▼第四章 『斬られヨーコの日常〈その2〉』
光あるところに影がある!
そして〈シン〉いるところに〈カラミ〉がいる!
まこと殺陣における〈シン〉の勝利の影に、数知れぬ斬られ役〈カラミ〉の姿があった!
だが人よ‥‥‥名を問うなかれ。
闇に生まれ〈シン〉に斬られる‥‥‥それが〈カラミ〉の定めなのだ!
『〈カラミ〉!! ‥‥‥お前を斬る!』
それでは殺陣〈マリオ〉を振り返って見よう!
まず斬り役〈シン〉と二人の斬られ役〈カラミ〉のスタート位置はこれ!
下手 〈カ②〉 〈シ〉 上手
〈カ①〉
この殺陣はステージ上で行い、客席から見ることを前提に組み立てられており、某人気TVゲームの最初期の作品のように、観客から見て横方向に使用キャラにして主人公たる〈シン〉が移動することから〈マリオ〉と名付けられたと思われる。
〈シン〉は刀を右の腰の横に、刃を外、切っ先を真後ろに向けて水平に構えた状態〈脇構え〉でスタンバイする。
〈シン〉による何らかのさりげない合図で〈カラミ〉の二人がかかってきたら、〈シン〉も前進しつつ、まずは一人目の〈カラミ①〉が、脇構えから刀をすくい上げるようにして繰り出した足払いを、〈シン〉は脇構えのまま某マリオの如くピョイ~ンとジャンプして避ける。
この時、真横から見てる観客側からではよく分からないが、〈シン〉と〈カラミ〉がすれ違う際の距離は意外と離れており、見た目より安全が確保されている。
〈カ②〉→
←〈シ〉
〈カ①〉→
ジャンプして最初の〈カラミ①〉の刀を避けたら、今度は着地と同時に右脇構えのまま回れ右をしながらしゃがみ込んで、二人目の〈カラミ〉の抜き胴を避ける。
〈カ②〉→
←〈シ〉
〈カ①〉→
なぜ右脇構えのまま回れ右をしながらしゃがみこみのかというと、そうしないと観客側から見て、〈シン〉が〈カラミ②〉の胴を斬ったようにみえちゃうから‥‥‥みたいだよ! あと回った方がなんか格好いいしね!
〈シン〉が下手端まで行ったらここまでが前半戦。
前半終了時の各ポジションはこう。
〈カ②〉
〈シ〉
〈カ①〉
で、今度は〈シン〉の逆襲がタイム。
〈シン〉は右脇構えのまま、再び向かってくる〈カラミ〉二人を迎え打つように、ステージ上手方向に向かってダッシュを開始。
今度は〈カラミ②〉が最初に〈シン〉に襲い掛かってくる。
〈シン〉は大上段でステージ奥から客席方向に自分の前を斜めにすれ違う〈カラミ②〉の胴体の、帯のある位置を右脇構えから左方向に水平に刀を振って斬りぬける。
〈シ〉→←〈カ②〉
←〈カ①〉
続いて同じくステージ客席側からステージ奥に向かって斜めに通り過ぎようとするもう一人の〈カラミ①〉に対し、さっきの抜き胴の勢いで左脇構えとなった〈シン〉は、さっきとは逆方向の抜き胴で〈カラミ①〉の胴体を水平に斬りぬける。
〈シ〉→←〈カ①〉
〈カ②〉
最終的な〈シン〉と〈カラミ〉二人のポジションはこう!
←〈カ①〉
〈シ〉→
〈カ②〉
最後に、刀に付着した血を振り落とす所作〈血ぶり〉を行うと、〈カラミ〉達は思いだしたようにぶっ倒れ、殺陣〈マリオ〉はお終いである。
ジャンプしてしゃがんすれ違い、引き返して胴体を水平斬り! もう一回水平斬りの二連発! 以上、簡単だね! HAHAHA‥‥‥。
え、今度は〈カラミ〉をやれですってぇ!!?
「そ、せっかく〈シン〉覚えたんだから、次は〈カラミ〉に挑戦してみよう!
どうせ殺陣をやる人間の9割9分は〈カラミ〉役なんだしね!」
放課後の斗南高校校庭の片隅、体験入部に来た一年が、初めての殺陣〈マリオ〉に苦戦するなか、私は〈殺陣部〉活動エリアの隅で貫銅部長にサクッと言われた。
〈殺陣部〉の活動二回目にして、いきなり〈カラミ〉をやれと言われ私はフリーズしたが、貫銅部長の顔は事も無げだった。
確かに、言われてみれば殺陣をやるには斬り役の〈シン〉と斬られ役の〈カラミ〉の両方が必要であり、たいていの場合〈カラミ〉の数の方が多い‥‥‥圧倒的に多い。
私は今日の〈マリオ〉でやった〈シン〉での人を斬る喜びに耽溺するあまり、目を逸らしていた“殺陣”の事実を突きつけられた。
殺陣をやるということは、ほとんどの人間にとってほぼほぼ〈カラミ〉をやるということなのだ!
