デート、及びいくつかの回顧
ユニークアクセス10000と総合評価1000を越えていました。いつもご覧くださって本当にありがとう。みんな大好き。
4/13追記、最後らへんの倉良場店長が老婆に対して言及するシーンにおいて「せん妄」→「妄想」へと訂正しました。
「アズ」
「いやいける。いけるって」
「アズ」
「いけるいけるいける」
「アズ、それは自信じゃなくてただの暗示なんだよアズ」
「いくとこみてて……?」
「アズ、それは行くというより逝くじゃないか?」
「う、うわああああぁぁぁあ」
「アズ――――ッ!!!!」
彼女の操作する緑の帽子を被った髭の男は、吸い込まれるようにマグマの底へ消えていった。
「……もう満足したか?」
「え? してないけど? まだ尽くしゲージ40ぐらいだけど? はよ次のタスクほら」
「この子なんなん……?」
新しい俺の家族である小さな妹に、アズという名前をつけてからおよそ四半刻、俺とアズはテレビゲームに興じていた。俺と身長60cm程度の彼女がコントローラーを持って奇声をあげる様は、随分シュールな絵面だと思う。無関係の第三者からすると俺一人が叫んでいるように聞こえるのだろうけれども。
こんな事態が起こったきっかけは、彼女に名前をつけた直後に遡る。我儘を言えというアズの我儘を押さえつけるため、呪いの人形でありながらも彼女の善性を訴え続けるという、下手すれば彼女の地雷を踏み抜きかねない我儘を俺は吐き続けた。結局アズは大して怒りを見せることはなく、地雷は無事解体されたと思った俺はいつもの通り彼女のお世話に戻ろうとしたのだが、彼女はそれを許してはくれなかったのだ。
「…………え? 何我儘やりきったみたいな顔してるの? まだ終わってないよ? 私の尽くしは」
「なんで俺今利子返し切ったけど元金まだ返せてない奴みたいな詰められ方してんだろ」
「ほら、早く要求してほら」
「えぇ…………」
こうしてご奉仕ヤクザと化したアズの圧力に屈した俺は、仕方なく無い知恵を絞ることになった。
とはいえ俺は余命僅かという社会的弱者の皮を被った実質ニート。日に従事しなければならない業務といえば、炊事洗濯掃除買い出しといった家事業務程度である。
そしてアズはとても家事ができるような身体をしていない。水場回りの仕事は手が痛むし、火回りはもっての他、買い出しは他人に姿が見えないので不可能と出来ないこと尽くめだ。唯一彼女が出来そうな家事が掃除であるが、すでにその役割は円形型の掃除ロボットが担っている。
「…………ちょっとそこ座ってみて」
「ルンバに……? こう…?」
「まじかよ俺の妹かわいすぎんか」
ちょこんと正座するアズがとても愛らしかったので、様々な画角で彼女の写真を撮った。そして後に彼女が写真に写らない性質であることを思い出した俺はひとり静かに枕を濡らした。
とにかく、これらの理由から彼女に日々の業務を任せることは不可能である。
そう考えた俺は思案に思案を重ね、「自分一人ではできないこと」にアズを付き合わせることにした。そういった事柄に彼女を巻き込めば、「なんか尽くせてる感」を得られて彼女の欲求も収まるだろう、と俺は踏んでいた。
その一環で行っていたのが先程のテレビゲームである。しかしながらアズは手のひらが小さく、指紋がない。一般人向けのコントローラーは彼女にとって大きすぎるし、何より滑る。そしてゲームジャンルがアクション物であることから、コントローラーが持ちにくいというのは彼女にとって致命的なことだった。彼女の操作するキャラクターはそれはもう動きがぎこちなく、よく穴に落ち、敵にぶつかった。
「そのピンクのやつ使えば? 穴に落ちなくてすむ」
「いや……私は安易な手段なんて使わない……」
ゲームをしばらく続けてから、アズが負けず嫌いな性格をしていることを知った。彼女は卑怯な手段を嫌い、公平なルールでゲームをプレイすることを好んでいた。なんどゲームオーバーを喫してもめげることなく勝利を手に邁進しようとする姿は、俺の目にはとても好ましく映った。が、余計に彼女を呪いの人形として見ることができなくなった。
尽くしゲージ40という、溜まってるんだか溜まってないんだかよくわからない数値を主張する彼女と共にプレイを再開する。一般人の俺よりもハンデにまみれている割に、プレイを重ねた彼女の手つきは段々と最適化されつつあった。
「いい……ねっ、最近の……ゲームって……ほっ。人形の、私、でも、持ちやすい、コントローラーだし……ぇっ」
「まぁ年々サイズは小さくなってるみたいな所はあるかも」
「ぅ……よし。そうだね、私が知ってるやつは本体みたいなやつから線のびてたよ」
難易度の高いゾーンを越えて一息ついた彼女が流暢に喋り始めた。なお俺にとって、いや一般人にとってそのゾーンは大した難易度のそれではない。
「いや、今でも有線のやつはあるんじゃなかったっけ。今使ってるやつが偶々無線なだけでさ」
「そうなんだ。やったことなかったけど、ゲームって奥が深いんだね」
「そんなところに奥の深さを見出されても」
彼女がやられてしまわないよう、先行して敵を蹴散らしておく。ゲームはひ弱な彼女を介護しながらゴールを目指す接待プレイと化していたが、ゲームに触れたばかりの彼女がそのことに気付いていないのは僥倖であった。
「ていうか見たことないこのゲーム機? こう、今まで色んな人に会ってきたわけでしょ?」
今まで呪ってきた人の中でこのゲーム機持ってる人いなかった? とは口が裂けても言えなかったので、若干曖昧な表現を用いて疑問を投げる。幸い彼女は俺が気を遣っている部分に反応を示すことはなかった。いや彼女こそそのことに触れないよう気を遣っていたのかもしれないが、これ以上は堂々巡りなので俺は考えるのをやめた。
「えー、私こういうの見たことないよ。私が知ってるのはもっと箱っぽいやつだった」
「それ長細いやつ?」
「いや、立方体で紫色してた」
「それ俺が年齢一桁とかに出たやつじゃない?」
「そんなに古いやつなの? うーん、いつ見たか全然覚えてないんだけどねえ」
やけに古いゲーム機のことしか知らないアズに俺は若干の驚きを覚えた。とはいえ彼女は呪いの人形。何らかの理由で知識が偏るのも当然のことだと俺はあまり気にしないことにした。
「いくとこ……みててね……?」
「その下り毎回やるじゃん……」
以前に彼女が転落したゾーンへと俺達は再び辿り着いた。何度ゲームオーバーになっても諦めずに攻略を続けた彼女の努力が実を結ぶ時がついにやってきたのである。
「――――やっっっったあああああ!!!!」
苦難を乗り越えた後に見た彼女の笑顔は、向日葵のように明るく、愛らしいものだった。
「じゃあ次ね。次何して欲しいか言って。なんでもいいから」
「まだやんの……?」
「やるし。私今めちゃくちゃ機嫌がいいんだ。特別に尽くしゲージ変動なしにしてあげるからね!!」
「クソッ接待プレイするんじゃなかったッ」
「?」
