自然の国・ユグドラ王国
頭が痛い……。目がチカチカする。
俺、エル・キニウスは、頭を押さえて歩く。仲間である五人と共に。
戦争が終わって、気が遠くなるような時が経った。戦争にしか生き甲斐を見出せなかった俺たち"黒帝"は、戦争の影響で不安定だった世界を放浪し続けていた。何年も何年も……。
放浪し続けている間、ふと、自分たちに慈悲や愛があったことを思い出した。
人の優しさに触れる。それがトリガーとなって、慈悲や愛といった"心"があったことを思い出したのなら、もっと多くの優しさに触れれば、心を取り戻すことができるのではないか。
そう考えた俺は、旅に出ることにした。
旅に出れば、優しさに触れることができるかもしれない。愛を貰えるかもしれない。
そう思い立って二日後、それが今だ。
本当に頭が痛い。
真っ直ぐに整えられた道は良いが、それを挟んでいるのは、色とりどりの花。
俺は、あまりカラフルな物が好きじゃない。戦争中、灰色、赤、黒など、一定の色しか見ていなかったせいだろう。
「エル、大丈夫か? ユグドラ王国まではもうすぐだ、耐えろ」
そう後ろから言ったのは、オニキス・ライトだ。信頼できる寡黙なスナイパー。
一年中、巻いている真っ黒のマフラー、目が隠れそうな紺色の髪、あとは鋭い目つきが特徴だ。
「エル様は弱すぎる。私は、この魔眼のおかげで全然平気よ」
さっきまで弱音を吐いていたのに、そう張り合ってきたのは、ロゼリア・E・エルメール。
黒が基調で紫色の装飾が施されたロリータドレス、紫色の長いツインテール、常に持ち歩いている日傘、そして童顔。これでも充分特徴が多いが、さらに厨二病気味という最大の特徴が追い討ちをかける。それがロゼリアだ。本当は、魔眼など持っていない。
あとは、なぜか俺のことを様付けで呼んでくる。
「ロゼリアも先程まで、頭が割れるだの言っていたではないか」
ゆったりとした喋り方で、威圧感がある低くこもった声。黒雨だ。
全身を覆う黒い鎧、背中に斜めにかけている約二メートルの長巻が特徴。その素顔は俺たちですら知らない。
「あたしは平気だけど、つまんないぞー……」
ふわふわ浮かびながらそう言う子供、ネオン・リリセルカだ。
青く、魔術の魔法陣が刻まれた瞳、自身の体より長い金髪、左肩から少しずり落ちた黒い無地のTシャツが特徴。状況によっては、黒帝で最も強い。
「私も平気だけど、みんな大丈夫?」
おっとりとした雰囲気でそう聞いたのは、サラ・アステシアだ。
所々に赤く小さな宝石が飾られた真っ黒のチャイナドレスのような服、赤いインナーカラーの長い茶髪、そして真正のサディスト。
みんな変わっているが、信頼できる仲間だ。
「ほら、見えてきたよ、ネオン。ユグドラ王国」
サラが真っ直ぐ前方を指差す。うっすらと見えているのは、城の影だ。
記念すべき、最初に訪れる国はユグドラ王国。"自然の国"と言われている国で、その呼ばれ方の通り、自然を堪能できる国だそうだ。
人は自然を見て和み、時に愛を注いで育てる。心を学ぶには、良い国かもしれない。
しかし……しかしだ、このカラフル地獄はやめて欲しいものだ。
「あのお城、壊し甲斐がありそうな立派なお城だね!」
ネオンなら、あの位の大きさの城なら、五秒あれば粉々だろうな。
「間違っても壊すなよ」
「分かってるよ、エル」
そろそろ、はっきりと城の姿が見えるようになってきた。
さまざまな色が使われており、風にパタパタと靡いている旗には、三種類の花が、赤青黄色で三つ巴の形になって描かれている。
「これでは、自然の国ではなく花の国だな」
「オニキスの言う通りだな。ここまできたら、花を直接体に貼っつけて、服にしてるやつでもいるんじゃないか?」
そんな冗談を言っていると、ユグドラ王国の入り口に着いた。
入国審査などはない。知られたくない秘密や余程の闇がない証拠だそうだ。
すでに少し見えているカラフルな光景に頭を痛めながら、入国する。
賑やかな雰囲気に包まれたユグドラ王国は、色とりどりの家が立ち並び、国民が着ている衣服も様々な色がある。
