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ハローステップマザーアンドプリエステス

  今、俺の目の前には2人の女が座っている。

 どちらも非常に美人なことこの上ないので、普通の健全な男性であれば鼻の下を伸ばして悦楽に浸れるのではないだろうか。

 が、その男が俺となると話は変わってくる。今の俺は、胃に鉛が降りたように重い気分を抱えていた。

 理由は明白だ。

 目の前にいる女の1人は、


 「ちゃんと……綺麗に片付けてるんだね。良かった」

 

 俺の初恋の幼馴染にして現義理の母の上原栞。

 

 それともう1人。


 「本当に久しぶりですね、上原君。まさか、こんな形でまた会うことになるなんて思いませんでした」


 高校生の頃、俺に散々煮湯を飲ませたクラスメイトの女だ。


 今の俺にとって彼女達の訪問は、自陣に敵が突っ込んできたようなものだ。つまり夏の陣の家康だ。こんなもの、重い気分を抱えない方がおかしいというものだ。

 当然、インターホン前に立たれた時点で、追い返すという選択肢を最初から俺は切るつもりだった。

 というのに、玄関先でこんなことをいきなり言われてしまっては、簡単に追い返すことはできなかった。


 「亡くなったお父様のことで、上原君に聞きたいことがあるんです」



 …気が重すぎて重すぎて仕方がないので、とりあえず一旦今朝から今に至るまでの回想をしてからこの対峙について語ることにする。


 「ハ、ハルくーん?」

 「上原君?」


 回想中だからお前達にかけてやる言葉はない。







 『春人君おはよ!!!!』

 「朝からテンションたっか」


 ドールショップに通ってからというもの、人形のテンションはやたらめったら高い。もうあれから数日経っているはずなのに、彼女のテンションは未だハイのままで持続されていた。

 俺といえば対照的にローテンションだ。朝だからというのもあるが、昨日あたりから身体が慢性的に怠い。冷静に考えれば俺の命日まで2ヶ月と大体2週間だ。病も本腰入れて俺を蝕みにかかってきたのだろう。このペースだとラスト1ヶ月は寝たきりかもしれない。それでもそれぐらいの間歩いて動けるなら大したものだろうとも思った。

 ただ、流石にそのことを人形に伝えようとは思わなかった。上機嫌な彼女に水を差すことになるだろうし、言えばきっと心配をかけることになるからだ。

 

 だから俺はいつものように、枕元で俺の顔を覗き込んでいた彼女に挨拶をし、ゆっくりと起き上がった。


 「今日は女子高生スタイルか」

 『ふふふ、そうです。今日はビニールタイも使ってツインテールにしてみました』

 「かわいい」

 『んへへ。もっと言って』


 右手で頬を撫でると、彼女はいつものように頬を綻ばせて笑った。


 「でもルーズソックスてどうなの?最近あんま女子高生でそういうの見ない気がするけど」

 『え、女子高生ってそんなもんじゃない…?』

 「お前が女子高生の何を知ってるんだよ」

 『春人君も女子高生の何知ってるの?』

 「…」


 レスバトルに負けたので潔く撤退することにした。


 「今日朝食べる?」

 『あ、食べる〜』


 顔を洗ったことで滴った水滴を拭いながら彼女の方を振り向くと、彼女が姿見の前であれこれポーズを決めているのが見えた。

 ちなみに俺が鏡を見ても、彼女の着ているドレス含めその一切が映っていないように見えている。原理は不明だ。案の定カメラにも彼女と彼女のドレスは映らず俺は泣いた。哀れに思われたのか彼女には頭を撫でられた。


 「前も聞いたけどお前は鏡に自分の姿が見えてんだよな?」

 『うん。やっぱり春人君には映ってないように見える?』

 「なんっも見えない。なんでかわからないけど服も見えない」

 『不思議だよねぇ』

 「いや百歩譲ってお前が着たものが見えないのはいいよ。でも何でお前が一度着たやつだったらその後脱いでも透明化するんだよ。俺には見えてるけどさぁ」

 『不思議だよねぇ』

 「目を逸らすな目を」


本当に意味が分からないのが、彼女に買い与えた3着のドレスだ。彼女が一度でもそれらを身にまとったのなら、その後脱ごうが着直そうがそれらは一切カメラや鏡に映らなくなるのだ。これはさすがに人形にとっても想定外のことらしく、俺がこのことを指摘すると、彼女は毎度毎度非常にバツの悪い表情を浮かべる。別に俺の目には映っているのだからそこまで大した問題はないのだが、俺にドレスを買ってもらった手前、負い目のようなものを感じてしまっているのだろう。


 『そ、そそそれより、今日私トースト食べたいなぁ!!』


 都合の悪い話になったからなのか、人形は慌てて話を逸らしてきた。


 「いいけど脱げよその服」

 『エッ!?!?な、なん、そんな、えっ?』

 「えっ、じゃねぇよ。お前一昨日トースト食った時パン屑ポロポロ服の上にこぼしてたじゃん。人間の服と違って洗濯機にぶち込みゃいいわけじゃないんだから汚れついたら落とすの大変なんだからな?わかる俺の言ってること?」

 『わ、わかるけどぉ!!わかるけどぉ!!でもぉ!!恥ずかしいじゃん!!』

 「お前人形だろ。なーにが恥ずかしいんだか。そもそも前に一回ひん剥いてるだろ」

 『あれは!!あの時は!!春人君ねむねむだったじゃん!!全然目開いてなかったもん!!今がっつり開いてるもん!!見られちゃうじゃん!!』

 「別に見られたって人形だろ?そんな精巧には――」


 

