▼プロローグ 『手合わせ(一対四)』
殺陣あるいはチャンバラ……それはご存知のように、主に日本刀を使った殺し合いの戦闘を、エンターテイメント用に安全を確保しつつ再現したものです。
映画にドラマにアニメ、あらゆる媒体に殺陣があるだけで、その作品を見る価値が一気に上がるような気がします。
本作はそんな殺陣を、これまで数多くの作品において、ありとあらゆる事に挑戦してきた女子高生に挑んでもらうことで、数々のヒット作を生み出したいわゆる“女子高生部活モノ”として何十匹目かのドジョウを狙ったものです。
『リバース・スラスターズ』の完結からおよそ二年‥‥‥色々頭をひねった結果、なぜか生まれたのはこんなお話です。
残念ながら投稿間隔はかなり不定期になりそうですが、よろしければ覗いて見て下さい。
なお本作を機に殺陣に挑戦しようとなさる場合は、くれぐれも安全に配慮しての実行をお願いいたします。
薄曇りの空の下、生暖かい風が足元の青々とした草原を撫で、しなった草むらに落ちた影の縞模様が、足元を幾度も過ぎ去っていった。
その景色の中に立つ一人の若き痩身の男。
やや古びた着物と袴姿に、長めの黒髪をポニテにして風に流されるがままにしていた。
そして彼の腰帯には、一振りの刀が差さっていた。
「やい! 素浪人! ここで会ったが百年目! ウチらを舐め腐ったオトシマエ、その体でつけさせてもらうぜぃ!」
その素浪人‥‥‥すなわち私を囲む、ぼろい浴衣姿の男たち‥‥‥おそらくヤクザかチンピラの類の一人、男①が上ずった声でそう怒鳴ったが、私は不敵な笑みを微かに浮かべた以外、微動だにしなかった。
「こ‥‥‥こんのぉ‥‥‥ボ~ケ~カァスゥがぁ‥‥‥」
私に文句をスルーされたことで怒りが頂点に達したのか、男①は持っていた刀を鞘から勢いよく抜くと、鞘を放り捨て去り構えた。
その左右で男の仲間②から④までの三名が同じく刀を抜くと、私を左右と後方から囲むように移動していった。
私は視界に入らずとも、左右や背後にいる男②~④の位置を正確に把握していた。
①
② 私 ④
③
「…………」
そして同時に、私はこの後自分がすべき行動を完璧に把握していた。
私はさも億劫そうに、着物の中のお腹の前にしまっていた腕を肩をグネらせながら袖に通すと、ゆっくりと左右の手を左右に降ろした。
周囲の計四名の男たちの視線が、自分のその動きに集中するのを感じる。
私はその中の真正面に立ち、刀を正眼(※まっすぐ前)に構えた男①に一瞬目を合わせると、フ‥‥‥っと不敵な笑みと共に視線を下げた。
それが合図だった。
「どぉりゃあ!!!」
真正面の男①が叫び声と共に、正眼に構えた刀を大きく振り上げ大上段(※頭の真上垂直)に刀を振りかぶった状態で、私に突進してきた。
――あまりにもスキだらけや‥‥‥――
その瞬間、男どもの動きが『インセプション』かザック・スナイダー監督作かのごとくスローモーションのように私には認識された。
私は心の中で溜め息をつくと、左腰の帯に斜めに差した刀の鞘のつば元を左手で握り、水平に傾けると同時に刃が外を向くようロールさせ、親指で刀の鍔を押し、鯉口をきる(※刀と鞘との接合ロックを解除すること)と、右手で刀の柄を掴み、「セァッ!」という気合と共に一気に引き抜き、向かってくる男①に向かって右脚を一歩出した。
①
↓
② ①私 ④
③
男①と互いに体の左半身側を向けながらすれ違う。
と同時に、私は大上段に構えた男①のがら空きの胴体を、左腰に差した鞘から抜いた直後の刀で水平に斬り裂いた。
男①の命の芯を、私の刃は確実に通過した。
――まずは一人目‥‥‥――
私の瞬殺に、残る三名の男がどう動くかも、私には自明であった。
まず私の背後にいた男③が、隙だらけの私の背中を狙う。
男③の立場からすれば当然の行動とも言えたが、私に読まれていては意味が無かった。
私は回れ右して振り向くと、男①を斬った状態で止まっていた右手の刀を、そのまま上方に掲げ、そこからはたき落とすようにして、背後から来た男③が大上段から振り下ろそうとした刀を、先んじて打ち下ろした。
男③は私に向かって突っ込もうとした勢いを加速され、振り向いた私の左横を通過していった。
③
↑
② 私③ ④
↑
③
(①死)
私は男③の刀をはたきとした勢いで男④に背をむけるほど回転し、当然男④はその隙を見逃さなかった。
男④は私の首を狙って刀を水平に振ってきたが、その行いを予期していた私はそれをしゃがんで回避する。
と、同時に回れ右しながら、「テヤッ!」っとばかりに抜き胴(※腹を水平に斬る技)で男④の腹を斬りぬいた。
③
② 私 ←④
(①死)
男④を斬った回れ右の勢いで、私は男②に正対していた。
それまで目の前を横切った男①を慌てて後退して回避した男②は、瞬く間に男①と④が斬り殺され、大慌てで刀を振りかぶったが遅すぎた。
私は男②のがら空きになった胴体に、情け容赦なく刀の切っ先を突き刺した。
③