「とりあえず、飯を食おう」
「我々に食事は必要ないだろう」
「分かっているさ、黒雨。だが、料理は国によって全く違うと聞く。ならば、食べてみる価値はあるだろ?」
「うむ、確かに。せっかく訪れたのだからな」
オニキスが賛同すると、他の四人も次々と賛同してくれた。
「そこの旅人さん方!」
辺りを見回すと背後からそう、声をかけられる。振り向くと……
「エル様! こいつ、本当に花をくっつけて服にしている!」
「まさか本当にいたとは!」
「はっはっは、これは着ぐるみだよ」
造花を体中に貼っつけた着ぐるみとは……これもこの国ならではだな……多分。
「それで、あんたたち旅人だろう?」
「どうして分かった?」
「服がほぼ一色だからさ! この国に住んでるやつぁ、みんなカラフルが大好きだからな!」
「まあ、それは見たら分かるな……。あ、一つ聞きたいんだが、この国で一番美味い飯屋はどこだ?」
「よくぞ聞いてくれた、お兄さん! 何を隠そう、俺の店がこの国で一番美味い飯屋だ! 今、花祭り前夜祭セール中だから、いつもよりお安いよ!」
「あんたがそう言うなら、俺は良いが……みんなは?」
「俺はどこでもいい」
オニキスはOK。
「我も異論はない」
黒雨もOK。
「エル様が行くところならばどこでも良いわ」
ロゼリアは基本、俺に合わせてくれる。
「私も、良いよ」
サラもOK。
「どこでも良いから、早く食べてみたいぞー」
よし、反対はなしか。
「よし、じゃあ、店に案内するから着いてきな!」
着ぐるみを着た明るい店長に案内され、五分ほど歩くと店に着いた。
道中聞いた話によると、花祭りというのは、一年に一回の建国記念日に行う、恒例行事らしい。王国領地内の山や森から集めた、ありとあらゆる種類の花を街に飾り付け、王国の繁栄を祝うために行うのだという。
店に向かう途中、どこも賑やかで、相変わらず頭痛と目のチカチカは治らなかった。
「ようこそ、俺の店へ!」
店の中は、中々に広く、客の数も多い。一番美味いかは別として、人気の店ではあるようだ。
「さあ、こちらの席へどうぞ!」
丁度六人がけ程の広さの席に通される。
「メニューはいらない。この店で一番高いランチを全員分くれ」
金は一生無くならないほどある。魔獣の一部やら薬草やらを売って売って売りまくって、集めた金だ。
「いいね兄ちゃん! 羽振りがいい客は好きだぞ! ……何つって、お客さんは全員大好きさ! はっはっは!」
愉快な人だ。この国の人間は、みんなこんな感じなのだろうか。
「うー、早く食べたいぞー」
「ちょいと待ってな、お嬢ちゃん! すぐ作って持ってくるからな!」
ネオンは何百年も生きているんだけどな。
着ぐるみのまま、店長は厨房に消えていった。
「良い国そうで安心。ここなら、愛とか優しさを学べそう」
サラの言葉に、オニキスと黒雨が頷く。ネオンは暇そうにテーブルに突っ伏している。
「色も人も賑やかすぎるが、心を取り戻すには良さそうな国だ」
本当に、心底そう思う。愛や優しさ、かつてはあったが無くなってしまった感情。それを学び、取り戻すには、この人々の温かみに溢れた国はとても良い。
黒や赤だけでなく、他の色に慣れるのにも丁度いいだろう。
「エル様には合いそうな国。少しだけど」
「どこがだ? 頭が痛くて仕方がないんだが」
「冗談を言うところ。戦争中もよく、冗談を言っていたじゃない。悪魔みたいに微笑みながら」
「やめてくれ……あれは戦闘中、無意識で言ってるんだ。黒歴史を思い出させるな」
嫌な癖だ。戦闘中、つい興奮して、かっこつけてつまらない冗談を言ってしまう。
他愛無い話をしていると、料理が運ばれてきた。
「お待たせ、お嬢ちゃん! 当店一番人気の自慢のランチ、森のサンドウィッチ・スペシャルだ! ゆっくり召し上がれ!」
数百年生きてきて、初めての食事だ。ゆっくり味わうとしよう。
次回、食事&ちょいバトル回です。
料理、美味しそうに書けるかな……。