 『()()()()()()!!』


 「――は?」


 俺は耳を疑った。

 人形の言う通り、俺はまともに彼女の素体姿を見ていない。

 …確かに高級な球体関節人形には人間の身体器官を模したものがあるとは聞いている。

 しかし彼女は呪いの人形のはずだ。大きさといい美しさといい元は大層高級な人形だろうとは思っていたが、なぜよりにもよってそんなところまで高級仕様なのだろうか。

 

 呆気に取られて固まった俺を見て、彼女は遠慮がちに口を開いた。


 『春人君が思ってるより私…身体の造形……リアルなんだよ……。胸とか……その―――』

 「いやわかった!!もういい!!ごめん!!俺が明らかに悪かった!!いくらお前とはいえ配慮が足りてなかった!!ほんとごめん!!」


 手の平を彼女の前に突き出し、彼女がこれ以上致命的なことを言わないよう制止した。彼女にあれ以降のことを喋らせるのは人として致命的な何かが欠けてしまうと思ったのだ。


 『う、うん。わ、わかってくれたんなら、良いよ?』


 わかってくれたらしい。


 『その、本当に見たかったら、今度見せてあげるから、ね?』


 間髪入れず爆弾を放り込まれ、俺は今度こそ何も言えなくなった。

 

 なお、パン屑の問題は、彼女の身体にタオルを巻き付けることで解決した。

 最初からそうしておけば良かったと心から思った。





 朝食はつつがなく進行した。

 目の前にいる人形は顔を綻ばせながら、自分の顔よりも何倍もサイズのあるバター付きトーストを細かく千切って口の中に放り込んでいる。

 まあ恐らく本人はあれだけ美味しそうな顔してるから味覚はあるんだろうが、じゃあ実際口に放り込まれた食物が彼女の体内にあるのかというと多分それはない。

 今まで何度か彼女に食事を供したことはあるが、彼女を持ち上げた時の重量は一切変わっていない。それゆえ、彼女の口の中はブラックホールか何かに繋がっているんだと思う。俺はそこで考えるのをやめにした。


 『おいひい』

 「よかったね」


 テーブルの上でお行儀よく正座しながら飯を食っている人形を尻目に、メッセージアプリを起動する。

 悲しい話ではあるが、俺の連絡先に登録されている人数はそう多くはない。というか俺自身があまりメッセージアプリを使わない。


 「ありがとうございました。またよろしくおねがいします」


 俺は生まれた時から読み書きが苦手なので、メッセージアプリを使う時に俺が用いるのは音声入力だ。


 活字を読むとき、俺は文字がふわふわ浮いてどこかへ飛んでいくような錯覚を覚える。だから集中して、飛んでいく文字を紙の上に押さえつけないと、文の意味がわからない。そんなものだから、俺は人より何倍も時間をかけて文を読む必要にかられた。

 高校2年の夏に、俺にそういう『特異性』があることが公的に診断されるまで、俺はずっと自分のこの性質に違和感を覚えながら生活をしていた。当然、日常や学校の生活に苦労を覚えていたわけだが、まあ今は1人でイギリスに行ける程度には、不自由なく生活を送ることができている。


 とにかく俺にはそういうバックボーンがあるので、ほとんどメッセージアプリなんて使わない。義母もその辺のことは流石に理解しているので、俺に連絡を取る時はもっぱら直接電話をかけてくる。高校や大学はほとんど孤立していたこともあってグループチャットには招待されていないので、俺のアカウントはほぼあってないようなものだった。

 その割に、俺はここ数日、わざわざ慣れないアプリに音声入力をしてまで連絡を取り合っている人物がいた。


 「そちらも、おからだに、きをつけてください。くららばさん」


 そう、あのドールショップの店長にして1/1ドールみたいな見た目した女性である。

 彼女と連絡を取り合うようになった事の発端は、まさに彼女との初邂逅の日、その日のレジの会計中にあった。


 『そういえばさぁ、君グラスアイの付け方とかちゃんとわかってるよね?』

 『あぁ、はい。大丈夫ですよ』

 『そっか。まあ分かってるんならいいけど、無理矢理外からはめ込まないでね?ドール壊れちゃうよ』

 『え?』

 『え?』


 この後、グラスアイの付け方をひどく誤解していたことが発覚した俺に、倉良場さんは自身の行なっているワークショップへの参加を勧めてきた。


 『試験的に最近始めたのはいいけど、流石に平日となると誰も申し込んでくれなくてね。ドールの手入れとかカスタマイズとか色々教えてるから、君一度来てみなよ。ていうか来て』


 当然ワークショップともなると受講料が発生するわけで、倉良場店長はビジネスのために俺に取引を持ちかけたのだ。俺はそれを理解していたので、どうにも話を誘導されたような、利用されたような気がしないでもなかったが、実際俺にはドールに関する知識が皆無だったので、あえてその話に乗ることにした。

 

 倉良場さんは実に教えるのが上手だった。そこまで手先が器用でない俺に、彼女は懇切丁寧な指導を行ってくれた。

 今のところ彼女の元にはまだ数回しか通っていなかったが、すでに俺は昨日の時点でグラスアイの適切な装着技術を掴んでいた。


 そんなわけで、俺はお礼のメッセージを倉良場店長に向けて打ち込んでいた。本当は電話で伝えるのが俺にとって楽なのだが、そのために彼女の接客を妨害するのは本意でなかった。


