弓月と千沙都と夏の街
作中にある、♪マークから下は、仙道企画その1音源をBGMに世界を書いてます。
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彼女は囚われている。深く深く。
「怖いに捕まっておる。そして愛しいカタツムリの力を取り入れた事により、束の間ソレから開放されたのだ。身体に戻ると、垣間見るソレに、支配されるのを恐れたのだ。だから逃げ出した。このままだと魂は、愛しいカタツムリと混じり合う」
私のカタツムリを取り戻してこい!混ざり込むと、殻が汚れる、私が行ってもいいが、その時は娘の魂は弾けて消える。
「どうする、ユキムラ ユツキ、助けたいのならお前が行け!ソレを使ってな」
パッ!あの時と同じ様に手で掴むと、言われた通りに動く。消えてしまったカタツムリの行方、千沙都の事を想い目を閉じ探る弓月。
どこに?『怖い』につかまってるって?昨日もそう言ってた。助けてって!でも、千沙都はオカルト好きで、スポット巡りする様な奴なんだ、お化け屋敷ではトラップに自分で向かう奴なんだ!何が怖い?なにが……。
思い出せ、思い出せ!小さな事でも、どんな事でも、僕に助けを求めていたのは。
「幼稚園のバスの中と、歩道橋?」
手を差し出し、ハクハクと動く唇は『うきちゃん』ではなく『ゆつき』初めて、ゆつきと唇が動いたあの時!
「歩道橋だ!彼女はきっと!彼処にいる!」
キィン!魔女の空間から戻る音。通いなれた病院の廊下、弓月はなりふり構わず、玄関に向かって走り出した。
「君!廊下は走っちゃダメ!」
看護師の叱責。すみません。心の中で謝り、駆け抜け、階段を、
ダッダッダッダッダッ!キュッキュッ!ダダダダダッ!
猛スピードで走り下りる。君!だめだろ!止まりなさい!静止の言葉を振り切った。
自動ドアが開くのがもどかしく、隙間が開くと身を入れ外にでる。厳しい真夏の日差しが空から降りそそいでいる。
黒いアスファルト、立ち昇る熱気、焼けた空気の匂い。乾いた風は熱を含んでいる。ザワザワ、街路樹が音立てる。
歩道橋だ!あの歩道橋に、きっといる。
♪
「あ!ごめんなさい、すみません」
病院の敷地を出ると、歩道には行き交う人々、その中を縫うように走る弓月、時折軽くぶつかる、謝罪を言いつつ、炎天下の世界を駆け抜ける。
怖かったんだ、怖かったんだ。ちさと、ちさと、ちさと。今行く!
眠っていた彼女、夢を見てても楽しい世界だろうと、自分勝手に思っていた。それが。
あの日を繰り返し、繰り返し、囚われて時を過ごしていたとすれば。
「あ!すみません。急いでます、ごめんなさい」
とん、肩が当たる、並んで歩く二人組、大きく避ける。
「あ?幸村?どうした?おい!」
聞き覚えのある声、江川かな?先を急ぐ。
ごめん、ごめんな、千沙都。僕も今でも怖い、怖い。君の手を取れなかったあの瞬間が怖い、振り向くと見えるんだ。
落ちる君が、君の顔が、動く唇と伸ばした手が!
君は僕を見ていた、僕は君を見ていた。
息が上がる、息が苦しい、痛い痛い痛い。体温が上がったのか頭がフラフラし始めた彼。
今行く!千沙都、千沙都!助ける!
「待ってろ!ちさとぉぉ!」
ハアハア、苦しさを暑さを押し込める様に、彼は彼女の名前を叫んだ。夏のだるい空気に飲まれているような人々が、炎天下を名を連呼しながら走る彼に、好奇の目を送る。
喉がカラカラに乾いている。汗で髪の毛はぐっしょりと濡れ、汗が滴り落ちる。目に入ると痛い、口に入ると塩辛い。
それでも弓月は休むことなく、足を身体を動かし続けた。止まってしまうと、それまでだと感じていたから。
歩道橋にたどり着く、足はガクガクとしている、無理に動かし駆け上る。時間帯のせいなのか、広場にイベントがない平日だからか、ぽっかり誰いないその場所。ふらつく頭で目を配る。
どこ?何処にいる?誰もいない、いない!
