▼第四章 『斬られヨーコの日常〈その3〉』
その後、倒れたまま起き上がらない私に、貫銅部長、私を斬ったツッキー先輩、ツバサ副部長が軽くパニックになって駆け寄って来たようだが、私の記憶は曖昧である。
特にツッキー先輩はかなり右往左往していたようだが、その時の私はそれどころではなかった。
私はオーディエンスのリアクションを他人ごとのように聞き流しながら、横向けに倒れてた状態からコロンと仰向けになると、お腹を撫でまわしてみた。
もちろん私はマジで両断されたわけではなく、私の上半身と下半身は相変わらず繋がってた。
足の指を動かそうと思うとちゃんと動いた。
一瞬、私はマジ死んだと思ったが、実際はちょっとビックリしただけだったのだ。
‥‥‥なので、私は数秒後にはムクリと起き上がり、部長達を大いに安堵させた‥‥‥ようだった。
だが、私は今〈シン〉として斬られた衝撃を反芻するのに手一杯で、周囲に気を配るどころでは無かった。
その日の〈殺陣部〉の活動は、私が斬られた〈マリオ〉を最後に、やや慌ただしく終わった。
屋外で行う〈殺陣部〉の活動は、照明用の電気代など〈殺陣部〉の予算では毎回は出せない為、基本的に日暮れと共に終了するからだ。
それでもナイター設備を使って照明を焚き、部活動を続けることも無くは無いが、何かの本番を控えているわけではない今、暗がりで木刀を振り回すようなことを好き好んでするわけがなかった。
私はボ~としたままジャージ姿で自転車で帰宅し、着替えもせずに夕食を済ませて風呂に入ろうとして服を脱ごうとして、初めて腰に巻いたままのツッキー先輩のタオルと腰ひもに気づいた。
私が〈カラミ〉として斬られるということについて、少々‥‥‥いや大いに考えが甘かったことは明白だった。
〈殺陣〉とは、エンターテインメントであると同時に、殺し合いのシミュレーションでもあるのだ。
ゆえに斬られ役〈カラミ〉を演じるということは、実際に死なない斬られないということ以外は、限り無く刀で斬られるという状況の表面的な再現なのである。
そして〈シン〉役だったツッキー先輩は、殺陣における自分の役目を恐ろしく忠実に実行した。
私はその晩、布団に入って眠りにつこうとしたところで、無意識に今日の〈マリオ〉で斬られた瞬間の記憶を反芻していた。
もし彼女が持っていたのがマジモンの刀で、あとほんのちょっと彼女が力加減や動作の機微を変えていたら‥‥‥私はAパーツとBパーツに分かれ、天にめされていたことだろう‥‥‥。
私はその瞬間を想像して、眠気が吹き飛んだ。
ものすごく今さらな話だが、〈殺陣〉とは、人の生き死にをエンターテインメントにしているのだ。
それはもちろん真実の一側面でしかないだろうが、有り体に言って、〈殺陣〉とは不謹慎で罰当たりな行いとも言えるのではないだろうか?
私はもんもんとしながら至ってしまったその結論に、大いに悩んだ。
人の死のエンタメ化なんかに、〈殺陣部〉として自分は参加していいものなのか? という問題に行きついてしまうからだ。
それは自分が〈殺陣部〉に正式入部するか否かの問題に直結してしまう。
ついでに言えば体験入部は明日もある。
明日金曜日が最後の体験入部日であり、翌週月曜には正式入部する部活を決めねばならない。
多少は融通が利くだろうけれど、原則としてそんな感じだ。
‥‥‥明日どうしよう‥‥‥
私が悩む最大の理由はそこだった。
明日もまた〈殺陣部〉の体験入部に飛び込むか?
それとも〈演劇部〉か〈バドミントン部〉か、その他の未知の部活に行ってみるか?
私は今日の〈殺陣部〉の体験入部に向かった段階では、もう明日も〈殺陣部〉の体験入部に参加し、正式入部もするつもりであった。
だが、今はその気持ちが揺らいでいた。
現時点ではまだ選択肢が残されている。
迷いが生じたのに、それを無視して焦って直情的に〈殺陣部〉に行くべきなのだろうか?
もっと冷静に考えるべきなのではないだろうか?