②←→私 (④死)
(①死)
最後に残った男③は、私に攻撃がいなされて戻って来るまでの間に、瞬く間に仲間三人が斬られたからといって逃げたりする選択肢などなく、またバカの一つ覚えのごとく突っ込んできた。
私は胴に刀をぶっ刺した男②を肩をぶつけて吹っ飛ばすと同時に刺した刀を引っこ抜き、私の脚に袈裟の切り上げ(下から斜め上に斬り上げる技)を仕掛けようと突っ込んできた男③の技を、自ら突っ込んで大ジャンプして回避、と同時に空中で回れ右反転しながら大上段となり、技を回避されて通過した男③の背中を左肩から右脇腹にかけて袈裟斬った。
③
↑↓
(②死) 私 (④死)
(①死)
その間、リアル時間で10秒も経過していない。
正に瞬く間の出来事。
私はジャンピング袈裟斬りからさらにもう半回転して着地すると、左手で鞘の鯉口を掴むと同時に、右手で握った刀の柄をおでこの前まで持っていき、そこから思い切り体の右下方向に振り下ろしピタリと静止させ、刀の刃についた血油を振り落とた。
そして刀の柄を人差し指と中指で挟んでから刀をクルリと一回転させて逆手持ちになると同時に、刀の刃の峰を鯉口を握る左手の親指と人差し指の間に乗せ、そこから刃をスライドさせ、切っ先が鯉口に入ると、鞘の方から刃を迎えにいかせる形で納刀した。
鍔が鯉口に振れる瞬間、微かにカチンという金属音が響く。
と同時に、まだ辛うじて立ち尽くしていた瀕死の男①から④が、私の背後でバタバタと屋折れた。
私
(②死) (④死)
(①死)(③死)
虚しい‥‥‥戦いの後に残るものは、常に失われた命と虚しさだけだ。
私はまた下らんモノを斬ってしまったと内心で呟きながら、充分に男たちが死んだことを確認する時間をとると、ゆっくりと刀と鞘から両手を放し、戦闘態勢を解いた。
これすなわち〈残心〉である。
たとえ四人であろうと、私に刀で勝とうなどと‥‥‥愚か!
私の剣術の前に敵う者なし! ダワ~ッッハッハッハ!!
私は脳内イメージによる一対四の殺陣シミュレーションを終えると、閉じていた瞼を上げた。
――〈公立斗南高校第一体育館・ステージ上〉‥‥‥放課後――
入学式から約1か月が経ち、ようやく高校生活に慣れ始めた生徒達の次なるタスクは、入部した部活動の適応にシフトしていた。
そして公立斗南高校・殺陣部の稽古時間……。
私‥‥‥こと茶ノ原陽子(15才)は、先輩方が演じるカラミ(斬られ役)に対し、自分がシン(斬り役、あるいは主役)となって行う初めて(体験入部時は除く)の殺陣‥‥‥俗に言うチャンバラに挑戦しようとしていた。
体験入部で簡単な殺陣を体験し、調子にのって仮入部して三日目‥‥‥私は基礎知識と基本稽古を終え、本日初めての本格的ではあるがごく基本的な殺陣のシン役にトライすることとなったのだ。
同じ新入部員達がこの1対4の殺陣に挑戦するのを順番待ちしながら観察し、殺陣の振り付け(手)を覚え、ついに私の順番が回ってくると、〈手合わせ〉と呼ばれる極めてゆっくりとした動きでの殺陣のリハーサルを行い、都合三回目の挑戦で、私は〈ホンイキ〉と呼ばれる本番スピードでの殺陣に挑戦することとなった。
〈手合わせ〉と数秒前のイメージトレーニングが成功したことから、私はこの〈ホンイキ〉での殺陣の成功を確信していた。
後になって思えば、何を根拠に確信したのかまったくもって意味不明なんだけどねぇ‥‥‥。
「よ~い‥‥‥本番!!」
殺陣部部長の合図と共に、私は体育館ステージ下手(客席から見て左)側の袖からステージ上へと飛び出すと、後を追いかけてきた4人の絡み囲まれ、殺陣のスタンバイ位置へと着いた。
「やい! スロ~ニン! ここで会ったが百年目~! ウチらを舐め腐ったオトシマエ、その体でつけさせてもらうぜ~ぃ!」
繰り返される同じ殺陣に、若干飽き飽きした雰囲気を漂わせながらも、毎回律儀に同じセリフを男①役の先輩が叫び抜刀すると、手はず通り私の視線が一瞬離れたことを確認し、男①先輩がダッシュしてきた。
私がそうであるように、殺陣なるものをはじめる時、初心者が一番恐れるのは土壇場で振り付けを思い出せないことだ。
私の前に今の殺陣に挑戦した新入部員達が失敗したほとんどの理由が、振り付けが覚えられないか思い出せなかったからだ。
その点において、私は我ながらアッパレな集中力でカンペキに殺陣の振り付けを記憶しており、私はまったく心配していなかった。
振り付け通りなら、ここで私はイメージトレーニングの通りに左腰に刺した木刀を抜き、男①のお腹を真一文字に斬り抜けば良い。
だが、この時私は重大な事実を失念していた。
高校入学直後の私の身長は150センチ代半ばである。
割と平均的と認識していて気にしてなかったのだが、問題は私の腕の長さも身長に準じた長さであったことだ。
そして私が殺陣部の備品として借りていた木刀は、別に私の腕の長さに合わせられた長さでは無かった。
ようするに私の腕に対して木刀がちと長かった!
