斬られ役の〈カラミ〉には、タッティーはなんとその日の内に挑戦し、当然のごとく私をはるかに上回るクオリティでやってのけた。

 



 私はその日、一体どうやって帰宅したのかもよく思い出せなかった。

 確かその日の〈殺陣部〉体験入部の始まる直前までは、何かついて酷く悩んでいた気がするのだが、帰宅して諸々済ませ、就寝しようと布団に入る頃までまったく思い出せなかった。

 それまで私の思考を占めていたのは、やはりタッティーのことであった。

 間近で見るタッティーは、ちょっとしたファンタジーだった。

 直に芸能人を見る機会の無い地方民ゆえの感覚だったのかも知れないが、私は端的に言ってタッティーの殺陣に見惚れた。

 ただ彼女が美少女的な意味でビジュアルが優れていたというだけではない。

 その立ち振舞い、仕草もまた……なんというかスマートでエレガントだったのだ。

 彼女より体験入部で二回分ほど殺陣経験で勝っていたはずの私の、〈マリオ〉の〈シン〉と〈カラミ〉に関する実にインスタントな自信は、実にインスタントに粉砕された。

 もちろん流石にツッキー先輩や貫胴部長やツバサ副部長が演じた〈マリオ〉の方が、タッティーよりもクオリティは上である……が、タッティーの〈マリオ〉は、たった一回の体験入部で出来るレベルを超えていた。

 

 私は自分がある結論から強引に目を逸らしていることを自覚しつつ、布団の中で数分おきにジッタバッタと願えりをうちながら、明日以後どうしたら良いのか悩みまくった。

 困ったことに、昨日までは翌日の学校と〈殺陣部〉体験入部で、その悩みは半強制的に解消したり別の悩みになったり、あるいはツッキー先輩や他の誰かに相談してみるという選択肢があったのだが……明日は土曜日であった。

 翌週月曜に再び〈殺陣部〉に行けるまで、土日の二日も考える猶予ができてしまっていた。







 ……そして二日が過ぎ翌週の月曜。

 私は30分以上早めに斗南高校に自転車で登校するなり、校門から入ってすぐの部分で脇に退いて立ち止まり、下駄箱まで歩く他の登校生徒の中から、目的の人間を探し待ち受けていた。

 そして程なくして、私は目当ての人物が校門を潜るのを発見した。

 私のよりも立派な革製の刀袋を背負ったツッキー先輩であった。

 別にツッキー先輩ではなくとも構わない用事ではあったが、私の視線が最初に捕捉したのはやはりツッキー先輩であった。

 ツッキー先輩の背負った刀袋が、まるで旗印のごとく登校時の生徒の人混みから突き出て見えたからだ。

 それは歩いている人間が背負ったモノのはずなのに、ベルトコンベヤーに乗せて運んだかのごとく、一定の速度で上下に揺れることもなく移動しており、私は軽く引いた。

 どういう歩き方をすれば、そんなことができるのだろう。


 それはそれとして、私は週末の土日二日間で充填した勇気をふり絞り、背後からツッキー先輩へと向かい、呼びかけ……ようとして先に振り向かれた。

 

「お……わぁ! お前か……」


 ツッキー先輩は誰かが背後から来たことには驚かなかった……というか気配で気づいたっぽいが、それが私であったことには多少驚いたようだった。

 だが今の私はそんなツッキー先輩の機微に、それ以上注目してる余裕はなかった。

 私は彼女に渡したいものがあって待ち伏せしていたのだ。


 私は『ええ、 ままよ!』とばかりに握りしめていた封筒を、両手で「これ! 受け取ってください!」と裏返った声と共にツッキー先輩に差し出した。

 心なしかツッキー先輩とその周囲の登校生徒たちの動きが、一時停止したみたいに固まって静かになった気がしたが、今の私は週末二日間で充填してきた勇気をふり絞ったことへの開放感でそれどころではなかった。

