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▼第四章 『斬られヨーコの日常〈その1〉』



「ぁああ~! チャンバラちゃん来てくれたんだ~! う~れ~しぃ~~!!」


 その日の放課後、その日の〈殺陣部〉の活動場所となった斗南高校校庭の片隅の芝生エリアに、木刀持参の私が到着すると、目が合った途端ユルふわパーマ先輩こと塚本ツバサ副部長に、飛び掛かるようにいきなり抱き着かれた。

 今私のことをなんとお呼びで? と訊こうとしたことも忘れ、私は彼女のムチムチ具合を全身で受け止め、その感触に思考がホワイトアウトしそうになり、思わずツッキー先輩派から副部長派に鞍替えしそうになった。

 何故にいきなりツバサ副部長が私にハグする程歓喜したのか? についてはすぐに分かった。



 陽が傾き始めた校庭には、昨日,おとといの体験入部程、一年の姿が見えなかったからだ。

 私は火曜日と水曜日、〈演劇部〉と〈バトミントン部〉の体験入部時に、隙を見て体験入部を受け付けていた〈殺陣部〉の様子を見に行っていたのだが、最大で20人はいた体験入部の一年が、今日は私含めて5~6人もいない。

 他の部と同じ様に、新入部員の大量獲得を熱望する部活の一つとしては、少々不安になる状況だったのだろう。

 私はまさかの歓迎を受けることなったのだ。


「ああああ、あの~! そろそろ離れても‥‥‥」


 私はやんわりとハグする副部長を引き剥がした。

 体験入部希望者が少ないことは、先輩方には気の毒であったが、正直なところ私はまだ他人事であった。

 少ないと言ってもこれだけ入れば、前回体験入部した時のように殺陣の順番待ちに時間を奪われなくて済むくらいに考えていた。



 それよりも私は、当たり前のことではあるが、校庭の片隅に集う〈殺陣部〉の中に、ちゃんとツッキー先輩の姿があってほっとしていた。

 もちろん貫銅部長や他の先輩方も揃っている。

 だが貫銅部長の顔色は若干引き吊っていた。

 それはやはり、今日きた体験入部の一年が少ないからだろう。

 

「あ‥‥‥アハハハ‥‥‥今日はこの間よりちょっぴり寂しい部活になるかも‥‥‥でも、部員10人をキープするのが最低目標だからぁ! だからぁ!」


 部活開始時間になっても増えぬ一年生に、ようやく私をハグから開放したツバサ副部長は、私が尋ねたわけでもないのに私の両肩を掴んで揺さぶりながら力説し、私はただコクコクと頷いた。

 世の部活動の新入部員確保はかくも大事らしい。





 今日来た一年生は私含めて6人だった。

 それだけいれば充分じゃないかと思わなくも無いが、体験入部でその人数では、来週の正式入部時にはその半分以下になってる可能性が大なのだとこれまでの統計が示しており、先輩方はソワソワしているらしい。

 私は幼なじみのフーミィや、クラスメイトからの情報を元に、事態を何となく把握した気になった。


 その今日集まった面々に、月曜の体験入部で一緒だった一年生がいるのか、私にはよく思い出せなかった。

 ただ私のクラスメイトだった人間はいない‥‥‥と思う。

 それはある意味、貫銅部長の想定していた事態に実際になったと言えないこともない気がした。

 今日来た一年の中に、今日初めて“殺陣”に挑戦する面々がたとえ僅かでもいる以上は、貫銅部長は自動的に、私が月曜に体験したような超初心向けメニューを行わなければならない。

 今日の部活動の内容は、初心者がいる以上初心者に合わせないわけにはいかないのだ。

 だって体験入部期間なのだから。

 新入部員を欲するならそうしないわけにはいかないのである。

 全力で一年生を接待し、良い気分にさせ、正式入部するよう仕向けなければならないのだ!



 かくして本日の体験入部の前半メニューは、私が月曜に体験したのとほぼ同じ内容となった。

 入念なストレッチとウォーミングアップの後、小休止を挟んで、安全と刀の各部名称等々、各種説明事項が延々と続き、時間はアっという間に過ぎて行った。

 私は月・火・水、そして今日木曜日と、四日連続して同じ説明を繰り返さねばならなかった貫銅部長を見て少し同情した。

 部長の立場になって見れば、ちゃっちゃと次のレクチャーに入りたいことだろう。

 私は私が同じ思いだからこそ、貫銅部長がそう思っている気がした。

 私は二回目の貫銅部長のレクチャーを受けながら、はよ次の覚えるこを教えて欲しくてならなかった。

 


 だが、今日の〈殺陣部〉体験入部で月曜日に受けたのと同じメニューはここまでであった。




 このあと殺陣〈マリオ〉に一年が挑戦することに変わりはなかったが‥‥‥。

 屋外である校庭で行う場合は、体育館のステージ上に限定して活動するときよりも、使える空間が広く、一度に二チームに別れて〈マリオ〉を行うことができるのだ。

 つまり今日の少ない一年生の人数と合わせて考えれば、今日の殺陣〈マリオ〉では、私は全開よりも〈シン〉を行う番は早く回ってくる可能性が大だ。

 私は再び人を斬る喜びを味わえるかと思うと、笑顔が浮かんでくるのを隠すのが大変だった。

 それに今日はマイ木刀がある。

 これで私は、他の一年より一歩先んじた気分になっていた。

 