「ちさとぉぉ!どこだ?」
「うきちゃん」
「ハァハァ、後ろ?まさかの!クソッ」
振り返えられねぇ!そうだ!
「そこから、動くな!待ってろ、ちさと!ハァハァ、カタツムリ!涙の、大盤振る舞い、してやっから!そこに、居てくれ!頼む、ゼエゼエ」
身体中に、痛みが走っていた。とぎれとぎれにそう言うと、気を抜けば倒れそうになるのを堪える、気力だけで階段を駆け上ると、直ぐにターン、タダダタッ上から降りる弓月。
見下ろす場所には、陽炎をまとった様な朧気な千沙都の姿。
キィン!魔女が動く!二人を包み込む異なるセカイ。
「手を取れ!ユキムラ ユツキ!力を使え!来るぞ!彼女の『怖』が!」
魔女の声、額のポッチ宿る僅かな力、弓月は視えた!彼女の背後から、襲いかかろうとしている大きく黒い手を。
「キャッ!う、ゆきちゃん!」
グン!黒い手が彼女を後ろに引く!あの時の再現、弓月に助けを求めて、手を伸ばし落ちる千沙都。
「ちさとぉぉ!クソっ!」
「ゆつき!助け、て」
落ちてもいい!何度も記憶で、夢の中で、こうしていたらと、日々考えいた行動。身体が自然に反応。
弓月はあの時、寸座で取れなかった千沙都の手首を握った。その勢いのまま落ちる彼。グイっと、かばう様に彼女を引き寄せた。
「怖い、うきちゃん、怖い」
「大丈夫、守る、守るよ!今度は離さない!」
何度もこうやって抱きとめていたら、千沙都の頭を胸に抱えた弓月。
思い出す、思い出す、思い出す千沙都との時間。
幼稚園、ゆつきの名前が言えず、うきちゃんになったら日のこと。
小学校、登下校で牛乳パックに、ストロー差すとブシュって、顔が濡るとボヤいてた日のこと。
中学校、調理実習で作ったクッキーを、満面の笑みでかわいい紙ナプキンに包んで手渡してきた日、どう見ても石コロで、目の前の千沙都の笑顔に騙されて齧ったら、歯が欠けた日のこと。
高校生、周りに囃し立てられ、なんとなく彼氏と彼女になり、でもお互い意識をして、ぎくしゃくしながら、これからを考えてた日のこと。
弓月の中は千沙都の事で満たされた。
何もかも千沙都になる、好きだとか、おいていかないでとか、自身の気持ちは混ざらす、千沙都の事だけで、熱い涙で胸の中がパンパンに膨らみ、一息に涙が溢れ、流れ出す。
黒い手が落ちる二人を掴まえようと、大きく開いて待っている。
トォォォン……、波紋が広がり、彼を包み込む音が消えた。
「あ?え?」
スゥゥ。腕の中が萎んで消える。
ふわり。闇の中で降り立つ弓月。
ポツリ、ポツリ……、無音のセカイに雨が降る。
「ち!ちさとは?何処?どこに?あ?雨、……、雨だ」
ポツン、ポツン……、サァァァ。
「私の愛しいカタツムリ。元の姿に戻った」
力が抜けてへたり込む弓月に艷やかな魔女の声。
「千沙都が、消えた……、僕は何をして、くっウッ、エッ、ちさとぉぉ、消えた?どうして?」
「健やかなる御霊は、その器である身体に帰っただけ。そして、ユキムラ ユツキよ。願いをひとつ叶えてやろう」
キィン!魔女の空間から元の世界へと戻された弓月。歩道橋の階段の途中、そこに座り込んでいた。
ザァァァァ。久方ぶりの雨が降っている街。どろりとした疲れが、ズンと重くおし寄せて来ている弓月。身体中が痛む。魔女の声が耳の中で繰り返している。
早く願いを言え!と。
彼は気力を振り絞り、魔女に願いを言う。
雨脚が細くなる、雲が切れ青い空が顔を見せる。キラキラとした雨上がりの太陽が出てくるのも近い。ミストのような雨粒に、光が当たる。
大きな虹がかかる。それを見上げる事なく。
「千沙都が元気になったらそれでいい」
弓月の願いは魔女へと届いた。