アズを悦ばせたことで余計に事態の収束が遠のいたことを俺は感じていた。彼女は奉仕への欲求をより高らかに謳い、俺はといえば彼女に奉仕する時間がまた一歩遠のいたことに嘆きの声を上げている。
言いたいことはきちんと言うとアズと約束をした手前、いい加減「お前のお世話が今死ぬほどやりたいことだ」と声高に宣言してやろうかという思いが頭をよぎった。とはいえ彼女の奉仕欲求が、俺が過去に経験した罪悪感と焦燥感のブレンドであることは明白である。その息苦しさを知っている俺が、アズにそんな思いをさせてまで彼女への奉仕願望を押し通したいか? と問われると、別にそんなことはなかった。
とはいえ俺の中での「自分一人ではできないこと」はネタ切れだ。高校を自主退学してからというもの身の回りのことのほとんどを俺は一人でやってきた(流石に学費は俺だけでは賄えない)。とんと友人付き合いもやらず、もっと言えば友人のいない俺が「一人でできないこと」の引き出しを多く持っているはずがない。
そんなわけで俺は素直にアズの意見を仰ぐことにした。
「えっ、一人でできないこと?」
「そう。別に全く他意があるわけじゃないが教えてほしい」
それめっちゃ他意ありそうな人の言うやつじゃんと的確な突っ込みを入れたアズは、顔をしかめながら俺の疑問に答えてくれた。
「えー……なんだろ、日常生活?」
「まあお前はそうだろうな」
「いつもありがとう」
「どういたしまして」
そういうことではない。
「もっと他のやつはないか? あとどちらかというと人間のマジョリティができなさそうなやつで頼む」
「よりにもよって私に一般常識を尋ねるとはね……」
そう言いながらも、アズの様子に迷いの色はない。彼女はものの数秒で俺に答えを示してみせた。
「デートだね」
「デート」
「そう。デートなんて普通は愛し合ってるカップル同士で出かけるものでしょ? ほら、一人じゃできない」
「なるほどね」
アズの指摘は非常に興味深いものだった。なるほど確かにデートは誰かと出かけるが故にデート足りうる。例外を考えなければ、これは一人ではできない行いであるのだ。
そういえばアズとはデートをしたことがなかった。今まではやれ買い物だ病院だと所用を伴う外出に彼女を付き合わせていただけで、「出かけること」自体を目的とした外出を彼女と共にしたことはなかったのだ。
……別に俺とアズは男女の仲ではないからデートをすることができないが、「出かけること」を目的とした外出を彼女と行うのはきっと楽しいだろう。仮にこれを「準デート」と定義することにして、俺はアズに準デートの誘いをかけることにした。
「アズ。次のお願いだ。……俺といっしょに出かけてくれ」
「えっ、うん。別にいいけど……またお店の方に?」
「いや、目的地が決まってるわけじゃない。ただ……お前と出かけたいだけだ」
「は――――?」
俺の言葉を聞いたアズは、信じられないものでもみるように目を見開いた。
俺は心中で歯噛みした。さすがの彼女も目的のない外出という非生産的行為をするのは本意ではなかったのかもしれない。そのことを考慮せず不躾な要望をしてしまったことに、俺は若干の後悔を覚えた。だが言ってしまったものは仕方がない。俺は固唾を飲んで彼女の反応を待った。
十秒程微動だにしなかったアズは、目を見開いたままぽつりと呟いた。
「――――そんなんデートじゃん……」
やめとくか? と聞くと、彼女は行く行きますと食い気味に反応した。
身支度があるとにっこにこで別室に引っ込んだアズが再び姿を現した。彼女はいつもの着物姿ではなく、いつか見たような女子高生風のドレスを着用していた。白いブラウスに黒のブレザーが彼女の黒髪にとても映えていた。
「見て。ツインテ」
「とてもかわいい」
「へへ、もっと言って」
女子高生といえばツインテールだというよくわからない思想を宣った彼女は、器用に自分の頭髪を左右の位置で纏めていた。以前にも彼女が髪を纏めているのを見たことはあったが、明らかにあの時よりも上達していることを感じさせられる結び具合だった。
それにしても同じ黒髪のツインテールということで知り合いの倉良場店長を思い出す。そう思えば思うほどなんだかアズが倉良場店長に似ているように感じられ、思わず苦笑が漏れた。
「どしたの?」
「いや……店長も似たような髪型してたから。何か思い出しちゃって」
「はン、店長さんより私の方がかわいいし」
「当たり前だろ」
「え、めっちゃ食い気味に断言してくれるじゃん……好き……」
アズたっての希望で、今回は鞄に彼女を入れずに外出する。考えてみれば彼女の存在は周りには見えないので、無理に鞄を持ち歩く必要はないのであった。ただそれでも彼女を鞄の中に入れて持ち歩いていたのは、日焼けや汚れといったものを心配していたからである。
軽く身支度を整えた後、アズと共に玄関を出た。彼女はワイヤレスヘッドセットをつけている俺の左耳辺りを落ち着きなく旋回している。曲がりなりにも彼女のボトムスはスカートなので、俺に背後を見せるのは止めてほしいと思った。
「まっ、まさかっ、春人君がデートしたいって言ってくれるなんてっ!!言ってくれるなんて!!」
「デートとは言ってないよ?」
「実質デートじゃん、実質!!」
「さっきも説明したが、これはデートではなくていわゆる準デートなんだ」
「わかってるよぉ、純デートでしょ?」
「ん?」
「純デート」
「? うん」
俺の言葉の何が彼女の琴線に触れたのか分からないが、彼女は先程よりも一層ハイになっていた。喜びからか変態挙動で飛び回る様は本当に見ていて飽きない。
「お前そんな飛び方できるんだな」
「やってみたらできたって感じだね」
そんなものなのかと俺は感心する。生まれつき文字の読み書きに不自由しないマジョリティもそんな感覚なのかもしれない。
ややあって俺達はアパートからほど近い商店街へと辿り着いた。都会の中であるためか、この商店街は有名チェーン店やカラオケ店などの娯楽施設を一定数保有しており、人通りが平日にも関わらずそれなりに多い。
離れるなよとアズに囁くと、彼女は僅かに頷いてひしっと俺の後頭部にしがみついた。
もっとひっつく場所を考えてほしいと俺は思った。
「あ、ベビーカステラじゃん」
「え、どこ!? どこ春人君!?」
「こらこら、目を隠すな隠すな」
見れば右前方に粉ものの食品を販売している店舗を発見した。思ったより食いつきの良いアズに促されるまま、俺と彼女はベビーカステラを焼いている店舗の方へ歩みを進めた。
平日の割に繁盛しているらしく、慌ただしく立ち回る売り子に注文をした所、焼き上がりまで若干待っていてほしいと要請された。
「アズはベビーカステラが好きなの?」
「だってめちゃくちゃおいしいじゃない」
「そりゃおいしいのは知ってる。でもお前いつ食う機会あったんだよ?」
「…………確かに。……うーん?」