 昼休みに元〈杉本の三羽ガラス〉の幼なじみに言われるまで、ひょっとして不用意なことをしたかも……とは思いもしなかった。




 私がツッキー先輩に渡したのは、他でもない〈殺陣部〉の入部届けだった。

 貫胴部長かツバサ副部長に渡しても良かったのだが、登校中の生徒の中で私が真っ先に見つけたのがツッキー先輩だったので、彼女に渡したのだ。






 ……そう、私は〈殺陣部〉への入部を決心した。

 それはつまり、高校生活の三年弱を、チャンバラに費やすことに決めたということだ。






 週末の二日間、私の脳内を主に占めていたのは、はたしてタッティーこと立ノ浦 リホが、〈殺陣部〉に入部するのか? であった。

 私が見るかぎり、タッティーに入部して欲しくない部活など存在せず、タッティーは自分の選んだどの部活に入部しようが、大歓迎されることだろう。

 タッティーが入部すれば、それに続く入部希望者とそれに伴う部活動予算でウッハウハだからだ。

 ということは、タッティーはどの部活でも選び放題ということでもある。

 問題は、どこに行っても歓迎されるであろう彼女が、好き好んで〈殺陣部〉を選ぶかどうかだ。

 入部を検討したから〈殺陣部〉の体験入部にきたのだろうけれど、金曜日の体験入部で、タッティーが〈殺陣部〉をどう評価したかは未知数だ。

 はたして、タッティーがわざわざ超マイナー部活動である〈殺陣部〉をわざわざ選ぶだろうか?

 他にもっと彼女の才覚を活かせる部活があるんじゃなかろうか? 〈演劇部〉とか〈ダンス部〉とか〈チアガール部〉とか……。


 だが私はそれについて考えることを辞められない一方で、タッティーが〈殺陣部〉に入ろうが入るまいが、私自身が〈殺陣部〉に入るか否かとは無関係でることを、一応自覚してはいた。

 私が〈殺陣部〉以外の部活をこれから選んで検討するには遅すぎた。

 だが、それでも私は恐れずにはいられなかったのだ。

 私と同時にタッティーまで〈殺陣部〉に入部されたら、もう私など〈殺陣部〉にいても意味無いのではないかと……。

 私が数ある部活動から〈殺陣部〉に目をつけたのは、中学の部活動では聞いたことも無いマイナー部活動である〈殺陣部〉なら、新入部員として入部した際に、皆同じスタートラインではじめられると思ったからだ。

 だが経験の有無しに、いきなり殺陣に挑戦してあそこまで出来るタッティーが入部してしまったら……と思わずにはいられなかったのだ。

 まったくタッティーはなんだって、いきなりやった殺陣があんな上手いんだ?

 私は悶々としながら土曜を無為に凄し、日曜日を迎えた……。




 日曜の朝、はた目には暇そうに見えた私は、小6の妹サヤ《沙綾》に叩き起こされ、友達と行く繁華街へのお出かけの付き添いをすることになった。

 兄も私も小6の頃は、喘息でない限りは自転車に乗って一人で勝手に好きなところに出かけたものだが、今のご時世は付き添いが必要らしい。

 私はまったくノリ気では無かったのだが、オフィシャルに断る理由もなく、母に昼飯代を出された上にそれなりに妹に甘かったので、サヤのお出かけに付き合うことにした。


 結果として、妹とのお出かけはそれなりの気分転換になった。

 妹とその友達と繁華街歩きまわり、昼食を外食にしたことで、一時的だが月曜になったらどの部活に正式入部すべきかの悩みを忘れられたからだ。

 だがバス代をケチってアイス代にし、妹とそれを齧りながら徒歩での家までの帰り道、私は目撃してしまった。



 陽が西に傾きはじめた頃だった、街と私の家までの間に横たわる川を跨ぐ橋を通っていた時だった。

 対岸の眼下の川沿いにある遊具のほぼ無い錆びれた公園に、ポツンと木刀をもった人影を見かけたのだ。

 通っていた橋上の私から距離にして200mは離れていたが、間に何も遮るものが無いため、その人物が何をしているのかが実によく分かった。


 ――〈マリオ〉だ!――


 思わず妹の手を掴んだまま立ち止まった私は、すぐに気づいた。

 ジャンプ・しゃがむ・反転・胴斬り・胴斬り……約四手しかないあの動きは、遠目であっても間違えようがなかった。

 誰かが公園で殺陣の練習をしているのだ。

 問題は誰が日曜の午後の人気の無い公園で、木刀振り回しているか? であった。

 


 



