表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「記憶の鎖」(Chain of Memories):妙×恵×清

#記念日にショートショートをNo.21『上書きを無くして』(Lose Overwriting…)

作者: しおね ゆこ

2019/8/15(木)終戦 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n2102id/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/na7633507ca3e)

【関連作品】

「記憶の鎖」シリーズ

恵兄が、集中治療室に運ばれていった。

「また私…何もできなかった……」

膝が震える。涙が止まらない。怖かった。心臓がドクドクと音を立てている。

ここ数年は発作は無かったのでもう大丈夫だと安心しきっていた。勝手に、もう恵兄が倒れることはないだろう、と決めつけていた。

「私が……ずっと恵兄に甘えていたから……」

すぐにAEDを取りに行くべきだったのに、何も考えられなかった。清兄の時だって、私は何もできなかったのに。胸を掴み、ひたすら嘔吐し、苦しそうに悶える姿がフラッシュバックする。

嫌な考えばかりが頭をよぎる。もし恵兄が死んじゃったら…私は……。


清兄が亡くなったのは、7年前の夏の日のことだった。母が買い物に行っている30分くらいの間、当時8歳だった私と15歳だった清兄は、2人で自宅に残っていた。テーブルの上にそれぞれ勉強道具を広げ、清兄は模試の勉強を、向かい側で私は小学校の宿題を解いていた。

「ごほっ、ごほっ。」

突然、清兄が咳をし始めた。

「清兄、大丈夫?」

「うん、少し喉の調子が悪いだけだから。」

最初は清兄はそう言って笑っていた。

でも次第に、咳の音が濁ってきて、咳の頻度も増え始めて。

「ぐっ……!」

清兄が、胸を掴み、苦しそうに顔を歪めた。そしてビクン、と体を震わせ、嘔吐した。

「ぼぉうぇっ…!」

「清兄!?」

驚いて立ち上がった私の前で、繰り返し嘔吐し、それから清兄の体が、床に倒れるように落ちた。

「うぐっ……!」

「清兄!!」

目の前で人が吐き、倒れ、苦しそうに悶える光景に恐怖が募った。ただ怖かった。どうすればいいのかわからず、何もすることが出来ず、吐き続ける清兄の前で泣きじゃくることしか出来なかった。

「…妙…でん…ぐふっ…うぉぇっ…わ…」

清兄が必死に言った言葉を私が聞き取れていたら、聞き取れなくても何をすべきか分かっていたら。

後悔は消えない。

私が、清兄を殺したんだ。

それからというもの、私は恵兄が勉強をする姿を見ると、パニックを起こしてしまうようになった。恵兄の雰囲気がもともと清兄と似ているというのもあったが、恵兄が勉強しているのを見ると、どうしても清兄の最後の姿が重なって、目の前でまた倒れたらどうしよう、頭の中をその考えだけがぐるぐると回り、手が震えて涙が零れて、酷い時には嘔吐してしまうこともあった。

それでも恵兄は、勉強を中断して、そんな私をいつも介抱してくれた。そして何回も何回も、「僕は大丈夫。」と言い聞かせてくれた。

ようやく私がパニックを起こさなくなったのは、中学に上がった頃だったと思う。恵兄が勉強しているのを見てもパニックを起こさない私を見て、恵兄は安心したように笑顔だった。

私は何度も、恵兄に助けてもらったのに、それなのに私は何一つ、まだ恵兄に返せていない。

涙が滲む。まだ恵兄は治療室から出てこない。

「うっ、うう……。」

悔しかった。恵兄の笑顔が、浮かぶ。隣で勉強をする時の真剣な横顔、揺れる電車の中で吊り革に届かない私を支えてくれる大きな手、ピザまんを頬張る少し幼げな表情、私を見る優しい眼差し…。ぜんぶぜんぶ、大切な思い出だった。まだそばにいてほしい、いなくなってほしくない、離れたくない、離したくない、ずっと隣にいてほしい…!

ああそうか、ふと思った。私は恵兄のことが、「好き」なんだ、と。幼馴染としてじゃなく、お兄ちゃんとしてでもなく、隣にいてほしい、そんな特別な存在なんだ。

ぽろぽろ、と、涙が真っ直ぐ、床に落ちた。

「おばさん。」

隣に立つ恵兄のお母さんを、見る。

「私、ちょっと行ってきます。」

「え、妙ちゃん!?」

返事を待たずに、廊下を走る。階段を降り、病院を飛び出す。

まだ負けたくない、もう繰り返さない、離れたくない、離したくないから!

夜の街を、走る。

いなくなっちゃだめだから、死んじゃだめだから!

星が、黒い空に、光る。

今度は絶対に、私が助ける、守るから!

夜の山は静かだった。

山道を転びながらも足を止めずに走って、必死に、ただ必死に山道を登ったのは、後にも先にもこの時だけだと思う。

はあ、はあっ…と息を吐きながら頂上まで一気に駆け登った。

「お兄ちゃん!!」

その時出せる私の声を振り絞って、叫ぶ。

「恵兄を助けて!!」

空気を割り、涙が一粒、落ちた。

もう誰も行かせない、絶対に死なせない。

【登場人物】

○妙(たえ/Tae)

●恵(けい/Kei)


*回想

●清(せい/Sei)

【バックグラウンドイメージ】

【補足】

【原案誕生時期】

公開時

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