 『くららばさんってどちら様?』


 メッセージを送信した頃合いを見計らったのか、トーストを虚空に収めた人形が俺に問いを発した。


 「……ドールショップの店長かな」

 『て、店長さん?……い、いつの間にそんなに仲良しに……?』

 

 あの会計の時、彼女は未だドレスコーナーにいた。また倉良場さんのワークショップに行く際も、行先を彼女に伝えたわけではなかったので、彼女は倉良場さんのことを知らない。


 「……まあ、色々あって」

 『色々ォ!?じゃ、じゃあ最近良く出かけてるのもそういう……?』 

 「あーまあそれはそう」

 『えーっ!?えーっ!!??』


 彼女は向かい側のテーブル端から身を乗り出して俺に詰め寄ってきた。

 

 『いつから!?いつからなの!?』

 「……会計の時?」

 『即ナンじゃん!!』

 「ソクナン?」

 『有意義に過ごしたいってそういうことだったの……?最近の子ってすごい……』

 「ソクナンって何?」


 人形は俺の質問に一切答えずに一人で勝手にヒートアップしている。彼女がどういう勘違いをしているか確証は持てないが、少なくとも俺と彼女の間には大きな齟齬があるような気がする。

 よって、ここで最低限誤解されては困ることだけを伝えておくことにする。


 「何勘違いしてるか知らないけど、俺別に店長と付き合ってはないからね」

 『付き合ってないのにしてるの!?』

 「えっ、何を?」

 『そんなの言わせないでよぉ!!』


 選択肢間違えた気がする。


 「あのごめん。ほんとこれ直感で言ってるけど、多分お前が想像してることじゃないと思う」

 『……えぇー……?』

 「お前絶対信じてないだろ」

 『じゃあなんで店長さんとよく会ってるの?』

 「そりゃもちろん―――」


 そりゃもちろん、お前の手入れができるようにするためだ。


 なんて言葉を出そうとして、二の句が告げなかった。


 「人形のことを大事に思っている」なんて倉良場さんに自覚させられたためか、彼女がそれを悟るような言動をするのがどうにも恥ずかしい。

 とはいえこのまま何も言わなければ彼女にあらぬ誤解をかけられた気がするわけで、それは最も避けるべき事態なのだった。


 『そりゃもちろん……?』


 彼女がじとっとした目で俺を見る。その眼窩は相変わらず空洞のままだ。

 彼女はあの時から全く恨み言を言わない。俺が彼女の目を割ったというのに、それを当然の仕打ちと受け入れているのかもしれない。

 そういえば、そんな彼女のいじらしさを放っておけなくて、だから罪悪感が湧いて、あの時グラスアイを買いに行こうと思い至ったような気がする。


 そう、そうだ。

 今更、恥を感じるわけにはいかない。


 俺は彼女にきちんと自分の想いを伝えなければいけないのだ。


 覚悟は決まった。

 もう大丈夫だ。


 「あのな、俺が倉良場さんの所に行ってたのは――」


 そう。

 そんなタイミングで。

 

 インターホンの音がした。










 「それで、父について何を聞きたいんです?」


 彼女たち二人と会話をするというのは非常に精神力を使うことだ。そのため、俺はなるべく早くコトを終わらせようと本題から切り出した。

 それに、気になることはいくつもあった。

 なぜ、死んだ父のことを、目の前にいるこの女……杠葉(ゆずりは)は知りたがっているのか。なぜ義母と連れ立って(まあ同じ学校の同級生同士なのだから面識があるのはわかるが)俺の元へやってきたのか。彼女から聞き出したいことはたくさんある。


 意外にも、俺の質問に対して口を開いたのは、杠葉ではなく義母の方だった。


 「杠葉さん、忠彦さんが亡くなってからとても気を遣ってくれてね。わざわざ実家の方にもお線香をあげに来てくれたの。ほら、2年の時、杠葉さんとハル君のクラス、忠彦さんが国語科持ってたでしょ?だから面識があったんだよ。今日だって、杠葉さん、ハル君のこと心配しててね。私もハル君のこと心配だったから、一緒に様子見に来ちゃった」

 「……そりゃわざわざ。ご心配おかけしましてすみません」


 全く感情の籠っていない謝罪の言葉を口にする。実際俺は彼女達に対して申し訳ないという気持ちは一切持ち合わせていない。

 そもそもアポ無しで訪問すること自体、緊急性を伴っているわけでもないのに失礼だ。ましてやその内容がかなりセンシティブな内容となると、普通はもっと慎重に動いてしかるべきである。目の前に座っている女二人の内、どちらが今回の訪問を画策したのかは知らないが、彼女達に対して客としての礼儀を尽くす必要はないだろうと思った。

 ちらと斜め右横に視線をずらすと、人形が心配そうな表情をしながら俺のことを見つめている。別に俺以外の一般人に人形の姿が見えないのはわかりきっている。だから彼女は先程までのように、テーブルの端にちょこんと座っているのだが、あまりにも俺の顔を心配そうに伺っていて若干鬱陶しい。ベッドの上にでも彼女を運んでおけば良かったと俺は今更ながら後悔した。