焼き上がりをただ待っているのも暇だったため、俺はアズに何気ない疑問をぶつけて時間を潰そうとしたのだが、思いの外彼女は真剣に頭を捻っている。神経を使わない程度の雑談のつもりだったので、そこまで考えこまれるとこちらの方が恐縮してしまう。
「……いや、覚えてないならいいんだけどね。だからどうだって話なんだし」
あまりにも彼女が考え込むので最低限のフォローを投げる。
「あー、うん。まあ、多分思い出せない気がするし、考えるの止めることにする」
そうは言ったものの、彼女は未だ腑に落ちない所があるようで、人差し指の腹で自身の顎を撫でている。
そんな彼女の「思い出せない」という言葉に、俺は思い至る所があった。それは以前、俺が初めて彼女と共に病院へと向かった日、初めて彼女に自身の過去を語った日に、彼女がぽつりと漏らした言葉である。
「過去」
「ん?」
「過去……いや、昔のこと、あんまり覚えてないのか?」
「あぁ……」
俺の言葉の意図を理解したのか、アズは得心がいったような相槌を打った。
それから彼女は、おもむろに俺の方へとよりかかってきた。ドレスの布地がうなじに当たる。
「私、あんまり言わなかったけど結構昔のこと忘れてるの」
「……じゃあそれ、どれぐらいの頃まではっきりと覚えてるわけ?」
「……3つ。えっとつまり、春人君の3つ前に見初めた人ぐらいまではぎりぎり覚えてる。それ以前はさっぱり」
「期間短くないかそれ……」
見初めた人、というのはつまり、俺のように呪いをかけた人間のことを指しているのだろう。
そして彼女が記憶を保持出来ているのが、俺を除いて3人分。呪いの期間が俺が3ヶ月で親父が2ヶ月程だったはずだから、もしこのペースで後2人ともアズに呪われていたのだとしたら長くても1年程の期間しか彼女は記憶を保持できていないことになってしまう。
そんな俺の心配を察したのか、アズは遠慮がちな笑みをみせた。
「いや、時期にするなら3年ぐらいだね。最後の古い記憶は」
「3年? なんか計算おかしくないか?」
「みんな数ヶ月単位で私に呪われてるならそうなるね。でも春人君のお父さんに会うまではね、呪いの期間が結構長かったんだよ」
「えーっとそれは……俺と親父以外のやつには1年ぐらい取り憑いてたってこと?」
「そうそう。まあ厳密には1年よりもうちょっと長いけどね」
そう言ってアズはおもむろに真正面にある屋台の方へ視線を向けた。だが恐らく、彼女は屋台を見ているわけではない。彼女のぼんやりとした様子は、自分の失われた過去と向き合おうとしていることを容易に想起させるものだった。
「正直昔の記憶がないこと、あんまり気にしてなかったんだよ。……どうせ覚えてたところで碌なことないだろうし」
アズはそう言って俺の肩にもたれてくる。左手で髪を撫でてやると、彼女は少しくすぐったそうに笑った。
「でも最近ね、覚えのない記憶がいっぱい見つかってすごく気持ち悪いんだ私」
「……ベビーカステラとか?」
「それと紫のゲーム機も」
「あれもか」
聞けば、アズはそれ以外にも多くの「覚えのない」モノを知っていた。彼女は該当するモノを認識した時、それを知っていると確かに感じるが、いつどこでそれを見知ったのかは何もわからないのだという。
これは一見正常なことのように思える。俺だってベビーカステラを美味いことは知っているが、初めてそれを食い、それを美味いと思ったのがいつなのか思い出すことはできない。
しかし彼女は俺のそれをはるかに超えて深刻だ。彼女はベビーカステラを美味いと知っていても、それを食した記憶が完全に欠落している。さすがの俺でも過去にそれを食した記憶ぐらいは持っている。ただ初めてそれを見知ったのがいつどこでなのか覚えていないだけだ。
もしかすると、アズは経験や体験に関する記憶を中心に(つまりエピソード記憶を中心に)忘却していると言えるのかもしれない。ただ、「おいしい」ことを覚えている辺り、感情に関する記憶を完全に失っているわけではないようだ。
整理券5番の方~なんていう焼き上がりを示す呼び声が聞こえたので、俺は注文した商品を受け取りに行った。遠目から見ても独り言が多いように見えたのだろう、隠しきれない怪訝な様子を見せる売り子に軽く左耳のヘッドセットを見せた。ハンズフリーで通話が出来るとは本当にいい時代になったものである。アズと話す時に一々端末を耳に当てる必要がないのだから。
カスタード味のベビーカステラを(人形にしては大きい口で)頬張ったアズは、「やっぱりおいしい」と一言を呟いた。
「やっぱ知ってる味か」
「寸分違わず。……うーん、やっぱりって思ってる辺りが気持ち悪いんだよねえ。出所不明だから」
彼女からはい、と手渡されたカステラを一つ口に放り込む。よく見知った濃厚で甘ったるいクリームの味がした。
「……まあ、さっきのお前の言ったとおりになるけど。思い出せない記憶なら考えるのは止めたほうがいいのかもしれない。忘れた内容が碌なもんじゃない可能性あるし」
「んー、そうだよねぇ。でもなんだろ、この小骨が喉に刺さってる感じ。すっごいやだ」
「焼き魚もお前に食わせたことないしな」
「あー!!これもかー……」
頭を抱えた仕草で天に向かって吠えたアズが若干うるさかったので、彼女の口にカステラを押し込んだ。
「むぐ」
「まあ今の所、小骨とかカステラとか大したものしか上がってきてないだろ? 絶対お前の半生に影響及ぼしてるモンじゃないんだからさ、気持ち悪さなんてそれといっしょに飲み込んどけよ。小骨も大体白米飲み込んだら完封できるんだし」
「うん。……おいひい」
「よかったね」
なお、小骨の多くは喉にひっかかっているから白米で完封できるのであり、本当に喉に刺さっていたら病院に行った方がいいらしい。
「……まぁ、今考えることじゃないよね。折角デートしてるんだし」
「その意気だ」
へへ、と笑ってアズは自分の腕を左腕に絡めてきた。彼女とは体格差があるので、俺の視点ではどう見ても抱き着かれているようにしか見えない。俺に兄弟姉妹はいないからわからないのだが、妹との距離感はこれぐらいが適正なのだろうか。人形とはいえ(むしろ人形とは思えないからこそ)、見目麗しい姿をした女性が身体を預けてくるというのはなんだか落ち着かない。自分の女性経験のなさを俺は歯がゆく感じた。
「……おい、髪にカステラ若干ついてんぞ」
「えっ、どこどこ」
落ち着かない気持ちをごまかすために、俺は無理やり話を逸らすことにした。案の定アズは自分の髪をペタペタと触り始めたので、必然的に彼女との密着状態を回避することができた。
「あーそこ、顎近くの、右の方だって」
「あっこれ!? ……とれたぁ。いやー、やっぱ髪が伸びすぎると駄目だね。色々絡まっちゃう」
「え、待って。お前人形なのに髪伸びんの?」
「私呪いの人形だよ?」
「そうだった……」
俺からすると、謎の力で浮いたり舌もないのに味を感じたり髪が伸びたりといったとんでも能力の方が、小骨が喉に刺さった感じですっごいやだだった。
「あ、上原クンだ」
「クロユリさん」