その瞬間、ジャージの上から締めた帯に差し、抜こうとした木刀の切っ先(刃の先端)が帯の中から出てこずに引っかかった。
ゆっくり行った〈手合わせ〉では抜けたはずなのに!
本番速度で木刀を抜こうとした結果、木刀を握った右手と刀の切っ先までの距離に対し、右手から帯部分までの距離がほんの数センチ足りなかったのだ。
「!」
しまった! と思った頃にはもう遅かった。
本来なら抜刀され、男①先輩のお腹を撫でるようにして通過するはずだった木刀は、中途半端な抜刀途中の状態で固定され、そこへ男①先輩は振り付け通りに突っ込んできた。
「グホォッ!!」
結果、私が抜きかけていた木刀の柄頭(柄の後端)が奇麗に男①先輩のみぞおちにクリーンヒットした。
男①先輩は苦悶のうめき声を漏らし、やや前かがみになって静止した。
「!!!!ゴゴゴゴゴメンなさ~い!!」
私はオドオドしながら大慌てで一歩下がると、改めて抜刀を試みた。
殺陣のド頭は失敗したが、まだリカバリーは可能と思ったからだ。
それにカットがかかるまでは個人の判断で演技を辞めてはならないと、それまでの基礎稽古で厳命されていた。
だから私は今度こそ、改めて慎重に右手を伸ばしきると同時に、腰の左側を後ろに引くようにして、木刀の切っ先を帯から出すことに成功した。
その姿は多少無様であったかもしれないが、抜刀できれば良いのだ。
だが、この時私はもう一つ重大な失念をしていた。
自慢では無いが私は、15才のこの歳になるまで、学校の体育の授業と、学校への登下校の徒歩or自転車通学以外で運動・スポーツ等にはまったく関わってこなかった。
そんな私の本日の腕力は、部活動の前半の基礎稽古と手合わせですでに限界に達していたのだ。
今の私には、たかが木製の刀の模造物であっても、ダンベルレベルの重さに匹敵したのだ。
勢い良く木刀を抜くことができれば、慣性でなんとかなったかもしれないが、ゆっくり慎重に抜いた為に、木刀の重さが全部私の手首にかかってくることとなった。
その事実に私はその時になってようやく気づいた。
結果として、私は抜刀に成功した木刀の切っ先の重さを支え切れず、木刀の切っ先は帯から抜けた瞬間、振り子のように重力に引かれて降下した。
それだけだったらまだ良い。
必死に手放すまいと握った木刀を、辛うじて落っことさなかったのは僥倖だったかもしれない。
が、そのお陰で木刀の切っ先はブランコのように弧を描いて、みぞおちの痛みに耐えながらも律儀に殺陣の第一手めを再施行しようとしてくれた、男①先輩の股間へと吸い込まれていった。
「〇▼×Hrf@▽dピ~ッ!!!」
その場にいた誰かの『キ~ン!!』というボイスSE共に、男①先輩は股間を押さえて崩れ落ちた。
「!!!!ゴゴゴゴゴゴゴゴゴメンなさ~い!!」
部員達が駆け寄る中、私はオロオロしながら謝ることしかできなかった。
こうして、私の初めてのシンは、一手もこなすこともなく失敗した。
「エ~セ~ヘ~!!!」
倒れて動かない男①先輩を抱え、別の先輩部員が天を仰ぎながら叫んだ。
つづく
(※本作は作者の実際に体験した殺陣に関する知見を元に執筆されておりますが、世の殺陣の全てに適用されるとは限らない可能性があることをご了承ください)
なお今回のエピソードのラストで男①が受けたみぞおち&金的への一撃は、作者が殺陣中に実際に喰らった出来事をベースにしております。
殺陣って‥‥‥‥危険なんですわ。
ご意見ご感想、アイディアご指摘その他諸々お待ちしております!