 「あれから大丈夫?身体の方は変わりない?」

 「実は今日来客迎えられるほど体調が良くないんだ。だから本音を言うと早いこと帰ってほしい」 

 『は、春人君……』


 しまった。義母に皮肉言ったのに横の人形に刺さってる。朝、人形に心配をかけないと誓ったばかりだというのに。


 「訂正。やっぱわりと元気。でもそれはそれとして早く帰ってほしいな。やることあるし」

 「ハル君言ってること割とめちゃくちゃになってない?」

 「なってない。……それで?親父のことで聞きたいことって何です?」

 「ハル君それは―――」

 「なんでさっきから栞さんが答えてるの。まさか栞さんが俺に聞きたいわけじゃないんだよね?」

 「―――いえ。ありがとうございます栞さん。もう()()()()()()


 先程まで沈黙を保っていた杠葉が急に口を開いた。


 「失礼しました、上原――いいえ、春人君。少し考え事をしてしまっていて、栞さんに任せきりになっていました」

 「杠葉さんに下の名前で呼ばれるほど仲良くなった覚えないんだけど」

 「仕方ないじゃないですか。どちらも同じ上原姓なのでしたら、下の名前で呼んだ方がわかりやすいでしょう?」


 ニコリと微笑を浮かべる杠葉を見て、俺は内心で舌打ちした。

 学生時代からどうにも杠葉という女が俺は苦手だった。

 彼女は掴みどころのない性格をしていて、何を考えているか本当にわからない。しかし彼女はそれでいて学校の風紀を乱す輩は逃さず、ルールを守らない悪を決して許さない女だった。そんなものだから、彼女は随分と周りの人間に慕われていたと思う。

 ……少なくとも俺以外からは。


 「終わりましたっていうのは?もう帰ってくれるってこと?」

 「いえいえ、それはこちらの話ですので本題はまだ。……つれないですね。クラスメートとの久しぶりの再会だと言うのに。仲良くしましょうよ」

 「……本気で言ってる?俺はお前のせいで――」

 「まあまあ!!ハル君今日のところは、ね!?(あざみ)ちゃんも!!ハル君のこと心配で来たんならハル君のこと怒らせないで!!」


 栞が慌てた様子で俺と杠葉の会話に割って入ってきた。

 俺は栞に遮られても構わず杠葉に怒りをぶつけようとしたが、横の人形があわあわと両手を上下に揺らしているのを見て若干落ち着きを取り戻した。


 「……そうですね。それでは順を追ってお話しましょう」

 「追わなくていい。親父のことで聞きたいことあるって?悪いですけど俺何も知らないですよ。死に目にも会えなかったですし」

 「ええ。勿論それは聞き及んでいます。まさかあの上原先生が心臓発作で亡くなられるなんて、今でも信じられません」

 「何ですその言い方?親父の死に疑いでも持ってるんですか?」

 「ハ、ハル君!!」

 「大丈夫ですよ栞さん。――そうですねぇ。私は上原先生が心臓発作で亡くなった事を疑っているわけではありません。お医者様が心臓発作だと仰ったのですから、それはきっと正しいのでしょう。……私が疑っているのは、上原先生が本当に()()()死ななければいけなかったのか、ということです」

 「……どういう意味です?」


 白状すると、この時点で俺は嫌な予感がしていた。

 この何を考えているかよくわからない女は、本当に()()()()()()おかしくないのだ。


 杠葉は少し思案するように首を傾げた後、おもむろにとんでもないことを口にした。


 「―――春人君は、呪いって信じるタイプですか?私、上原先生は呪い殺されたと思っているんです」


 思わず息を呑んだ。

 なんでこの女が、そんなことを知っているんだ?

 意表を突かれる感覚は学生時代の頃に飲まされた煮湯と同じ味だ。喉を焼く、ひりひりとした酸っぱい味だ。


 人形の方をちらりと見ると、彼女は小さく頷いて姿を消した。その方がいい。得体の知れない杠葉の近くにいるのは人形にとってあまりにも危険すぎる。


 俺は、慎重に言葉を選びながら、杠葉に向かって口を開いた。


 「……呪い?信じるわけないだろ、そんな非科学的なもの」

 「まあそうですよね。普通はそうだと思います。でも……上原先生は信じていたみたいなんですよね、呪い」

 「は?」

 「亡くなる1ヶ月前ぐらいですかねぇ、上原先生、()()に相談しにきたんですよ。『私には良くないものが憑いているかもしれない』なんて言って。本当に残念です。あの時私もお姉ちゃんも海外で悪魔祓ってましたから、日本に帰ってこれなかったんですよね」

 「……何……言ってんの……アンタ?」

 「あ、春人君にはまだ言ってませんでしたね」


 そうは言うが、杠葉が次に何を言うかはなんとなく察していた。

 それはそうと俺は想定しておくべきだった。

 呪いが存在するのなら、それに対抗する連中も当然存在するはずだということに。


 「私、巫女をやってるんですよ。呪いを祓い、人を正しい死へと導く役割を担っています。まあ言ってみれば、正義の味方というやつですね」


 何が正義の味方だよ。

 俺は胸中で独り言ちた。





 曰く、杠葉の家は代々魔を調伏する巫女の家系であるらしい。そんな話は学生時代に聞いたこともないから、あまり公な話ではないのかもしれない。


 「杠葉の家は代々とある神様を信仰しておりまして。その神様が人の運命を司る神様なのです。人には死ぬべき時がそれぞれ定められていて、一定の時期が来たらまあそれなりの理由で絶対死んじゃうんです。病死とか自殺とか他殺とか、なんでもいいんですけど」