実に当たり前のことだった!
そりゃ誰だって主役たる〈シン〉をやりたかろうが、その役は〈カラミ〉の数に対してたった一人分しかないのだ。
そして〈シン〉以外の全員が〈カラミ〉なのだ。
「な~に、〈カラミ〉は〈シン〉の数分の一しか振り付け覚えることないから出来る出来るって~!」
貫銅部長はヘラヘラと気休めを言った。
確かに、〈マリオ〉の場合〈カラミ〉が覚えるべき振り付けは、〈シン〉の二分の一だ。
だって2対1の殺陣なのだから、〈シン〉は斬る相手二人分の振り付けを覚えるが、〈カラミ〉は〈シン〉一人と戦う分だけおぼえるだけでよい。
そう考えると、若干だが出来そうな気がしてきた。
「ま、〈カラミ〉で大事なのは、斬られた後の演技力なんだけどね。
それは今は気にしないことにしよう!」
私がかすかに〈カラミ〉を演じる気力がわいた瞬間、貫銅部長がやる気を削ぐようなことを付け加えた。
演技力‥‥‥演技力ぅっ!? 殺陣にも演技力っているの!? ‥‥‥と。
私はこれまで先輩方が披露してきた〈マリオ〉の中で、先輩演じる〈カラミ〉がどうやって斬られていたかを必死に思い出そうとした。
「ああ、でもその前に部長‥‥‥」
私が覚悟を決めかねている所に、ツッキー先輩も現れた。
どうも貫銅部長現れるところにツッキー先輩も現れるようだ。
「チャンバラに〈カラミ〉やらせるならまず‥‥‥」
ツッキー先輩はそう言って私の手を掴み、いずこかへと引っ張っていった。
「ふぐおぉぉぉ‥‥‥」
「もっと息を吐く!」
数分後、校舎内の女子トイレにつれこまれ、ジャージの上の裾をまくり上げていた私は、ツッキー先輩が用意した大きめのバスタオルをジャージの下のTシャツの上から腰に巻かれ、その上から〈腰ひも〉と呼ばれる着物着付け用の紐を巻かれ、その上からジャージの上を着こみ、ジャージの上からお婆ちゃんによる自家製刀袋を彼女によってキツ~く巻かれようとしていた。
私は昼ごはんが口から出てくるかと思った。
「ホントは帯を購入してもらって巻くのが一番何だが、今はこれでガマンしてくれ」
渾身の力で私のウェスト痩身化を試みつつ、なぜ突然人気のないにも呼び出して、こんなことをしたのか? について説明をしてくれたツッキー先輩であったが、片手間だったから、めっちゃ苦しくて脳に酸素が行かなかったからか、イマイチ私はちゃんと言われたことを理解してるか自信がもてなかった。
どうも殺陣をやる人間は絶対に帯をしなくてはならず、しかし女性の場合、男性と違ってウエストのくびれで普通に帯を巻いてもずり上がってきてしまう為、こうしてウエストのくびれにバスタオルを巻いてから、その上に帯を巻くのだそうな。
今回は帯が無いので自家製刀袋だけどね。
それからツッキー先輩は他にも説明した気がするが、今の私が理解できたのはそこまでだった。
「まぁ、今はこんなもんだろう‥‥‥刀袋がずり上がって来たら自分で下ろしてくれ。
そしたら木刀は、左腰の骨盤に乗っけるようにして、こう刃を上にして差しておくんだ」
思う存分私のウエストを絞り上げ、ツッキー先輩は腰に巻いた刀袋をペシンと叩いきながらそう言うと、上ジャージ、下が袴姿の自分の左腰に差した木刀を指さした。
なるほど、前にも貫銅部長が言ってた気もするけど、刀って刃を上に向けて帯に差すのだ。
私は凄い違和感を感じたのだが、今はそれの解消に注力する余裕は無かった。
こうしてプロポーションで唯一の長所であるくびれを埋められたジャージ姿の私は、左腰に刀を差し、ほんのちょっとだけ武士に近づいた。
「悪い、だいぶ時間を食ってしまった。はやく戻ろう!」
「……ぁぃ」
私は用事は済んだとばかりに校庭に戻ろうとするツッキー先輩を、お腹を締めあげられ、ロクに返事もできずに慌てて追いかけた。
この時、私はちゃんとこうまでして腰にタオルを巻いた他の理由を、もっとちゃんと聞けば良かった‥‥‥と後悔するとことになろうとは‥‥思いもしなかったのである。
私達二人が抜けている間にも、日暮れが迫り始めた校庭の片隅では、一年が〈シン〉で先輩方が〈カラミ〉役で殺陣〈マリオ〉が続けられていた。
一人が三回程挑戦しては、次の人間に交代する流れであったが、一年はまだ振り付けを覚えるだけで精一杯なので、そう簡単に一年全員が〈シン〉をやりきることは無いのだが、そろそろ今日の部活終了時間という頃になって、私はうまい具合に一年全員が〈シン〉を体験したところに戻ってきた。
「お、戻ってきた‥‥‥じゃ、チャンバラちゃんが〈カラミ〉の真ん中スタートのヤツやって、〈シン〉はツッキーお願い」
部活動終了時間が迫ってる為か、貫銅部長は私達が戻るなりそう告げた。
私が演じるのは〈マリオ〉の〈カラミ①〉だ。
最初に〈シン〉に足払いで襲いかかり、最後に斬られる役である。
「最初の足払いは、間違っても〈シン〉に当たらないように、正面から見て垂直に、自分の身体に添わせるようにして〈左脇構え〉から切り上げよう!
