自然の国・ユグドラ王国2
運ばれてきたのは、サンドイッチ。見た限り、野菜だけでなく、パンも挟まっているハムも変わったもののようだ。スペシャルと名に付いているだけある。
どちらにも、細かくされた葉が練り込まれている。何より香りがとても良い。
「おお! 大きいぞ、このサンドイッチ!」
興奮して上半身をテーブルに乗せるネオン。それを抑えているサラも、目を輝かせて見ている。
みんな食事は初めてだ。味がするかは分からないが、俺たちは限りなく人間に近く作られている。きっと大丈夫だろう。
「頂くとしよう」
相変わらず冷静なオニキスの発言で少し興奮が収まる。
俺含め、みんなサンドイッチを手に持つ。温かく、トーストされているのかザラザラとした手触りだ。
「確か、食べる時の挨拶は……いただきます、だな」
俺の言葉に続くように、他の五人も「いただきます」と言って、ようやくサンドイッチを口に運んだ。
味が……する!
口に入れた瞬間、香辛料、おそらくパンとハムに練り込まれた葉の香りがふわっと香る。香辛料が苦手な人間でも大丈夫な程の、ほのかだが味に消されない風味。
挟まれた数種類の野菜はどれも瑞々しく、新鮮さが伝わってくる。特製ソースはピリ辛で、濃いめに作られているのか、野菜たちの瑞々しさに味が消されることはない。
「これが……美味い、という感覚か……」
食事をこれまでしてこなかったのが勿体ない限りだ。
「素晴らしいな」
普段は感情を表に出さないオニキスも、驚いているのが伝わってくる。
「うむ、驚きだ。旅の目的の一つに組み込んでも良い程だな」
どうやって食べているか分からない黒雨が、いつもより少し早口で言う。
「どの国もこれ位のレベルなのかしら……」
「どうだろう。でも、どこの国の料理もこれくらい美味しいなら、嬉しい」
上品に少しずつ食べているロゼリアとサラの横で、ネオンが無言で夢中になって食べ進めている。
こうして、黒帝初の食事は、見事良い記憶として刻まれた。
食べ終えた俺たちは、もう一個食べたいと暴れるネオンを黒雨が抱えた状態で、金を払い店を出た。
いつもはサラがネオンの面倒を見ているが、ネオンの力で暴れられては、サラの力では抑えられない。結果、一番パワーがある黒雨が抱えることになるのだ。
「うー、もう一個食べたかったぞー。なんでお金払っちゃうんだ!」
さっきまで抱えられながら暴れていたネオンが、やっと大人しくなった。文句はまだ言っているが……。
「時間が限られてるんだ、我慢してくれ。遅くなる前に国の散策を終えて、宿を確保しないといけないんだ」
「うー……納得できないぞー……」
こんだけ賑わっているのだ。俺たちのような旅人もまあまあいるだろう。そうなると、宿が埋まってしまう可能性がある。
明日の花祭りに参加するためにも、宿は絶対に確保しておきたい。
食事にそこそこの時間を費やしてしまった。少し速足で散策するか。
「少し急いで散策しよう」
後ろにいる五人にそう伝えて、速めに足を動かす。
散策を始めて四時間ほど経った。街だけでなく国の領地全てを歩くとなると、やはり時間が足りない。しかし、仕方ないだろう。そろそろ、宿屋を探して確保しなければ。
「街の人間に、宿屋の場所を聞いてみるか」
「あそこの人なんか良さそうじゃない? 丁度道教えてるみたいだし」
サラが指差した方向には、一人の少女がいた。ギリギリ成人していない位の顔立ちで、間違いなく美少女と言われる類だ。
確かに丁度、旅人らしき人物に道を教えているようだ。
終わったのを見計らって、話しかける。
「あ、その格好、旅人さんですね。ようこそ、ユグドラ王国へ。それで、どこへ行きたいんですか?」
まさに花のような笑顔、そして周りを明るくするような雰囲気だ。
「宿屋を探しているんだ。できれば、広めの部屋があるところを教えてほしい」
「それだったら、この国で一番大きい宿屋さんが良いと思いますよ。案内します、近道知ってるので」
「ありがたい、では頼む」
「どーんと任せてくださいっ」
少女と共に歩き始める。
「申し遅れました、私、フローリアと申します。家名はルルティアナです」
「俺はエル・キニウス」
俺に続いて、五人も順番に名乗っていく。
「みなさん、ご丁寧にありがとうございます。みなさんは、なぜ旅を?」
この質問に対して、どう答えれば良いのだろうか。考えていなかった。
「まあ、あれだ。自分探しの旅……というやつだ」
中々良い答えではないだろうか。自分を変えるきっかけを探すための旅、という意味では間違っていないだろう。
「羨ましいです。私も、旅をしてみたい……」
本当に、心底羨ましそうな表情で、フローリアはそう言った。
何か、旅をして叶えたい夢でもあるのだろうか。
「さて、見えました。あの建物ですよ」
フローリアが指差した建物は、立派なものだった。相変わらずカラフルなのは変わらないが、城以外の建物だったら、おそらくこの国で一番立派な建物だろう。