「お、チャンバラくんMy木刀持参? 感心だねぇい!」

 

 〈マリオ〉を始める前の休憩時間に、目ざとく貫銅部長が私の木刀を見つけて話しかけてきた。

 私はいつの間にかついていたニックネームについてはスルーして、

私は待ってましたとばかりに持っていた木刀を部長に差し出した。


「兄が修学旅行で買ってきたのがウチにあったもんで~‥‥‥ヘヘヘ」


 私は自分でも気色悪い笑みを浮かべながら部長に答えた。

 何故ならツッキー先輩が貫銅部長と共に、木刀を見に来てくれたからだ。

 貫銅部長は私が差し出した木刀を受け取ると、周りに万全の注意を払いながら軽快に振って見せ、フムフムと頷くと、ツッキー先輩に私の木刀を渡し、彼女もまた貫銅部長と同等に軽やかに木刀を振って見せた。

 

「悪くない木刀だよ」


 ツッキー先輩は感情の見えない表情で私に木刀を返した。


「ただし、基本男性用の木刀だから君にはちょっと重いかもね、いつか自分専用の木刀を買っても良いかも」


 貫銅部長がそうコメントすると、ツッキー先輩がコクコクと頷いた。

 言われてみれば‥‥‥いやこの木刀を発見した時点で、月曜に初めて握った木刀より重いし太いとは思っていたのだが、それは気のせいじゃなかったようだ。

 

「そっちで長すぎて重すぎだったら言ってくれ、女性用の軽くて細い木刀貸すから」

「は、ハイ!」


 私はツッキー先輩に話しかけられたのが嬉しくて、言われた内容を忘れそうになった。


「それで、これって木刀袋に入れてきた感じ?」

「はい? ああそうです」


 続けて部長にそう訊かれ、私は質問の意図が分からず返答した。


「それってさ‥‥‥ベルト代わりに使っても平気なヤツかな?」


 貫銅部長は訝しむ私に続けてそう訊いて来たが、やっぱり私にはその問いの意図が分からなかった。






 小休止開け‥‥‥私の推測通り‥‥というか必然で、一年生は殺陣〈マリオ〉に挑戦してみることとなった。

 私の腰には帯代わりに細長い木刀袋が巻きつけられていた。

 殺陣を本格的にやるならば〈帯〉を腰に巻くのが必須なのだが、初心者が持っているわけもなく、こうやって木刀袋や幅の太いベルトなどで代用するのだそうな。

 これで私は、他の〈殺陣部〉部員の先輩方がそうしているように、腰に木刀を差せるようになった。

 のだが私のウエストがグラビアアイドルもかくや! とばかりに細かったため、どうしても腰に巻いた木刀袋がブカブカになり、木刀を上手く差すどころではなかった。

 この解決方法を先輩部員に訊きたかったのだが、先に〈マリオ〉のレクチャーがはじまってしまい、結局私は木刀を手に持って過ごすこととなった。


 まず前回のようにデモンストレーションがツッキー先輩の〈シン〉で〈マリオ〉が何度も行われ、すぐには覚えられない一年は大混乱に陥るなか、体育館のステージより広い空間を利用し、〈殺陣部〉はメンバーを二組に分け、一年による殺陣〈マリオ〉を行うこととなった。

 私は混乱する一年生の中、すかさずにで真っ先に挙手し、〈シン〉として〈マリオ〉に挑戦する機会をえた。

 そして今日までの間に何百回と繰り返した脳内シミュレーションの通り、見事〈シン〉をやり遂げた。

 私は〈殺陣部〉以外の他の部活の体験入部で得た若干の達成感の思い出を奇麗サッパリ忘れ、人を斬る喜びに浸った。


 それはたった二人の〈カラミ〉を、振り付けを間違えずに斬っただけなのだが、私は脳内に快楽物質がダバダバ分泌されるのを感じ、傍から見たらヤバい顔をしていたかもしれない。

 私は同じ組にいるツッキー先輩がドン引きしているのを視界の隅に捕らえたが、どうすることもできなかった。


 だが世の中、そんな気分の良いことばかり続くわけが無かった。


「お! チャンバラくんひょっとして練習してきた!?」


 三回繰り返された私の〈マリオ〉の〈シン〉を見ていた貫銅部長が、ペチペチと拍手しながら言ってきた。

 そして続けた。


「いや~感心感心、じゃ今度は〈カラミ〉やってみよっか?」と。








                           つづく


(※本作は作者の実際に体験した殺陣に関する知見を元に執筆されておりますが、世の殺陣の全てに適用されるとは限らない可能性があることをご了承ください)


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