 死因の種類を指折り数えながら、彼女はあっけらかんと笑う。


 「死すべき時が来たなら、神様の御許からは必ず遣いの者がやってきます。私達はそれを『御遣い』と呼んでいますが、彼らが死んだ者の魂を天へと運び、輪廻の輪の中にもう一度魂を入れ直すのです。これが、私達に代々言い伝えられている伝承です」


 ですが、と彼女は俺の目をまっすぐ見つめる。まるで全てを見透かしているような、つまびらかにされているような、不快な視線だった。


 「呪いというものは、人の運命を容易に狂わせます。呪いをかけられた者は、神の定めた運命の輪から外れ……予期せぬ死を迎えることになる。そうなった者は……二度と輪廻に還ることはありません」

 「……それで杠葉さんは、俺の親父が呪い殺されて、本来死ぬべき時よりもっと早く死んでしまったと。そう思ってるってことか?」

 「ご理解が早くて助かります。……ええ、上原先生は心臓発作による急死ではなく、何者かに呪殺されたのだと、私は思っています」

 「……馬鹿馬鹿しい。杠葉さんの言ってること、まさか栞さんは信じたわけじゃないよな?」


 栞に視線を向けると、彼女は俯いて目を逸らした。

 表情は伺えないが、その態度が答えを示している。

 信じているのだ。親父の死は本来何かの間違いで、陰謀めいたものに巻き込まれたのだと、縋っているのだ。そうして自分の中で敵を創り出し、彼女はそれに悲しみをぶつけることで、平静を保とうとしているのだ。

 そして、奇しくもそれは当たっている。

 呪いは存在し、それをかけた当事者は確かに存在している。親父の仇は実際に存在しているのだ。

 だが、俺はそのことが明らかになることを望まない。彼女は今や俺にとって大切な存在になりつつある。俺は、俺のエゴのために、この女達から彼女を守り通さなければならない。


 「どうかしてる。親父が呪い殺された?人の死を冒涜するのも大概にしろよ」

 「手厳しいですね。ですがこれは事実です。現に上原先生は死の間際、呪いの大本となる存在を捕らえることに成功していました。最も、大部分は私達による霊験あらたかなお札のおかげで、ですが」


 お札、と言われて思い出したのは、書斎にあったあの大きなダンボールのことだ。あれには、よく分からない文字で書かれたお札がびっしりと貼られていた。

 実際、あのダンボールの中から人形が出てきたのだから、恐らく杠葉の言っていることは事実なのだろう。


 「捕まえたまでは良かったんです。ですが、捕らえた存在は非常に呪いの力が強大でした。呪いを閉じ込めたにも関わらず先生の呪いは解呪にまで至らなかったようで。残念ながらこの結果に」

 「……じゃあ捕らえた存在ってのは?俺と栞さんで親父の遺品整理はしたけど、そんなもん全然見当たらなかった」

 「えぇ。まあその呪い、憑かれた人でなければ視えないようなんです。亡くなった上原先生曰く、見目麗しい球体間接人形の姿をしているとか。……しかし一つおかしいことがある。勿論申し上げた通り呪いそのものは誰にも視ることは出来ない。亡くなった上原先生以外には、です。ですが、呪いを閉じ込めた器自体は当然誰の目にも移ります。――それ、なぜかどこにも見当たらなかったんですよね。だから春人君にお聞きしたいんですけど」


 まずい。この女。

 

 「あなた、何かご存知なんじゃないですか?ダンボールと呪いの行方」


 俺が人形を遣って親父を呪ったと疑っているのか……?


 「―――ダンボールか」

 「ええダンボールです。上原先生はよりにもよってダンボールの中に呪いを閉じ込めたそうで」

 「うん。だから忠彦さんが亡くなってからも、その呪いを閉じ込めたダンボールが家の中にあったそうなの。でも、今はどこを探しても見つからなくって……。ただ、ハル君あの時片付け手伝ってくれてたから……。どこにあるか知らないかな…?」


 杠葉の言葉を引き継ぐようにして、栞が遠慮がちに問いを投げた。

 ……様子を見るに、さすがに栞は俺のことを疑っていない。ただ、親父の死の原因の一つを俺が知っているのではないかと思っているようだ。

 慎重に言葉を選ばなければならない。さすがに冤罪をかけられるのは御免だ。


 「確かに薄気味悪いダンボールはあったな。中、何も入ってないから処分したけどな。あと当然呪いのことなんて知らない」


 ここはほとんど正直に話すことを選んだ。中に人形が入っていたのを伏せたこと以外は全て真実だ。


 「……ッ!!」

 「うーん、そういうことでしたか。…いや、別に春人君を疑っているつもりはなかったのですが……。いや、これは少々まずいですね」


 俺の言葉に栞は表情を歪め、杠葉は唇に拳をあてながら眉をひそめた。

 杠葉の言葉を信じるなら、俺が疑われているわけではないらしい。無論、鵜呑みにするのは未だ危険であるが…。


 「そうなってくると少々面倒なことになります。先程春人君は中を見た旨の発言をしましたね。ということは十中八九、封印は解かれたとみていいでしょう。中の呪いは再び活動を再開し、多くの人間の命を狙うでしょうね、()()()()()()()

 「………」

 「薊ちゃん!!」


 栞が杠葉を諫めるような声を上げた。

 それに対して杠葉は「事実でしょう」となんでもないことのように続けた。


 「こうなってしまった以上、あなたにも呪いを祓う手伝いをする責任があります。申し上げた通り、このままこの呪いを放っておけば、未曾有の大災害が起こります。しかも、どうやら呪いは、取り憑いた対象に近しい者を次の対象として選ぶ傾向があります。……つまり、次はあなたや、栞さんに取り憑くかもしれないということです」