最後に斬られる時は、必ず大上段で〈シン〉の前を斜めに横切ればいいだけだよ」
貫銅部長はそうまくしたてたが、一度にそう言われたら半分くらいしか頭に入ってこなかった。
「ま、三回やるから、最初の一回は超ユックリで、二回目がラストテスト、三回目が本番てことで!
じゃ、いってみよう」
私達がスタート位置につくと、貫銅部長が開始を宣言した。
結論から言えば、思ったよりは〈カラミ〉は簡単であった。
殺陣〈マリオ〉では〈カラミ〉の振り付けは二つしかないのだから。
足払いして、次は抜き胴で斬られる、それだけである。
だから私は最初の二回はなんとか普通に終えることができた。
だってユックリだったから。
〈シン〉演じるのがツッキー先輩で全幅の信頼を置いていたこともある。
しかし、本番である三回目は違った。
「いいかチャンバラ、その調子で、わたしに斬られる時は必ず大上段でいてくれよ! かならず大上段だぞ! じゃないと両肘を木刀で強打するぞ!」
三回目を前に、ツッキー先輩がそうおそろしげなことをリクエストし、すでに左脇構え状態でスタンバイしていた私は「ぁぃ!」と答え、三回目の〈マリオ〉は始まった。
ツッキー先輩が微かに目を逸らしたのを合図に、私は前二回を超える本番スピードで彼女に向かってダッシュし、彼女が真横をすれ違う瞬間に脇構え状態から木刀をすくい上げた。
この時、私は本番でのツッキー先輩の予想を超えたダッシュの速度に度肝を抜かれた。
だが辛うじて〈マリオ〉の振り付けを続行する。
私に続き、男子先輩演ずる〈カラミ②〉が私の後ろでツッキー先輩とすれ違うと、互いに引き返した。
まず〈カラミ②〉が大上段でツッキー先輩に突っ込み、その胴を彼女によって水平に切り抜かれる。
と次の瞬間、ツッキー先輩はワープみたいな速度で、その後ろで大上段状態でダッシュを開始したばかりの〈カラミ②〉たる私のお腹に、木刀を押し付けていた。
ツッキー先輩の獣じみた吐息が盛大に顔に吹きかけられ、私は被捕食動物の気分を知った。
私の16年弱の人生の中で、最も恐怖した瞬間だった。
あ‥‥‥私死ぬんだ‥‥‥。
一切の理屈を忘れ、私は本気でそう思った。
と同時に、お腹に巻かれたバスタオルのもう一つの意味を悟った。
べつに木刀を叩きつけられたわけではない。
だがバスタオルを巻いて今の衝撃が吸収されていなければ、今頃私の胴体はAパーツとBパーツに分かれていたかもしれない。
理屈を超えて私はそう確信していた。
バスタオルを巻いていて助かった!
バスタオルがなければ即死だった!
私はお腹に木刀を押し付けられた一瞬で、約16年分の走馬灯と共にそこまで悟った。
「ダッリャァ!!」
耳元で聞くツッキー先輩のその雄叫びは、離れた聞いた時の百倍のドスと殺意が聞いており、私はチビリそうになった。
ツッキー先輩はそう叫ぶと同時に、お腹に押し付けた木刀を水平に切り抜けて私の後方に去っていた。
たとえば、魚肉の固まりからお刺身を斬る時は、包丁の刃を押し付けるだけでなく、引かねばならない。
だからツッキー先輩は一度私のお腹に刀を押し付けてから、水平に引き切ったのだ。
‥‥‥これが〈カラミ〉‥‥‥これが斬られるということ‥‥‥これが‥‥‥“死”‥‥‥。
私はツッキー先輩の刀がお腹を掻っ捌いたのを感じながら、トボトボと何歩か歩くと、パタリと倒れた。
私が倒れるべきツッキー先輩の血ぶりのタイミングと、まったく同じタイミングで倒れたのは、まったくもってただの“たまたま”である。
「良いよぉ~チャンバラくん! なんて見事な演技力なんだ!」
視界の隅で、貫銅部長が盛大に一人拍手しながらぴょんぴょん飛び跳ねると、一年生をはじめとしたオーディエンスがやや遅れてさざ波のように拍手に加わった。
つづく
(※本作は作者の実際に体験した殺陣に関する知見を元に執筆されておりますが、世の殺陣の全てに適用されるとは限らない可能性があることをご了承ください)
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