第五十二話:深まる謎
「――四条鳴命は、京都支部の『禍津祓い』でおじゃった」
支部長・麻呂麻呂さんは静かに語る。
「『禍津祓い』?」
「うむ。いわば、“陰陽師を狩るための陰陽師”でおじゃる。――巫装の力を得た者の中には、その異能を私欲に使う者もいるからのォ」
ふむ。そんな連中を狩るのが父の役目だったわけか。
「災禍の撒き手となってしまった者を狩る、とても大事な役職でおじゃる。だからこそ……十六年前に起きた鳴命の裏切りは、京都支部にとって最大の恥じゃった」
小さな拳を握り締める麻呂麻呂さん。
十六年前など彼女自身はまだ生まれてなさそうだが、そういえば先代から知識を継承しているんだったか。
「……幸い、事件が起きたことを知るのは極一部の者だけじゃ。なにせ『禍津祓い』が誰なのか自体、ほとんどの者に伏せられておるからの。なぁ平よ」
「ええ。『禍津祓い』の職務は、ウラで悪事を働いている陰陽師の抹殺。それゆえそんな連中に警戒されないよう、表向きには陰陽師ですらないことになってますからねェ」
――鳴命さんも、普段は食堂の優しいオッサンでしたよ。
そう言って、平さんは僅かに寂しげな笑みを浮かべるのだった。
もしかしたら、俺の父と仲が良かったのかもしれない。
「……すまない。俺の父が迷惑をかけたようだな」
「いやいや、息子のお前さんは何も悪くないっての。……にしても、シオンの坊ちゃんがあの人の子供とはねぇ。名字で『ん?』とは思ってたけどよ」
俺の顔をジロジロと見る平さん。続いて麻呂麻呂さんも、「意外じゃよなぁ」と俺を見て呟いた。
「鳴海のヤツめ。追手に放った他の『禍津祓い』の話じゃと、半身が千切れ飛ぶほどの致命傷を与えたそうなんじゃがのォ。なのにそこから逃げおおせ……しかも、こんな美男子を作りおるとは。どこで美人を引っ掛けたんだが」
「ん……?」
二人の話に、妙な引っかかりを覚えた。
いや、少し待ってくれ。平さんは親父の顔を知っているんだろう? それなのに、名字だけに反応しただって?
麻呂麻呂さんのほうも、まるで母が美人だったから俺の顔が良く(良いのか?)生まれたと語っているが――。
「すまん、何かおかしくないか? 俺がお世話になった村長の話では、父は相当な美男子で、俺の顔は父に似ているそうだが」
「「は?」」
――訝しむ俺の言葉に、今度は二人が怪訝な反応を見せてきた。
「坊ちゃん、何言ってんだい……? 鳴命さんの顔は、お前さんとは似ても似つかねえぞ?」
「なに?」
それは一体、どういうことだ……?
固まる俺に、麻呂麻呂さんが続ける。
「鳴海は一応公家の者じゃが、当主がそこらの下女に手を付けて生まれた子だそうでの。顔立ちはそれほど良くなかったわ。……むしろ、おぬしの顔はあやつより……」
麻呂麻呂さんの声音が淀む。小さな声で「ありえない」「妖魔と人間が……」「例がない」と呟きながら、やがて俺へとこう告げた。
「むしろおぬしの顔は――ヤツが攫った、女妖魔に似ておるぞ」