 狙いが読めた。この女は罪悪感と恐怖を出汁に、俺達を都合の良い事件解決の小間使いにするつもりなのだ。

 あぁ、タチが悪いのは、この女の言っていることには一応の正当性が存在するということだ。

 知らず知らずのうちに呪いを解き放った大罪人がいる。そしてこのまま呪いを放っておけば多くの人が死ぬと囁く。だからその罪人を罪悪感と死の恐怖で縛り付けることで、被害を最小限に抑え効率よく事件を解決する。

 この女のやりそうなことだ。

 だって、死の恐怖による脅しを除けば、彼女のそれは学生時代のやり口と何も変わらない。

 

 彼女によって俺はクラス内共通の悪となり、その悪を排斥する形で彼らは実に効率よく団結した。


 「……ハル君。私はこの話を聞いて、杠葉さんに協力することにしたの。……やっぱり忠彦さんがあんなに急に逝ってしまうなんて、私には信じられない。それに、このことが本当だとしたら、ハル君や、この子にも危険が及ぶかもしれない。……私、それだけは絶対に嫌。こんな、人の命を何とも思っていないような呪いに、私の大切な人を奪わせるわけにはいかないもん」

 

 そういって栞はゆっくりと自分の腹をさする。

 なるほど、栞の立場からすれば、至極真っ当な理由で杠葉に協力するというわけだ。

 

 栞の言葉を聞いた杠葉が、満足げな様子で言葉を続ける。


 「と、いうことです。当然あなたもお手伝いくださいますよね?嘲笑うように運命を捻じ曲げ、嬉々としながら人を殺す絶対悪の化身が『呪い』というものです。当然、そのような悪の怪物には一丸となって立ち向かうのが人間のあるべき姿、正義の行いというものですから。あぁ、ご心配なさらず。あなたに何も呪いを祓えと言うことはありません。あなたにはご親戚一同にお電話をかけていただきたいんですよ。一言、『ご家族におかしくなった人はいるか』と聞くだけで構いません。そうすれば呪いの行方を絞ることが―――、」

 「おい」

 「―――はい?」


 確かに、俺は呪いを放った大罪人だ。

 それならば、協力する道理があるのかもしれない。 

 だが。


 「誰がお前に協力するなんて言った。勘違いして偉そうにご高説垂れてんじゃねえよ」


 道理程度で俺が言いなりになるとでも思ったか。


 「……どういう意味でしょう?まさかお手伝いくださらないと、そう仰るのですか?」

 「何度も同じこと言わせんなよ。俺がお前の与太話を信じて、はいそうですかって言うこと聞くと思ってんのか?」

 「―――与太話?」


 得意げな顔をしていた杠葉の顔が僅かに引き攣ったような気がした。

 そうか、それがお前の弱点か。


 「あぁ、与太話だ。くだらないカルト宗教じみたことベラベラ言いやがって。お前らの家は代々壺か水晶でも売りつけてんのか?さぞかし多くの人を騙せたろうなァ?」

 「ッ、私の家を侮辱するの止めていただいてもいいですか?不快ですので」

 「あん、図星か?」

 「ちょ、ちょっとハル君!!」


 最早杠葉は顔の歪みを隠そうともしない。はっきりとした怒りの表情を顔に張り付けている。

 勿論俺も、杠葉の家がカルト宗教だなんて全く思っていない。杠葉は自力で呪いの人形に辿り着いた。であるならば、杠葉は由緒正しい巫女の血を引いているのだろう。


 だが、そんなことはどうでもいい。

 お前達は、何も知らないくせに、彼女のことを不当に貶めた。


 確かに、人形は人を呪いで殺めている。それはきっと許されることじゃない。

 彼女はいずれ、杠葉のような人間に追い詰められ、然るべき報いを受けることになるだろう。


 だが、栞と杠葉は言った。


 『人の命を何とも思っていない呪い』

 『嬉々としながら人を殺す絶対悪の化身』


 それは、それだけは。

 それを言ったこの二人を、俺は絶対に正義として、彼女を断罪する執行者として認めるわけにはいかない。


 『でも、私は呪いの人形。アナタ達に恐怖を与え続けなければいけない存在なんだって私はずっと自分に言い聞かせてた』


 お前達は知らないんだろう。その呪いが涙を流すことを。


 『アナタにこんなひどいことをして、ううん、あの時、アナタを呪ってしまって本当にごめんなさい』

 

 その呪いがちゃんと罪悪感を抱えることを。


 『そんなことしたって楽しくもなんともなかった。悲しんでる顔とか、絶望に暮れた顔とか、そんなのばかり見ることになるから。……なんで呪いの人形になっちゃったんだろうね、私』


 それでも、『呪い』として生を受けたから、自分の宿命に準じようとしていることを。

 お前たちは知らないんだろう。


 だというのに。

 何も知らないお前達が言葉で不当に彼女を呪うのなら。


 俺だってやってやる。

 お前達が傷つく言葉で呪ってやる。


 「ハル君!!言いすぎだよ!!……それに信じられないのはわかるけど、忠彦さんは亡くなる前からずっと元気が無かったの!!だからきっと本当に呪われて――」

 「お前のその物言いが親父の死を冒涜してることに気付けよ、栞」


 刺されたような顔をして栞が黙り込む。


 「お前ずっと昔からおめでたい頭してるよな。人の嘘を疑いもしない、それで簡単に騙されて大事なことを取りこぼすんだ。栞お前ちゃんと覚えてるよな?俺は杠葉のせいで脳の疾患周りに()()()()()()()()。そういう配慮の欠片のない馬鹿の言ってることを頭から信じようとしてるってわかっててそれ言ってんだよな?」