あの後またも腕にすり寄られたことで再び緊張状態に陥った俺は、それでも何とか平静を装いながら、商店街の通りをアズと共に歩き回っていた。
その途上で急に自分の名前を呼ばれ、見知った声だと後ろを振り向いてみれば、案の定そこには見知った女性が笑顔を浮かべて立っていた。
「今回はダガーさんって言わないんだね」
「まあ、今日に関してはお世話になったので。相談に乗ってくださってありがとうございます」
「いやいや、良いってことよ。野菊ちゃんの友達はアタシの友達だし。まっ、仕事中に電話かかってくるとは思わなかったけどね!!」
「……それはすみませんでした。夜勤だと聞いていたので、さすがに退勤してると思ったんですけど」
「あーいいよいいよ!!アタシ今日偶々急に呼び出されちゃってさぁ。いつもならフツーに家でごろごろしてた時間帯だったから、あんま気にしないでね」
そんでやっとさっき仕事終わったんよー、と†黒百合†さんは大きく伸びをしてみせた。彼女をよく見るといつもは整っているショートの髪が若干乱れているし、顔には若干疲れの色が浮かんでいる。かくも社会人とはここまで忙しいものかと俺は戦慄した。
なお、アズは現在空気を読んでくれているのか一言も声を発していない。変わらず俺の左腕に自分の腕を絡ませたまま、じっと†黒百合†さんのことを見つめていた。
それにしてもさぁ……と†黒百合†さんはジロジロと俺の方へ視線を這わせた。
「上原クン随分めかしこんでんじゃん。何、これからどっかいくの?」
「別にどこに行くということはないですよ。ていうかそんなにめかしこんでるように見えますか?」
「いや見えるよぉ。君いつもTシャツにジーンズでめっちゃラフな感じだったじゃん。それをなんか洒落たジャケット着てるし髪もいつもより整ってるし。これからデートかなって感じ」
†黒百合†さんの洞察力に俺は舌を巻いた。別にアズと出かけるからといって特に何か気合を入れていた意識はなかったが、言われてみれば鏡の前に立つ時間がいつもより長かったような気がする。俺ですら無意識のうちにあった事象をひっ張り上げ、その上で真実をピタリと言い当てた彼女の洞察力は賞賛に値する。もしかすると彼女の本業は探偵なのかもしれない。
とはいえ別に隠すこともない(デートの相手はともかく)ので、†黒百合†さんにはきちんと白状することにした。
「よくわかりましたね。デートです」
「えっ、本気で言ってる?」
さっきアンタがデートって疑ってきたんだよね?
「ほんとです。デートです」
「嘘だ……。上原クンは自分のドールが恋人っていうタイプだと思ってたのに……」
「それどういう意味ですか?」
「リアルの彼女いなさそう」
「人によってはすごく失礼ですよその発言」
実際人間の恋人はいないし今後死ぬまでに作るつもりもないので、†黒百合†さんの俺に対する評価は概ね当たっている。が、俺はアズを家族、妹として扱っているので、ドールを恋人として扱うことは決してないのだ。
「そういうあなたはどうなんです? 彼氏の一人や二人ぐらいいらっしゃらないんです?」
「いーまーせーんー!! 作りたくても仕事柄むりですー!! アタシの可愛い可愛いツタちゃんだけが恋人なんですうううう」
ツタちゃんとは彼女の所有する男性型1/3ドールのことである。なお恋人と抜かしている割に、彼女が数日前に彼のことをドレスごと泥塗れにしていたことを俺は忘れていなかった。
†黒百合†さんは眉間に皺をよせ、恨みがましそうに俺のことを睨みつけた。
「はー、いいなー。アタシは仕事で疲れ切って直帰してるってのにさぁ、アタシより明らかに若い子が女とこれからイチャイチャしにいくんでしょ? はーやってられんわまじ。ストゼロ飲も」
「言い方ァ!!」
あんまりなことを言うものだから思わず声が上ずってしまった。
そんな俺の様子には一切目もくれず、彼女はそのまま言葉を続けた。
「ぜっったいこいつらあの水族館行くじゃんねぇ!! ほんでそこでよろしくやったらホテルでもよろしくするんだぁ!! アタシは知ってるんだ!! ちくしょうアタシも男欲しい!!」
「ん? 水族館?」
「え? もしかして知らん?」
「ええまあ、はい」
「…………」
「…………?」
目をかっ開いた†黒百合†さんが俺の顔を見ながら固まっている。
そのまま数秒ほど経ってから、突如彼女は踵を返した。
「藪蛇だったわ……」
「なにが?」
「藪蛇だったわァ!! 末永くお幸せにな!!」
「だからなにが!?」
俺の質問に全く答えることなく、彼女はとてつもない速さで走り去っていってしまった。
ただ最後になんだかんだ言っても祝福の言葉を投げかけてくれたあたり、彼女は決して悪い人ではないのだろうとは思った。
「嵐みたいな人だったね」
「……変な人であることは間違いない。良い人ではあるんだろうけど」
「うーん、そうだねぇ」
視界から彼女が消えたタイミングを図ったかのように、アズが俺に話しかけてきた。ただ視線だけは真っすぐ前を向いたままだ。彼女は†黒百合†さんが去っていった方向を見つめながら、何やら物憂げな表情を見せていた。
そのことが気になったので、どうしたと声をかけてみると、彼女は驚くべき言葉を口にした。
「あの子私のこと見えてたかも」
「あの人が? 嘘だろ」
「いや、あの子が春人君のこと見てる時にね、一瞬私と目が合ったんだよ。そしたらすぐに目逸らしてた。ひゅって」
「ま、まじかよ。あの人に限って……」
いや、冷静に考えたらハンドルネームに「†」使ってる人だった。それも2つも。「†」使ってるぐらいなんだから、ある程度オカルト的なものが「見え」てもおかしくないのかもしれない。俺の偏見が混じりに混じってるけど。
「うーん、じゃあもし本当にお前の姿が見えてたとして、ちょっとまずいかな? あの巫女に通報されたりとか」
「いや、どうだろう。それはないんじゃないかな」
生じた懸念を俺が素直に口に出すと、その言葉は思ったより強い意思を持ったアズの言葉によって打ち消された。
「即答だな。根拠があるのか?」
「根拠まではいかないけど……なんていうかその、恐怖とか敵意とか、そういうのをあの子から感じなかった」
格闘家みたいなこというじゃん。
「はっきりとは言えないけどさ。普通巫女さんに相談しようと思う人って、私みたいのを見たら怖がったりとかなんとかして感情が乱れると思うのね? あの子にはそういうのを感じなかったから、多分春人君が心配することはないんじゃないかなーって思う」
「俺からしたら人の感情の機微が分かるお前の方にちょっと驚いてるよ。空気読み放題じゃん」
「なんか最近出来るようになりました。いぇい」
「最近出来ること多すぎじゃない? 学習能力ドイツ製のスポンジかよ」
アズに言わせれば、自分の姿が無関係の他人に見えることは稀にあることらしい。その場合、多くは泡を食って逃げ出す者が多いようだが、その中でもごく少数が彼女を見なかったものとしてスルーすることがあるらしい。