私は昨日まで〈殺陣部〉に入る気満々だった自分の心の気まぐれ具合に、けっこうな自己嫌悪へと陥った。
そうして私は悩み続けているうちに、明日も〈殺陣部〉に行くか否かとは別に、一つの結論に至った。
ようするに私は〈シン〉として斬られたあの瞬間、めっちゃ怖かったのだ‥‥‥と。
そして殺陣を行うのが怖くなった以上、〈殺陣部〉に入ることも怖くなってしまったのだ。
私はそんなことを止めどなく考えながら、いつの間にか眠りにつき朝をむかえた。
翌日、結論から言えば、私はその日の放課後も〈殺陣部〉の体験入部へと向かった。
理由は色々ある。
もちろん迷いはあったのだが、まずおばあちゃんに作ってもらった木刀袋をたった一回の使用で終わらせる度胸などなかった。
私は天下御免のまごうこと無きおばあちゃん子であり、おばあちゃんをガッカリさせることはしたくないし出来ないのだ。
そしてもう一つの理由は、ツッキー先輩から借りっぱなしだったタオルと腰ひもを返却せねばならなかったからだ。
もちろん絶対に部活動中に返さねばならないわけではなく、授業の合間なり昼休みにでも向かう選択肢もあったのだが、入学一カ月未満の一年坊主が先輩方のいる教室に突入する度胸は無かった。
だがそれは同時に私を再び〈殺陣部〉の体験入部に向かわせる後押しとなった。
私はその日の〈殺陣部〉の活動場所である体育館‥‥‥のステージに着くと、まずは勇気を出しツッキー先輩の元に向かい、礼と共に腰ひもとタオルを返した。
ツッキー先輩は私が現れたことに大そう安堵したようだった。
昨日の〈マリオ〉で私のお腹を誤って木刀でぶっ叩いたから私が倒れたのではないか? と気が気で無かったらしい。
私はジャージの裾をまくって、無事なお腹を彼女に見せることで、なんとか納得させることができた。
私は自分の悩みにばかり夢中になっていたが、同時に私が人を悩ませてもいたことが恥ずかしくなった。
今この瞬間までその可能性を考えもしなかったのだから。
誰だって痛いのは嫌で怪我などしたくない、そしてそれと同じくらい誰かに怪我などさせたくないに決まっていた。
私だって〈シン〉を演じて〈カラミ〉の人に怪我でもさせたら真っ青になるだろう。
ツッキー先輩は殺陣経験がある分だけ、その重大性が身に染みているのかもしれない。
私はツッキー先輩が安堵しつつ、私が再び体験入部に来たことを、彼女にしては大そう分かりやすく喜んでいたので、実は〈殺陣部〉に正式入部するか悩んでいるとは言えなかった。
ただ私はヘラヘラと笑いながら、例によってツッキー先輩に問答無用女子トイレに連れ込まれ、またしてもされるがままに腰にタオルを巻かれ、それを腰ひもで巻いて固定すると、今日は刀袋ではなく彼女が私が来た時用に用意していた帯を巻かれることとなった。
私は再びその日の昼食をリバースしそうになりながら、思い切って昨日の〈カラミ〉以来抱いていた悩みを相談してみた。
「う~む‥‥‥ようするにようするにチャンバラは~、私がどうやって人を斬るという恐怖や忌避観に折り合いをつけて、殺陣をやっていれるのかを訊きたいのか?」
ツッキー先輩は私自身がうまく言語化できない私のたどたどしい質問に、私の腰に帯を巻きつつじっくり考えてからそう確認した。
私の悩みとは、色々ウジウジと考えてはみたが、ツッキー先輩の言葉にすればだいたいはそういうことになる。
私はコクコクと頷いた。
「う~ん‥‥‥昔似たような質問を部長にしたことがあったな‥‥‥」
「貫銅部長はなんて答えたんですか?」
「いや、その時答えてくれたのは顧問の柳センセなんだけどさ‥‥‥」
ツッキー先輩は私の質問に対し、真剣に記憶を呼び起こしながら答えてくれた。
「先生いわく、人が殺陣をやる理由には三つあるそうな。
一つは、他の皆がやっているから。
殺陣はもちろん、人の殺し合いをエンタメ化した映画やマンガやアニメなんて沢山あるのだから、今さら気にすることは無いよ‥‥‥という考え方」
「……なるほど」
とツッキー先輩に答えつつ、私は実はあんまり納得してはいなかったが、すでに歴史があり大勢が行っている殺陣に、今さら奇麗事で否定するのも野暮という考え方は理解できた。
「二つ目は、人間の生物としての闘争本能を沈めるのに有用だから‥‥‥ってやつ」
「‥‥‥はぁ」