 「そ、れは……」


 栞は二の句を告げることができていない。

 俺の論理が支離滅裂なのにも関わらず、だ。別に配慮が足りないからといって、皆が皆信用が置けないわけじゃない。

 だが俺は知っている。栞は論点のすり替えに気付くことが出来るほどキレる頭をしていない。

 だから俺はそこに付け入る。別のクラスで俺が孤立していたことなんて露知らず、親父と結ばれていた後ろめたさを煽るように。罪悪感を想起させるように。

 栞の悲しむ顔を見たくないと思っていたいつかの自分は、いつのまにか消え去っていた。


 「――いい加減にしてくれます?さっきから家を侮辱したり私を馬鹿呼ばわりしたり。恥ずかしくないんですか?」

 「人にモノ頼む態度なってなかったろうが。お前こそ恥ずかしくねえのかよ」

 「あなたは危険な呪いをみすみす逃したのです。その責任を果たせと私は述べただけです」

 「お前のその呪いとやらが本当だという証拠がない。だからお前の妄想に対して俺が責任を果たす道理なんてねぇよ」

 「呪いが嘘だという証拠をあなたは出せないでしょう?」

 「抜かせよ。お前がモノ頼んでる立場だろ。お前が証拠出せ。……それに、仮に呪いというものがあったとしても、お前に協力なんてしてやらない」

 「―――は?」


 杠葉が呆気に取られたような顔を見せる。

 そうだ。俺はその顔が見たかった。


 「なぜ、ですか?多くの人が犠牲になるのですよ?あなたはそれでもいいと言うのですか?」

 「簡単な理由だよ。お前が自分たちの不始末棚に上げて一般人を巻き込もうとしてるからに決まってんだろうが」


 杠葉は問題解決に肝心な欠陥を抱えている。

 それは、効率的な正義を重視する余り、無関係の人間を簡単に巻き込むということ。 

 杠葉はそれを違和感なく行うから、自分が巻き込まれたと感じる人間は少ない。

 だから高校でも人気があったし好かれていた。

 だが、俺に限ってはそうはいかない。

 一度お前の手にかかった俺ならば。

 お前の口車に乗せられることは二度とない―――!!


 「そもそも俺がダンボールを捨てたのはてめぇらから何の連絡も無かったからだ。そりゃ中身何も入ってなかったら捨てるに決まってるだろうが!!お前の伝達不備棚上げして俺に責任なすりつけてんじゃねぇよ!!」

 「ッ海外で悪魔を祓っていたといったでしょう!!伝達が出来なかったのです!!不備ではありませんッ!!これは仕方のないことです!!」

 「うるせぇ!!お前らプロだろうが!!人の死が関わってんなら仕方ないで済ますんじゃねえこの三流巫女が!!」

 「――ッ!!言わせておけば―――!!良いですか!?賽は投げられたのです、このまま手をこまねいていては多くの人が死ぬのですよ!!本当にあなたはそれでもいいというのですか!?」

 「良くねぇわ!!だからてめぇが一人でなんとかしろ!!危ないことに俺も栞も巻き込むな!!」

 「危ないことは要求していません!!ただご親族に連絡をと――――」

 「お前がやれよ!!いいか、俺は親戚一同とほぼ接点がねえ。そんな俺に『おかしくなった人いませんか』ってオカルトじみた電話を一々掛けさせるとかどんだけ俺を貶めたら気が済むんだお前。そのクソみたいな性格学生時代から変わらねぇな!!」


 俺がそこまで捲し立てると、彼女はじっと黙って俺のことを見据えた。

 その目に怒りの色はない。

 そこにあったのは、侮蔑と、若干の哀れみだ。


 「………あなた、本当に呪われて死ぬことになるかもしれませんよ。それでもいいのですか?」

 「あ、お前にはまだ言ってなかったな」


 お前のその言葉が最後の搾りかすだというのなら、返す言葉は簡単だ。


 「―――俺、別に死ぬの怖くないから」


 その決意は、当分前に固めたものだ。

 杠葉は、信じられないものでも見るような目で、俺のことを睨んでいた。






 


 急に来てごめんね、でも久しぶりに会えて良かったなんて言葉を残した義母は、杠葉と連れ立って帰っていった。

 杠葉はそのまま無言で玄関を出ていったので、お邪魔しましたぐらい言えよ、と俺は思った。


 「―――、ぁ」


 玄関先で二人を見送った後、急に身体の力が抜けた。

 そういえば自分が本調子じゃなかった(これからはこれが本調子になるが)ことを今更になって思い出す。

 

 俺はそのまま立っていることができず、頭から後ろに倒れそうになった。


 『駄目っ!!』


 瞬間声が聞こえたかと思うと、背伸びをした人形が、俺の腰を懸命になって支えていることに気付いた。


 『駄目、だよ。無理なんてしちゃ』

 「……ごめん」


 若干宙にふよふよと浮く彼女に手をひかれてベッドに寝かされた後、彼女から優しい声で叱られた。


 『あんなに怒ってる春人君を見たの、何週間か振り。私のボロが出ちゃった時以来かな』

 「……そうかも」

 『傍にはいられなかったけど、ずっと聞いてた』

 「ああ」

 『ごめんね?』

 「いや、お前の辛気臭い顔見なくてすんで良かった」

 『あ、言っちゃいけないこと言ったー』


 彼女が枕元でころころと笑う。

 朝の上機嫌だった彼女のような笑顔を見ることが出来て、俺の気分は幾分か楽になったように思えた。

 