「多分、霊感的なのが強すぎて日常的にお化けが見えてる人なのかも。余りにも見慣れ過ぎてちょっとのことじゃ動じないとかありそうだよね」
とにかく、アズの言葉を信じるなら、俺の懸念している問題は杞憂で済むらしい。
まあどうせ、†黒百合†さんが巫女に俺のことを通報したとしたなら、その時点で俺は詰みだ。余命2ヶ月で身体も弱っている俺がアズを抱えてエクソシストみたいな連中から逃げ切れるわけがない。どうせ通報でバッドエンド不可避であるならば、アズの言葉を信じたうえで懸念事項を杞憂と切って捨てた方が精神衛生上良いだろう。
そう思った俺は、それ以上このことについて考えることを止めることにした。
「あ、でもどうせアズのことが見えてんならアレやりたかったな」
「何を?」
「こう、まず左手の上腕あたりにお前を座らせてな」
「うん」
「それでこう言ってやるんだ。……『良き週末を』って」
「今日金曜日じゃないよ?」
「知ってる」
「ここが……例の水族館か……」
「ウン」
特にこの後行く当てがなかった(というかそもそもデートがそんなコンセプトだった)俺は、口を滑らせた†黒百合†さんの言う所の、「あの水族館」というものに興味を抱いた。
折角アズもいるのだから文字を読むのに時間がかかるということもない。と、いうわけで彼女と共に当該の水族館について調べてみると、まさにその建物が一駅先に存在することが判明した。
「で、現在この水族館ではカップル向けのイベントを開催している……か」
「ウン」
「魚界のおしどり夫婦、カクレクマノミにかこつけたイベントらしい。……正直カップルイベントに関してはどうでもいいんだが、クマノミには若干興味がある……。あとナンヨウハギも」
「ウン」
「……メイタカレイの別名は?」
「ウソ」
「一応話は聞いてるみたいだな……」
幼少期にとある魚の映画を観てからというもの、俺は魚を鑑賞するのがとても好きだった。俺がやさぐれる前の純真な性格をしていた頃は、魚を題材にしたドキュメンタリー映画をよくみていたものだ。
そして思春期の頃に失った海洋愛は、†黒百合†さんの言葉と心躍る水族館公式ホームページのイベント特集によって再び火をつけられたのである。
ゆえに俺はアズを水族館へと誘ったのだ。一緒にいかないか? と。なんなら断られても無理やり引き摺って連れていくつもりだった。そもそも今日は俺が我儘を言ってもいいという日。なんといってもそれを決めたのは俺ではなくアズなのである。
しかし、俺の誘いの言葉を受けたアズは突如として固まった。いや、厳密には小さくこの言葉を残してから固まった。
「そんなん……デートじゃん……」
かくして、俺は上記のセリフ以降壊れた機械のように「ウン」としか言わなくなったアズと共に、該当の水族館のエントランス前へとやってきた。
いくら呼びかけてもアズは一向に意識が帰ってこない(でも受け答えはできる)。仕方がないので先に受付のお兄さんから入場券を購入することにした。
「すみません、カップル割で」
「カップルゥ!?」
あ、帰ってきた。
「いやちょ待ってよカップルってそんな私のこと妹っていってたじゃんまじでやっぱり満更でもなかったってそういうこと……!?」
流石に一般人の兄ちゃんの前でアズと会話するわけにはいかない。ごちゃごちゃとよくわからない早口を呟いている彼女に、料金表をそれとなく指し示した。
「あっ、カップル割の方が安い。あー、そういう。あー。…………ちっ」
なぜ舌打ちをしたのか俺にはわからない。わからないことにした。
「えっと、それでカップル割いけますか?」
「……あの。お客様、申し上げにくいんですが……。お連れ様はどちらの方に……?」
「…………」
「…………」
「……大人1枚で」
「……あっ、はい。大人1枚ですねー」
「うーん、やっぱ大人1枚でしかいけないか」
「当たり前じゃん……なんで私をナチュラルに頭数に入れてんのさ。クロユリさんが偶々私のこと見えるって話なだけだからね?」
水族館の従業員の誘導に従い、順路に沿って館内を進む。
館内で大声を出すのは迷惑なことなので、基本的に俺は無声音でアズと会話している。
どうもこの水族館、根拠もないのに†黒百合†さんが突如として引き合いに出す程度にはSNSで話題になっているらしく、館内は平日の午後であるにも関わらず多くの客でごった返しになっていた。その周りの客というのが軒並みカップルなのは若干癪に障るが、こいつらが一目を憚らずイチャついているおかげで、俺の無声音を気に留める者はいなかった。
「一応、俺はお前と水族館に来てるんだ。お前を最初からいない者みたいにして大人1枚ですっていうのはちょっと嫌だったんだよ」
「……あざとい」
「迷惑だったか?」
「すごく嬉しい」
「どういたしまして」
現在アズとはぐれることを避けるため、彼女には俺の背中にしがみついてもらっている。それぐらいに俺の周囲は人が多かった。
右方の人々がはけた瞬間を見計らい、水槽の最前面に辿り着く。
「おっ、アシカとアザラシいんじゃん」
「えっ、うわ、やだ可愛い!!」
俺の首下でアズが黄色い声を上げた。やっとたどり着いた最初の水槽内に魚がいなかったことは残念だったが、彼女が相当喜んでいるので、これはこれでいいだろうと思いなおすことにした。
彼女の様子を見る限り、アシカよりもアザラシの方がお気に入りのようだった。アザラシの白くぽてっとした身体が俺の前を横切るたびに、彼女はきゃあきゃあと喜色を溢れさせていた。
「え、やだあの子こっち見た!! すごい、ファンサすごいよ!! きゃ~こっちに手ぇ振ってる~!!」
「すげえなあいつ往年のアイドルかよ。人に見られてるってことをよくわかってやがる」
飼育員の調教の賜物なのだろうか、俺は心の中でそのアザラシに賛辞を贈ったが、ここまでアズのことを虜にしていることについて、俺は彼(彼女?)に若干の嫉妬を覚えた。
「ごめんアズ、そろそろ行かないと全部回り切れなくなりそうだ」
「あっ、そっか。わかった。メインはクマノミだもんね」
俺の言葉にアズは素直に従ってくれた。
俺はアザラシに対して若干の優越感を覚えた。
施設側もカクレクマノミが目玉であることを理解しているのだろう。該当の水槽は径路順にするとそれなりに奥の方に設置されているようだった。
「館内マップを見るに、結構海の生き物がいるようだけど。お前的には何を一番見たいとかあるのか?」
「アザラ――」
「アザラシ以外で」
「…………」
少々恨みがましい視線を後ろから感じた。
「……んー、じゃあマイワシかな」
「イワシ? そりゃまたなんで」
「ああいう魚って群れで泳ぐでしょ? なんか、絵面すごくない?」
「ちょっとわかる」
「あとなんかさ……1匹じゃ弱くてどうしようもない子達が一生懸命群れてる姿を見てると……なんか、可愛いく見えるんだよね……」
「えぇ……」
ほう、と恍惚のため息をつくアズを前にして、俺は初めてこいつそういえば呪いの人形だったな、と思った。
