弓月の夕食前のひととき。
あっつ!ジュースでも飲もう。嘘みたいな酷い目にあった。幽体離脱ってなんだよ、カタツムリ置いたのが失敗だったの?わからん。
嫌だ。との言葉でパッと気配を消した千沙都。一気に温度が上がった弓月の肉体。慌ててシャワーを浴び終えると、脱衣場で服を着込んだ。
Tシャツと短パン。ペタペタと廊下を歩き、キッチンに向かった弓月。
「節水制限出てるから、シャワーは、一日一回!分かってるわね。宿題、ちゃんとやってるの?」
「うん」
パート勤務を終えた母親が、夕食の支度をしていた、短く返す。
「ならいいけど、明日も行くの?」
「うん、夏休みだし」
「そう」
終わる会話。飲みきりサイズのペットボトルを冷蔵庫から出すと、手に持ちその場を後にした。
部屋に入ると、ムアッと暑い。汗かくの嫌だな。エアコンを起動させた弓月。持ってきた微炭酸、塩レモン味のソレを、一気に飲み干す。体の中が筋を通すように冷えた。
夕食迄、時間があった。小うるさく言われない様に、山程出された課題に取り掛かった彼。つまらない勉強に没頭をしていると、何時もピリピリ心に刺さり続ける不安が、少し薄れる気がしている。
黙々と読んで数式を解いて、英文、日本語を読んで調べてノートに書き記して……。
ゾクゾク。後ろに気配を感じた彼。チリリとカタツムリが冷たい熱を放つ。シャーペンを握る手に力が入り、芯がポキンと折れた。
「ふぉぉ。ちんぷんかんぷん!うきちゃん!うふふ」
「お前!帰ったんじゃないのか?そんなに長時間、身体を離れていても、大丈夫なのか?
「……、うきちゃんもご存知の通りもうすぐ一年。だから神様が好き勝手しろって、プレゼントタイムくれたのかもしれない……、カタツムリさんありがと」
「帰れ!頼むから、明日も行く、明後日も、さっさと身体に戻って大人しくしていろ!な、なんか良くない気がするんだよ」
カチカチ、カチカチ。動揺を隠すようにシャーペンをノックする彼。机に向かう弓月の肩に顎を置く仕草の彼女。
「好きだよ、かわいいちさと、って言ってくれたら、戻って大人しようかな」
「……、病院で言おうか?」
「うーん、事故からこっち、ザワザワ、ザワザワと耳で音がしてて、クリアに聴こえないから、出来ればこの状態の時に、私を見て、ちゃんと心を込めて言って欲しい」
サラサラと、砂時計が落ちる様な気配を放ち、耳元でハードルが高いセリフを囁く彼女。
「そんな事を言ったら……、会えなくなりそうだから」
身をかたくし、あふれる想いを押し殺し、ポツリと漏らす弓月。
「うふふ、案外ヘタレだったんだ!コレは新たなる発見!しっかり覚えておくことにしよう、でね、うきちゃんに呪いをかけた魔女ってどんなの?」
魔女の事をかいつまんで話していた弓月、千沙都が前に出てくれないかな。淡い希望をいだきながら返事をする。
「あー、うん、醜いから顔を見られたくないとか、あと。人間嫌いなのかな。滅ぼしてやろうとか話してた」
呪い!人間界を滅ぼす!ときめく世界の扉が開いた千沙都。
「イイ!あー!カタツムリさんに、ちょろっと聞いたけど、その呪い解けるの?」
ゾゾゾ!彼女のテンションが上がると放つ冷気もパワーアップ。チリチリとカタツムリも反応を高めた。
……、寒!エアコン、入れたの失敗だった。風邪ひきそう。風邪引いたら病院いけない!それに、今日見舞いに行った時、このペンダント、千沙都の上に置いたの、ヤバかったかも。
「わからない、そういや聞いてないや」
「もう!そういうところ、うきちゃんなのよね!魔女かぁ、憧れちゃう!」
ウキウキワクワクな声が、弓月の耳元で跳ねる。前と変わらぬ、明るい千沙都の声が。