 しばらくして、沈黙が俺たちを包んだ。


 俺も、彼女も、次に何を言えばいいのかわからなかったのだ。


 ややあってから、彼女が先に口火を切った。

  

 『あんなに、怒ったのって。もしかして、私が悪く言われたって思ってくれたから?』

 「……………まあ」


 取り繕っても仕方がないので正直に答えた。

 すると人形は俺の左手をそっと握ったまま、顔を歪ませた。


 『なんで、そんなことをしたの。あんなの、ほとんど事実じゃない。あなたと出会う前に、私は本当に人を呪い殺してるんだよ?私を想って怒ることに価値なんてないの』

 「あった。………俺が、そうしたいって思った」

 『……馬鹿』


 俺を掴む手に力が籠るのを感じた。


 『あんなに呪いを信じないなんて言ったら、何か隠してるって思われてもおかしくなかった。春人君が悪者になっちゃったかもしれないんだよ?』

 「……事実だよ。俺は、人でなしの呪いなんて、信じない」

 『ううん。私は人でなし。人を殺して、後悔を抱えて。それでもまた同じことを繰り返す、人でなしの、呪いの人形。それが私』

 「……違う」

 『違わない。……本当は巫女の前にこれ見よがしに出ていけばよかった。怨念駄々洩れにして出ていったら、さすがに気付かれたと思うの。でも、私はそれをしなかった。……わかる?私は我が身可愛さに出ていかなかったの。………その結果が、これ。あなたは私の為に怒って、それで、倒れた』

 「それで、良かった。お前には、いなくなってほしく、なかった」

 『ッ、何の、何の価値があるっていうの、私に!?私はただの呪いの人形っ!!あなたに庇ってもらう価値、なんて、最初から無い、のにぃ………』


 堪えきれなくなったのか、彼女がさめざめと涙を流す。


 あぁ、参った。

 また、彼女を泣かせてしまった。

 でも、なぜだろう。

 俺の為に涙を流してくれる彼女が、傍にいてくれることが。

 どうしようもなく、嬉しい。


 「価値は……ある」

 『そんなもの……私には……』

 「あるんだ」


 どうか、聞いてほしい。


 「お前には、価値があるんだ」


 たとえお前が呪いの人形だろうと。人に死を振りまく存在であろうと。


 「俺にとって、お前は、大切な存在なんだ」


 そんなの、俺にとって関係がないんだ。


 なあ、お前は覚えてないかもしれないけど。

 お前の手、初めて会った時より、大分あったかいんだ。


 「俺の、親父への恨みを。栞への失望を。受け止めてくれたやつなんて、今まで、いなかった。……俺のために、泣いてくれる人なんて……今まで誰もいなかった」

 『はる……と……君……』


 お前は、俺を苦しめたことはあったけど。

 俺の抱えた心の澱みだけは、確かに受け止めてくれた。


 「俺は、お前と約束したから。ここで休んで行けって、約束したから」

 『でも……私……』

 「それでも、後ろめたいと思うんなら……言ってやる」


 そういって、俺はベッドの下からずっと隠していたグラスアイを取り出した。

 今なら、ちゃんと言える。

 

 『これ……私の……ために……?』

 「そう。……結構な値段、した。でも、割っちまったお前の眼のことを思えば、高くなんてない。……ずっと、お前に渡したいと、思ってた。大切な……お前に、ずっと」

 『そんな、こんなの、私……受け取れない、よぉ……』

 「嫌っていっても、つける。これは、お前が、俺を呪った、仕返し。この眼で、俺は……お前を、呪う」


 そう。俺はお前に呪いをかける。

 グラスアイをお前につけることで。

 

 「俺から、離れられない呪いを……お前に、かける。だから、だから……」


 「だから、死ぬまででいいから、俺の傍にいてくれ」

 

 『……………、う、ん。うん……。うん………っ!!』


 ぎこちない動きで、人形の背に手を回して抱きしめる。

 そっと、壊れないように。離れないように。


 ややあって、彼女も俺の頭に手を回した。

 止め処なく流れる彼女の涙は、俺の頬を静かに濡らしていた。

 


 プリエステスは女司祭という意味合いがありますが、一応巫女という意味も含まれているそうなので、今回のサブタイトルにはプリエステスという言葉を入れています。

 と、いう注釈を入れ忘れていたことを5話投稿の9時間後に気付いたので今入れました。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 凄く感情が揺さぶられます! 基本的に一貫して「正義ヅラして汚い人間の醜悪さ」みたいなものが描かれ続けてて、くおぉぉってなります! 聖職者ぶったロリコン犯罪者親父も、理解者ぶった無神経幼…
[良い点] めちゃめちゃ性癖にぶっ刺さりしたので応援してます ハル君と人形ちゃんの関係すこです
[良い点] 無能巫女な杠葉を論破した、というか阿呆な論が支離滅裂で主人公の言が正論というか普通。 [一言] 恋した人は、親父と肉体関係がありなおかつ好意に気づかない。 同級生の女は、自己中な正義(笑)…
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