「ま、まあとにかくお前の目玉はマイワシってことね」
「うん」
「よし、じゃあ流れに逆らわずに見ていくか。ここで滞留してても迷惑だしな」
「おー」
それでも無邪気に拳を突き出すアズは、やっぱり可愛いと思った。
「その下の方にいるのがオオカミウオ」
「岩みたい」
「イトマキエイ大接近」
「あれ口?」
「あれがオジサン。普通に魚」
「おじさん要素どこ……?」
「アデリーペンギン。かわいい」
「かわいい」
「あ、マイワシじゃん」
「よっわ♡ 群れじゃないと生きられない♡ 雑ぁ〜魚雑ぁ〜魚♡」
「魚に雑魚煽りしてる人初めて見た」
なぜアズは鰯を前にすると煽りを始めてしまうのだろうか。可愛いから止めないけど。
そんな様子で、俺達は様々な水槽を楽しく見て回った。無論上述以外の魚も俺たちは眺めている。抜粋基準はアズの反応の面白さである。
「それにしても良かったよ、お前がいてくれて」
「え、急にどうしたの?」
経路に従い、カクレクマノミの水槽がある特別展示スペースへと足を運んでいる最中、ふと思っていたことが口をついて出た。
「見ろよ、周りは魚そっちのけでいちゃついてるカップルだらけだ。まあみんながみんなそうではないけど、大体そんな感じだろ」
「う、うん」
「こんな空間に独りで足運んでみろ、頭がおかしくなる」
「そう? 微笑ましくていいなーって感じしない?」
「あぁ、まあそう思えたら良かったんだけど……」
そう言った所で、俺達はちょうどカクレクマノミのいる展示スペースへと辿り着いた。
水槽内では、赤地に白い帯のような模様が3本ある魚が一組、イソギンチャクの隙間をのびのびと泳いでいるのが見えた。
あれこそがカクレクマノミ。魚界のおしどり夫婦(と施設側が推している)と呼ばれている魚である。
俺とアズは揃って水槽の前に顔を近づける。体を上下に振りながら泳ぐ魚の様子が、館内の青いライトに反射してきらきらと光っていた。
そんな幻想的な光景に当てられたのか、俺はついつい昔のことを思いだしていた。
「……小さかった頃。それも母さんが生きてた頃だ。昔の俺は魚を観るのが好きだったから、よく水族館に連れてってもらったんだ。それである時、いつもみたいに親父と母さんの3人で地元の水族館に行ったんだが、そこで思いっきりはぐれてな」
「うん」
「今みたいに人がごった返してたからさ、周りは背丈のでかい大人達ばっかりで。しかも照明も暗めだったから、子ども心にめちゃくちゃ怖くてな。楽しかったはずの水族館がトラウマになったんだ。そうこうしている間に母さんがいなくなって、水族館にはしばらく行かなくなった」
おしどり夫婦なんて言われているクマノミであるが、別に互いのクマノミに貞操観念があるというわけではない。クマノミは自然界で生き抜くための能力として、性転換能力を持っている。彼らは一つのイソギンチャクの中で同じ相手と繁殖行為を行うが、もっとも体格の大きい個体が雌として多くの卵を産み、次に大きいクマノミが雄としての役割を担う。もしその雌が死ねば次に大きい雄のクマノミが雌になり、その次に大きいクマノミが雄の役割を果たすことになる。そして、番になる雄雌以外のクマノミは、そもそも繁殖行為を行おうとしない。それゆえ、クマノミはハーレムを築くわけでも、雌の奪い合いといった事案が発生するわけでもないのである。
「で、水族館に最後に行ったのが4年前。19の時だったかな。……その時の俺、親父と栞が結婚するって話を聞いてさ、頭が真っ白になったんだよ」
「……うん」
「そうやって頭が真っ白になった俺は、ふと昔のことを思いだした。水族館に行けば、昔の頃に戻れるのかな、なんて思って、引きこもりだったのにその時初めて家を出たんだ」
「それで、どうなったの?」
「…………」
彼女の問いに答えるように、水槽から離れて辺りを見渡す。
当然ながら、そこには仲睦まじく水族館を楽しんでいる番がたくさんいた。
「魚に憩いを求めて水族館の中に入ったまでは良かったが、そこには親父と栞みたいな連中がワンサカいた。……なんだろうな。その時から幸せそうにしているカップルを見ると、あいつらのことを思いだして気分が悪くなるようになった。ついでに水族館にも近寄れなくなった。情けない話だよ」
別に、みんながみんなあいつらのように男女の仲になっている連中ばかりではきっとなかったのだ。中には兄妹で来ている人もいるだろうし、そもそも告白すらまだだという初々しい人もいるのかもしれなかった。
でも、あの時の俺にそんなことを考える余裕はなかった。多くの人が上辺だけで物を見るように、クマノミをおしどり夫婦だと見なすように、俺はたくさんの男女が親父と栞に見えた。きっと、それだけ俺は精神が追い詰められていたのだ。
「…………」
「……ぁ」
俺の話があまりにも暗すぎたからだろう、アズはすっかり黙りこくっていた。
いくら言いたいことは全部言うと約束したってさすがに限度がある。俺はアズの笑顔を見ていたいのであって悲しませたいわけではない。興が乗って必要以上に暗い話をしてしまったと俺は歯噛みした。
そもそも俺が一番言いたかったのは昔の愚痴ではなかった。
「――ごめん、暗い話になって」
「う、ううん!! 大丈夫だから」
「いや、違うんだ。結局、俺が言いたいのは辛い思い出なんかじゃなくて、お前がいてくれて良かったっていう所にあるんだ」
「……私が?」
「そうだ。……あの時の俺が気分を悪くしたのは、きっと心に余裕がなかったからだ。親父と栞のことで精神的に参ってたしな」
だからこそ視野が狭くなった。
だからこそ水族館に近寄ることもできなかった。
「でも、俺がこうして普通にここに来れてるのは、間違いなくお前がいたからだ。……お前といると、俺の心が癒される。アズ、お前がいるから俺はきっとこうして生きられている。そんな気がする」
「春人君……」
実際の所はわからない。そもそもアズが俺の元にこなければ、俺はもう少しだけ長く生きられていたのかもしれない。アズによって俺の寿命は確実に固定された。それだけは揺るぎようのない真実だ。
だが、同時にアズがいたからこそ、俺はこうして自分の好きなことができている。アズがいなければ、俺は昔のように水族館に行くことが出来なかった。
アズがいなかったのなら、俺は遅かれ早かれベッドから起き上がれない身体になっていただろう。そんな状態になっても、心臓は確かに動いているのだから、一応生きていると言うことはできる。
しかし、ベッドの上でただ死を待つことを、「生きている」なんて胸を張って言うことが俺にはできない。そういった意味ではもしかすると、アズと共に過ごしている毎日こそが、俺にとって「生きている」ことなのかもしれなかった。
改めて正面の水槽に目を向けた。
相変わらず、クマノミの番がゆらゆらと優雅に泳いでいる様子が見えた。
「……つまり俺が言いたかったのは、いつも傍にいてくれてありがとう、って話だ。お前のおかげでここ最近、久しぶりに生きてるって感じがする。……本当にありがとう、アズ」
