弓月と眠り姫の千沙都
夏休みの間はいい。そう言われた弓月は、奇想天外な話を聞かせようと、翌日だるく鳴いている蝉しぐれを聞きながら、トボトボ歩き病院にたどり着いた。
「暑かったでしょ。ありがとね、そうそう、これ飲んで頂戴、おばさんちょっと用事を済ましてきたいから、その間お願いね」
スポーツドリンクを手渡された弓月。冷え過ぎぬ程度の空調は、スゥゥとしたヒエヒエな涼しさは感じない。三人部屋、カーテンが引かれた向こう側には、同じく寝ているばかりの高齢の女性、入り口側の隣のベットは空。
「起きてる?千沙都、そうやってたら、眠り姫みたいだよな、きっといい夢見てるんだろうな」
丸い椅子をカタンと動かし座った。
――、声は聞こえてるって、看護婦さんに言われたんだ。あ、何時もここから始まるな。窓際で良かったよな、ほら。晴れだよ、今日も。
外さ、すっごい暑いんだ。どこもここもカラカラだよ。水、断水している時間があるんだぜ、その間はトイレはお預けだ。お風呂から運ぶのは、めんどくさいし、廊下濡らしたら怒られるし。
この前、本屋に行こうとしていたら、江川に呼び止められてさ。覚えてる?何回か、会ったことあるよな。アイツが僕らの関係をさ、付き合ってるな!って茶化して。噂がパッと広がったんだっけ。
何の話だったかな。ああ、そうそう。江川にさぁ、彼女が出来たんだ。それでこの前買い物に行ったんだって、浴衣を選びに付いていったって、話してた。
女って何で同じ様な事聞くの?。あるあるなの?千沙都もそうだったし。大体、浴衣の色どっち?なんてさっぱりわからない。好きな方選んだらいいだけだろ?
どっちでもって言ったら怒られたってさ、アハハ、そこは『白地』だよなぁ。千沙都にも言ったよな。お前絶対!カキ氷とかジュースこぼすだろ?小さい頃から、紙コップのジュース飲むの下手くそだもん。
男の夢とロマンを教えておいた、ギャー!うきちゃん変態とか言うなよな。
キュッ。カシリ。シュッ。ペットボトルの蓋を開けてひとくち。
――、おばさんにさ、来るのは、夏休みで終わりにしてねって、昨日さ、言われたんだ。三年生だろ、進路とかあるし、心配してくれたんだ。ふぐ……。
胸がいっぱいになり、ポロポロ涙がこぼれた弓月。布団の上に出されている、白い手をそろりと両手で握りしめ、己の頬に当てる。
――、ほら。お前が意地悪するから泣いてるし。分かる?分かる?わかっていて知らん顔して、寝たフリしてるんだろ?お前、悪いやつだよな、男を泣かすなんてすっげぇ悪女じゃん。姫じゃなく魔女なんじゃね?
それでさ、帰り道、気がついたらあそこに行ってたんだ。嫌な場所だけど、気がついたら行ってる。あそこ何かあんのかな。そうだ!あそこでさ、とんでもないのに出会ったんだ。
千沙都、そういうの大好きじゃん、お化け屋敷だって率先して入るし、僕は怖いから嫌いなのに。大変なんだ、叫びそうになるの我慢するの。周りのお客さんって、女の子がキャーキャー言ってるだろ。
あ。なんだっけ。そうそう、歩道でさ、ぼーとしていたら。キィン!金属バットでホームラン打ったみたいな音してさ。急に辺りが真っ暗になって。
魔女に出会ったんだ。醜女だから見るなって、人間は信じられないから、振り向かない呪い?みたいなのかけられて、嘘だろって思ってたけど、家で呼ばれた時、振り向こうとしてもダメだった。
うん、別にいいんだ。あの日から振り返るの怖いから。千沙都の手が見えるんだ、千沙都の顔が見えるんだ。千沙都のあの日の事が……。ふぐ。
片手を離すと、ポロポロ滴り落ちる涙を拭う。
――、やっぱりお前、悪女度アップしてる、こんなに泣き虫じゃなかったよ。最近すぐ泣くのは千沙都のせいだ。それでさ、なんだっけ、そうそう、その醜女の魔女に、コレを預かったんだ。
離した手で、ゴソゴソとペンダントに姿を変えている、カタツムリを首からぞろりと外した。銀色の長いチェーン、トップにコロンとした、渦巻き模様の石がひとつ。
肌身離さず。その約束をうっかり忘れてしまった弓月。それを眠る千沙都の胸の上に、チャリチャリと置いた。
これ、カタツムリなんだって、僕が見たときは丸っこい石がふわふわ浮いていた。これをさ、僕の涙で濡らして復活させろって……、言われたんだけど。
「おかしいよな、嘘だったのかな。こんなに泣いてるのに、ちっとも変わってない」
ポロポロ。涙が頬を伝う弓月。
静かな部屋で、彼がスンスン、鼻を啜る音だけが流れていた。