 他でもない〈マリオ〉を練習していることから、〈殺陣部〉関連の人間であることは間違いなかった。

 それから男子ではなく女子であると思われた。

 ただ斗南高校指定ではない薄いピンクの私服ジャージの色とシルエットから、私はそう判断した。

 さらにいえばツッキー先輩でもツバサ副部長でもなくかった。

 深々と被ったベースボールキャップの後ろから、ストレートヘアが彼女の動きに合わせ、西陽を浴びながらキラキラと輝いているのが見え、その髪型はツッキー先輩とツバサ副部長に該当しない。


 吸い寄せられるように橋の上を彼女に向かって歩きながら、私はこの段階で〈マリオ〉を練習してるのが誰か分かったような気がした。

 何かそれ以上の明確な確証があってわけではない。

 まだ名前を顔を覚えていない、殺陣の上手い女子の先輩の可能性だってあった。

 だが私は、きっと今一番そうであって欲しくない人物に違いない! ……と16年生きて培った本能が彼女が誰かを告げ、それを私は勝手に信じていた。

 それに、西陽に照らされながらひたすら〈マリオ〉を続ける彼女はとても美しかった。


 アレはタッティーだ!


 あのプロポーション! あの動き!

 私には彼方で〈マリオ〉を続ける女子がタッティーに思えて仕方なかった。




 だとしたならば、なんでタッティーは日曜のこんな場所で〈マリオ〉の自主練なんぞしてるんだ? という話になるが、その答えは明白であった。

 彼女は数多ある部活動から〈殺陣部〉を選び、入部するつもりなのだ!

 気が付くと私は妹を置いていく勢いで歩く速度をあげ、家路を急いでいた。

 今すぐ無性に木刀を握りたくてたまらなかったからだ。




 そして私は頭が沸騰するような生まれて初めて覚える感覚のままに、妹を引っ張るようにして帰宅するなり、家の庭で日が暮れるまで木刀を分回し、その勢いで書きなぐるようにして入部届を記入し、翌朝を迎えたのだった。


 ウジウジ悩むフェイズはもうお終いだ。

 タッティーが〈殺陣部〉に入部するならば、いやさ、たとえ入部せずとも私は〈殺陣部〉に入部し、殺陣に喘息で中学生まで味わえなかった青春をぶつけるんだ!

 そう決心していた。







「ああ~ん、嫉妬しちゃったのね、もしくはライバル心とってやつ?」


 翌月曜の昼休み……。

 私は昼食を囲んだ元〈杉本の三羽ガラス〉のフーミィに、朝のツッキー先輩への告発事件について「そんな面白イベントやるのになぜ呼ばない!」という割とガチ目のダメ出しを喰らった後に、そこに至るまでの私の葛藤を聞いてもらい、そのようなコメントをもらった。


「……嫉妬心……」


 私はようやく目を逸らし続けてきた自分の心の、初めて感じるゾワゾワとモヤモヤの正体を自覚した。

 ずっと前から分かっていたことだが、認めたく無かったのだ。

 なにしろ喘息問題で長い事伏せっていた私には、この種の感情を覚えるのは初めてだったのだ。


「いきなりやって自分よりうまいタッティーの殺陣に嫉妬して、入部しても〈殺陣部〉の居場所が無いんじゃないかと心配しちゃったんだね……」


 フーミィは私自身が認めたく無かった私の心の状況を、実に容易く読んだ。

 それからそれでもなお〈殺陣部〉入部を決めた私を賞賛し、背中を推してくれた。

 一方、元〈杉本の三羽ガラス〉三人目のトールは、やっと口を開いたと思ったら「もらえそうだったらタッティーにサインもらってくれ」と色紙を出し、私とフーミィの溜め息を返された。




 そしてついにやってきた放課後……。

 私は真っ先は更衣室で着替え中のツッキー先輩に、朝のあらぬ誤解をされかねない行いについてまず謝罪した。

 私が現れた瞬間、ツッキー先輩はかすかにビクリとしたが、すぐに咳払いして「気にするな」と言ってくれた。

 それから「ああいうのは初めてじゃないしな……」と着替えながらツッキー先輩が呟いたので、今度は私がフリーズしする番だった。








                           つづく



(※本作は作者の実際に体験した殺陣に関する知見を元に執筆されておりますが、世の殺陣の全てに適用されるとは限らない可能性があることをご了承ください)


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