「…………急にそういうこと言うの、反則じゃない?」
ふいっ、とアズが俺から顔を背けた。
「何、恥ずかしがってんの?」
「恥ずかしがってないし」
「絶対恥ずかしがってるだろ」
「恥ずかしくないし!! ていうかよく往来でそんな台詞吐けるよね!! 午前中は自爆してた癖に!!」
「あれとこれとは話が別だ。お前に感謝を伝えるのに恥ずかしいなんて言ってられるか。お前こそ午前中はちゃんと自分が恥ずかしがってること教えてくれたろ」
「あれはプライベートな空間だからですぅ~、人前だとそういうのは認めたくないものなんですぅ~」
「あ、今認めた」
「~~~~ッ!! 違、今のは――――、ぁ」
「――――っ」
むきになったアズは、逸らしていた顔を勢いよくこちらへと向けた。
元々クマノミを見るために、アズは俺の左肩の方へ移動していたのだが、彼女が顔をこちらの方へ向けたために、俺の顔と彼女の顔は鼻先数cm程まで接近する形となった。
「…………」
「…………」
俺とアズは、しばらくお互いの顔を見つめあったままでいた。
彼女が何を思っているかは知らないが、この時俺の心拍数は急激に跳ね上がっていた。その理由はわからなかった。というより考えようとしなかった。
こんなに近くで彼女のことを見るのは、グラスアイを嵌めようとした時以来だったかもしれない。
あの時と変わらず、彼女は綺麗な顔をしていた。
そして、先に沈黙を破ったのはアズの方だった。
「あのね、春人君」
「う、うん」
「私、その、春人君が――――」
彼女が何かを言いかけようとしたその矢先、
「ッ、どけぇッ!!」
どん、という音を立て、見知らぬ男がアズごと俺の身体を突き飛ばした。
「きゃ――――」
「ぐっ……!!」
バランスを崩したアズを庇うように、先に倒れて彼女のことを受け止める。
なりふり構わず地面に突っ伏したので、派手打ち付けた胸がじんじんと痛んだ。
「誰だてめ――――」
怒気を孕んだまま俺達のことを突き飛ばした男の方を見ようとしたが、彼はすでに雑踏を蹴散らしながら遠くの方へと走り出していた。
それと同時に、後ろから「泥棒!!」と女の声が聞こえた。
どうやら俺とアズはひったくり犯の進路を妨害したという理由だけで突き飛ばされたらしい。
……俺はともかく、アズを危険な目に遭わせながらまんまと逃げおおせるなど、とてもじゃないが許しておけない。この俺の恨みをなんとしてでもあの男にぶつけてやる、というように、俺は珍しく強い怒りに燃えていた。
「というわけでアズ、力を貸してくれ」
「えぇ!? そこで私ィ!?」
「俺は自分の力量をきちんと把握してる。まず間違いなく俺はあの男を捕まえることができない。生きてるだけで満身創痍なんだからな。今日若干調子良いけど」
「いやそりゃそうだけどさぁ……。ていうか頭大丈夫? さっき打ち付けたように見えたから」
「良かった。最後のがなかったらかなりキツめの罵倒されてるように聞こえたわ」
とにかくだ、と俺はアズの肩を掴む。
「ひゃ」
「俺はアズを危ない目に遭わせたあいつに何かしなけりゃ気が済まない。そしてきっとお前なら打開策を持ってるはずだ」
「え……何その根拠、どこから出てくるの?」
「お前を信じてる」
「精神論かぁ」
はぁ……とため息をついたアズは、じとっとした目で俺のことを見つめた。
「そりゃ私は呪いの人形だからね。もちろん手段はあるよ」
「本当か」
「でも別に追わなくてもいいんじゃないかって思う。私怪我してないし。春人君が庇ってくれたから」
「まあな。いの1番の優先事項だ。でもそれじゃ俺の気が済まない」
「それありがた迷惑になってない?」
「そうかもしれない。でも――――」
アズの言いたいことがなんとなくわかる。きっと彼女は何かを待っている。俺がこの言葉を口にするのを待っているのだ。
だってそうすれば。
きっと尽くしゲージが100ぐらいになる。
「――でも、今俺が1番やりたいことだ。なんでも言っていいんだよな? アズ」
「……ふふ」
先程とは打って変わって、彼女は笑みを浮かべた。いたずら好きな子どものように、無邪気な笑顔だった。
「そーいうことなら仕方ないなぁ。私が手を貸してあげましょう!!」
「助かる」
「うん!! ていうか私と春人君の時間邪魔した挙句突き飛ばしとてまんまと逃げ切るとか絶対許さないし。――荒っぽく行くから、私に捕まっててね」
「よしきた」
アズの言う通り、俺は彼女の小さな手をきゅっと握った。
瞬間。
俺の視界が暗転した。
下手人は本能のままに館内を疾走していた。
なぜ彼がわざわざ入場券を買ってまで館内に入ったにもかかわらず、衝動的とも言えるような蛮行をはたらいたのか、俺には全くわからない。
ただ、そんな俺にも一つだけ確実に言えることがあった。
それは。
「お前はもう逃げられないってことだ」
虚空から現れた俺が、男の胸倉を掴み上げた。
「な、なんっ、お前、どこから――――」
「うるせえな。元からここにいたわ泥棒野郎」
嘘だ。
恐らく男の目からは突然俺が目の前に現れたように見えている。
というかそもそも俺の視点では一瞬暗くなったと思ったら急に目当ての男が現れたように見えている。
しかし、何が起こったのか推理するのは実に簡単なことだ。俺の身に起こったことについては、まさに今目の前の男が話した通りなのだろう。
恐らく俺はアズの力によって瞬間移動(もしくはワープ移動)を果たしたのだ。彼女がワープできるのは前から知っていたが、まさか大人一人分の質量すら触れただけで任意の場所に移動させられるとは思わなかった。こんな便利な能力を持っているならもっと早くに言って欲しかった。
「言っとくけどこれ結構危ないから!! ミスったら壁に埋まったり人と重なったりしてエグいことになるからね!! 安易に私に頼まないでねほんと!!」
俺の心を読んだようなアズが警告する。一歩も歩かずに病院に行く素晴らしい計画はここで頓挫した。
「おら大人しくしろ!! 奪った人のモン返しやがれ!!」
「うるさい!!お前みたいな奴に俺の気持ちなんてわからないだろ!!」
「うおっ……」
盗人が大きく拳を振りかぶる。胸倉を掴んだ時点で大人しくするだろうと高をくくっていたのが裏目に出た。彼の闘志は尽きておらず、未だ俺を張り倒して逃げおおせるつもりでいるようだった。
判断が遅れたために回避行動が間に合わない。素人の拳とはいえさすがに怪我はまぬがれないかと歯を食いしばった矢先に、
「春人君に手ェ出すな」
「何だ!? 手が動かない!?」
飛び上がったアズが両手で盗人の拳を抑え込んだ。
「助かったぜアズ!!」
「おうとも!!」
「誰と話してんだお前!?」
「てめぇには関係ないわ!! それよか俺を殴ろうとしたんだ、これで正当防衛成立だ!! くらえ右ストレートォ!!」
「ぐぼぉ!!!!」
腰の入ったストレートが男の胸元に突き刺さり、男はたまらずもんどり打って床の上に倒れ伏した。