「こういう殺陣やアクションや戦いがあるエンタメはもちろん、ボクシングやら空手、サッカー、ラグビー、野球とか、対戦系スポーツ関連が存在することで、人は獣としての闘争本能のガス抜きをしてる‥‥‥という考え方。
実際の戦争やら殺し合いやら喧嘩に比べたら、殺陣だのスポーツだので鬱憤を晴らしてくれた方がずっと良いという考え方だ」
「‥‥‥」
私はツッキー先輩の言葉の内容を、すぐには理解して反応できなかったが、一つ目の理由よりかは納得できる気がした。
人間は論理だの理性だけでは生きていけない。
理性や論理だけで生きてたら機械と変わらない。
だからといって本能のままに生きていたら獣と変わらない。
人間が機械でも獣でも無くいる為には、理性と論理を重んじつつも本能を刺激する血沸き肉躍る何かが必要なのだ。
大昔は、狩猟生活だの戦争だのでその獣の本能は大いに役だったかもしれないが、今のご時世のこの国では、それを発露することは難しい。
だから殺陣だの対戦系スポーツなどが必要とされるのだ。
私は一応の納得を得たが、まだ問題もあった。
「でもそれってべつに殺陣じゃなくても良い話ですよね?」
「ああ‥‥‥うん‥‥‥まったくだ」
私の問いに、胴に帯を締め終えたツッキー先輩は、私のお腹をペシペシと叩きながら素直にそう答えた。
「‥‥‥そこで理由の三つ目だ」
「三つめは何なんです?」
私はツッキー先輩と共に女子トイレから体育館に向かって移動しながら尋ねた。
「人が殺陣をやる三つ目の理由は‥‥‥〈人それぞれの個人的理由〉だ。
殺陣に限ったことじゃないけど、皆それまでの人生で培ったなにかの価値観に基づいて、殺陣をなり他の何かをやるなり決めるから‥‥‥ということらしいよ」
ツッキー先輩は自分でも言ってることに自信なさ気に語った。
私は内心〈なんじゃそりゃ〉と思ったことを顔に出さないように努力する一方で、一応納得はした。
どうせそんなこったろうと、自分も心のどこかで思っていたようだ。
「‥‥‥あの、ツッキー先輩の三つ目の理由は何なんですか?」
私は体育館に到着する前に思い切って尋ねた。
「私? 私の殺陣をやる理由は‥‥‥」
ツッキー先輩がそこまで言ったところで、我々は体育館へと到着してしまった。
体育館は一旦私達が離れていた間に、心なしか騒々しくなっていた。
「私が殺陣をやる理由は‥‥‥私が高校に入った時点で、私が持っているスキルを最も活かせるのがここ〈殺陣部〉だと思ったからだよ。
でも‥‥‥‥‥‥」
私達は若干異様な雰囲気となっている体育館の入口で思わず立ち止まりながら、ツッキー先輩の次の言葉を待った。
「いやぁ、もし本当にチャンバラがウチの部に入ってくれるなら‥‥‥それが嬉しいんだけれど‥‥‥それとは関係無しにさ‥‥‥」
ツッキー先輩はこっちに横顔を向け、体育館の様子を見ながら続けた。
「自分に合う何かを選ぶことに悩むよりもさ‥‥‥、エイヤ! ‥‥‥って思い切って選んで飛び込んだ何かを、一生懸命頑張った方が良いのかもな‥‥‥て。
だって、結果は選んだ後にしか分からないんだから」
「‥‥‥」
こちらに顔を向けずにそう語るツッキー先輩の言葉に、私は返す言葉がすぐには出てこなかった。
それよりも、体育館が想像しくなった理由で、私とツッキー先輩は頭が一杯になってしまったのだ。
そして体験入部最終日は、実につつが無く進んだ。
〈殺陣部〉の先輩方は、昨日と同じ様に私が来たことに安堵し、他にも私のように二回以上体験入部に来た一年生がいて歓喜した。
それから例によって貫銅部長が過去四回と同じく、ウォームアップと座学による初心者向けのカリキュラムを実行した。
その最後はやはりお馴染みの殺陣〈マリオ〉だ。
ただ一つそれまでの体験入部と違っていたのは‥‥‥その体験入部に現れた一年生の中に、かつて東京で天才美少女子役として活躍した新入生がいたことであった。
彼女の名は立ノ浦 リホ。
貫銅部長が早くも彼女のことを〈タッティー〉という愛称で呼び始めていた。
困ったことに、タッティーの殺陣は殺陣超初心者の私の目から見ても恐ろしく上手いことが、座学の後で行われた彼女〈マリオ〉を見ても明らかであった。
つづく
(※本作は作者の実際に体験した殺陣に関する知見を元に執筆されておりますが、世の殺陣の全てに適用されるとは限らない可能性があることをご了承ください)
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