パッと見る限り、五階建てだ。
少し歩き、入り口前まで近付く。
「私は、ここでお別れです。ゆっくり寛いでくださいね」
「助かったよ、フローリア」
「ありがとなー、フローリア」
「どういたしまして、エルさん、ネオンちゃん。じゃあ、さようなら」
フローリアは相変わらず花のような笑顔で去っていった。
その後、俺たちは無事部屋を借りることができ、夜まで話して就寝した。
記念すべき、旅で初めて訪れた国での一日目が、何事もなく終わったのだ。ネオンが暴れ出したのはあったが、些細なトラブルだ。素直に喜ぼう。
翌朝、街中に響き渡っているのではないかという、大声で目が覚めた。
「どうしよーう!!」
間の抜けた声だが、この声は昨日聞いたな……。……思い出した。
「フローリアか」
フローリアの声で起きなかったネオンとロゼリアを起こして、宿屋を出る。
すると、フローリアが通りかかった住民という住民に声をかけている。
「フローリア!」
呼び寄せて、話を聞く。
「実は……花祭りで毎年お披露目する花束を確認したら、一種類だけお花が足りなくて……。何もないなら森に私一人で摘みに行くんだけど、魔獣が出るんだよね、そこ。だから、戦える住民に頼んでたんだけど、花祭りの準備でみんな手が空いてないって……」
どうしよう、どうしようと、敬語を忘れるほど慌てふためくフローリア。
「我々が共に行こう、エル」
「エル様、旅を始めた時言っていたものね。なるべく人助けをするって」
「そうだな、行くか」
「本当に!? ありがとう、本っ当にありがとう、みんな!」
俺たち六人の手を順番に握ってお礼を言うフローリア。大袈裟だな……。
「じゃあ、早速、出発しよう」
フローリアが先頭に立ち、街を西から出て森に入る。ユグドラ王国の領地である、さまざまな種類の花が咲き乱れている森だ。
「足りないお花は、この森の最奥に咲いているの。大体、一時間ちょっとかかるかな……」
話を聞きながら、警戒を怠らない。いつ魔獣が出てきても、すぐに対処できるようにだ。
五分ほど経った頃、高い草が茂っている右側からガサガサと音がした。
「気をつけろ、魔獣かもしれない」
突然音が止まったかと思うと、通常の狼の二倍ほどの大きさの獣が飛び出してきた。
さっと懐から拳銃を取り出すが、その動作をしている途中で、銃声が鳴り響く。
隣にいたオニキスが、背中にかけていた狙撃銃で魔獣の頭を至近距離で撃ち抜いたのだ。
頭に開けられた穴から血を流して、魔獣は倒れた。
「さすがオニキス。早いな」
「一応、早撃ちも得意だからな」
その後、何事もなく、目的の場所に辿り着いた。今まで狭い一本道だったのが、目的地は開けており、円形の広場のようになっている。
そこには、花弁が透明な花が地面一面に咲き誇っていた。わずかに差し込む日の光の影響で、虹を地面に映し出している。
「綺麗でしょ?」
「透明な花弁。こんなお花があるなんて知らなかった」
フローリアとサラの言葉に頷く。
綺麗だと思う気持ちは正直分からない。心があれば、感動できたのだろうか……。
「じゃあ、摘んだら帰りましょ」
そう言ったフローリアが花が咲き誇る場所に近付くと、周りの草むらから、さっきの魔獣が八匹飛び出してきた。
喉を鳴らしてこちらを威嚇している。
縄張りにしているのか……。
「フローリアは気にせず摘んでいろ。魔獣は俺たちがやる」
「気にせずって、無理でしょ! 怖いもん!」
オニキスが狙撃銃を構えると同時に、俺含め全員が構える。
一人は三体殺さなければいけないが、黒雨かネオンがやってくれるだろう。
数秒の沈黙が流れた後、痺れを切らした魔獣が飛びかかってくる。
飛びかかってきた魔獣のうち一体に突っ込んでいき、俺の速度に反応しきれていないうちに短刀で首を掻っ切る。
切られた部分から血が吹き出して、魔獣は倒れた。
他の五人も、問題なく倒せたようだ。やはり、ネオンの前に三体倒れている。
「すごい……! みんな強いんだね……!」
「まあ、それなりに。……さあ、花を摘んで帰ろう」
その後は何の問題もなく、街に戻ってきた。もうそろそろ花祭りが始まる時間だからか、昨日よりも一層賑やかだ。
フローリア、花束に透明な花を加えるため、城の方へ走っていった。
しばらくして、街の住民たちがカウントダウンを始めた。住民のゼロの声と同時に、空から、色とりどりの花びらが降り始める。
湧き出る歓声。空の青色を背景に舞い落ちる花びら。幻想的だ。
「エル、ここを最初に選んで良かったな」
「そうだな、オニキス。本当に良かった」
「エル様、少し笑ってる」
「本当だー。初めて見たぞー」
ロゼリアとネオンに言われて気付いた。無意識のうちに笑みが溢れていたようだ。
これが、楽しいという気持ちなのだろうか……。
自然の国・ユグドラ王国、完!です。
少し長くなってしまいました。