「アズを危ない目に遭わせた報いだ。この盗人野郎」
「春人君を危ない目に遭わせた報いだ。この盗人野郎」
痛みでそれどころではない男に向かって、俺達は捨て台詞を吐いた。
水族館を出る頃には、もう日が暮れようとしていた。
「一時はどうなるかと思ったが、まあ無事にここ出れて良かったな」
「ね」
あの後、窃盗を働いた例の男は警備員によってしょっ引かれていった。
彼が盗んだ財布は無事持ち主の元に戻り、俺自身が働いた暴行は、取り押さえのための止むを得ない処置としてお咎めを受けるとはなかった。文句のないハッピーエンドというやつである。
……一つ気になることはあるが。
「あいつ引きずられて行った時、最後に気になることを言ってた」
「確かになんか言ってたね」
『ふざけんな!! ここは魚を見るところだぞ!! みんないちゃつきやがって!! ちくしょう!!』
男の言葉を思い出す。
彼の最後の言葉が犯行動機と仮定するなら、彼は周りのカップルの甘い空気に耐えかねて蛮行を働いたということになる。無論そんな幼稚な理屈で犯罪行為が正当化されるはずもなく、彼が警備員によって然るべき場へ突き出されるのは当然のことだと言えるのだが、俺は彼の言葉を聞いて何とも言えない感傷に浸っていた。
「取り押さえたからわかるけど、あいつ相当憔悴した顔してた。……きっと日頃から相当精神的に追い詰められてたんだ」
「でも、それであんなことをしていい理由にはならないでしょう?」
「もちろんそうだ。……ただ、なんか昔の自分に重なって見えた。数年前の、精神的に参ってた頃の自分にだよ」
あの男のバックボーンを俺は当然知らない。でもあの濁った眼はあの時の俺にそっくりだった。
であれば、もしかすると。
「お前がいなかったら、俺あんな感じになってたのかも。……そう思うと、なんかゾッとした」
4年前の水族館のことは、今でもよく覚えている。
幸せそうに魚を見ている人達が全部親父と栞に見えた。
幸せそうにしている人達を見て、自分がたまらなく惨めに見えた。
そいつら全員、呪ってやろうかと思った。
「ていっ」
「いたっ」
気が付くと、正面にいたアズがツインテールの房で俺の顔をはたいていた。
「春人君考えすぎ」
「……そうかな」
「そうだよ。じゃあ春人君は4年前に逆切れして、幸せそうにしてる人から財布を引ったくったの?」
「……いや、普通に家帰ったけど」
「ほら。さっきの人と全然違う」
彼女は笑みを浮かべてこちらを見つめた。
「いい、春人君? 内心で人をどう思うと、それは人の勝手なんだよ。人間なんだから黒い気持ちを持つことだってあるでしょう。……でも大事なのは、そんな自分を受け入れて、ちゃんと自分を律することだって私は思うな。……春人君は独りでずっと恨みを抱えて、でもそれをだれにもぶつけないよう独りでずっと戦ってきたんだ。それ、私はとってもすごいことだと思うよ」
「…………」
「ま、ということだから春人君はかなり良い人。あの男の人とはぜんっぜん違うということです。オッケー!?」
「お、おう」
「返事ぃ!!」
「はい!!」
アズの勢いに気圧されたのか、鬱屈した俺の気分はいつのまにか霧散していた。
後に残ったのは、アズへの深い感謝と愛情と、思慕の――――。
…………今、俺はとんでもないことを思いかけたような気がする。
妹であると見なしたアズに対して、とんでもない感情を持ちそうになった気がする。
「…………ありがとう、アズ」
「うん」
身体を擦り寄せてくるアズに対して、言語にならない、よくわからない感情に支配された俺に出来たことは、蚊の無くような声でお礼の言葉を口にすることだけだった。
「そういえば水槽の前で何言おうとしたの?」
「うーん? いや、なんでもないかなー。一時の気の迷いみたいなやつだから気にしないで」
「まあそういうことなら…………あっ」
「おや」
電車で自宅の最寄り駅へと辿り着き、帰路についている途上、見知った店の前で見知った顔の女性と出くわした。
相変わらずのゴスロリ眼帯ツインテールといった姿に、俺は妙な安心感を彼女に対して抱いた。
「店長。もうお帰りなんですか」
「あぁ、今日は早終いだね。上原君はどうしたの? 朝っぱらにあんな電話かけてきたと思ったらこんな所ほっつき歩いて」
「ちょっと水族館行ってました」
「水族館。君からそんな言葉を聞くなんてね」
ふむ、としばらく顎に手をあてて何かを考えた倉良場店長は再びこちらの方に向き直った。
「ところで君、本とか読む?」
「全く読まないです」
「それでも大学生かい君……?」
はぁ、とため息をついた倉良場店長は、ハンドバッグの中から一冊の文庫本を取り出した。
「これ今日私の遠い親戚に貰ったんだ。実はその本、結構売れてるし親戚が書いてるしってことですでに自分で1冊買って読んでたのに、わざわざタダで私にもう1冊送ってきてね……。無駄に2冊あるから誰かに貰ってほしいんだ」
「えっ、貰えるものなら貰いますけど。どんな本なんです?」
本を貰ったところで、文字を読むのに苦労を抱えている俺がそれを読むことは決してないが、アズは呪いの人形の割に読書をする方だ。倉良場さんの渡そうとしているその本が面白いものなら、きっと彼女は読みたいと思うはずだ。
俺の問いに答える代わりに、倉良場さんは書籍のタイトルがよく見えるように、表紙をこちらの方へと向けた。
「て、てん、え?」
「『天使様と私』だよ」
「すみません暗闇でよく見えず」
「天使様と私」というタイトルには聞き覚えがあった。何度かテレビの特集か何かで取り上げられていたのを見たような気がする。
「これね、余命3年を宣告された人の日記を元に、その人の娘さんが書いたエッセイみたいな本なんだ。まあお母様は若干妄想の気があったみたいで、内容はファンタジーに片足突っ込んでるけどね。『天使』っていう住居不法侵入者が余命宣告しにくるところから話が始まるんだけど、結構面白いよ」
「めっちゃ面白そうじゃないですか」
でしょ? と得意げな顔をして倉良場さんが笑う。
もしかすると彼女は自分の好きな本を布教したかっただけなのかもしれない。
表紙には澄ました顔をした白髪の老婆の写真が映っていた。この老婆が筆者の母親ということなのかもしれない。
と、先程からアズからのリアクションが全くない。
俺が倉良場さんと話をしているからと空気を読んで気配を消してくれているのかもしれないが、こと本を受け取るかどうかについてはアズ次第だ。なんらかの反応が返ってこないのは非常に判断に困ることだった。
それとなくアズの方に視線をやり、この本どう? なんて目配せをしようとして、それに気付いた。
アズは目を見開いて、表紙の老婆を食い入るように見つめていた。暗がりであるにも関わらず、彼女の顔には驚きと困惑の色が浮かんでいるのが見えた。
ややあって彼女はぽつりと小さな声で、
「……私、この人、知ってる」
なんてとんでもないことを言い出した。




