弓月の夏
シャンシャン、シャンシャン、シャンシャン、シャンシャン、エンドレスモードのクマゼミ、ブロロロ、ロロロ、行き交う車の走行音。
「おーい、おーい!あ!すみません、おい!幸村!弓月!てか、普通、声かかったら直ぐに振り向くだろ!」
ザワザワ、行き交う人々、歩道の雑踏の中を縫うように走ったひとりが、声に気が付き立ち止まっていた相手の肩に、もたれかかる様に手を置いた。
「ふい、アッチ、ハァァ、幸村だった、良かったぁ」
「江川か。何か用?暑いよな」
「フィー、雨降ってくんねえかな。頼むから呼びかけられたら、振り向く事ぐらいしてくれ、間違えたかと心配になるんだよ」
並んで歩き出した二人。
「……、でさ。彼女が浴衣を買うって言うから、この前の日曜日、ついていったんだよ」
「どっちがいい?て聞かれたんだ」
「おお!そうなんだ、白地と藍色な!お前ならどっちを選ぶ?面倒くさくなって、どっちでもいいと言ったら、怒られたんだ」
「あるあるだな。俄然、白地」
「へえ、どうして?」
「飲み物こぼしたらきっと胸元、透けると思うんだ」
「えええ!エロかよ!そういや、ち、……、あー、なんでもなーい、ゴメン!じゃ、待ちあわせなんだ。まっ!元気出せよな、高校最後の夏休みだし、色々忙しいけど、また遊ぼうぜ!」
ゴニョゴニョ。話したい事を誤魔化した江川、目的地についたとあたふたとしながら、ショップビルの中へと消えていった。
……、気を使わなくてもいいのに、嫌になる。それに、あの時、あの時。直ぐに振り返らなかったのに、こんな何でもない時に、どうして後ろを気にしなきゃならないんだ。
振り返ると弓月の目の前に現れる、あの時の残像。
シャンシャン、シャンシャン、シャンシャン、シャンシャン、エンドレスモードのクマゼミ、ブロロロ、ロロロ、行き交う車の走行音。
「……、あつ。本屋、来るんじゃなかった」
だるだると歩く彼の足元には丸い影法師。上から燦々と太陽の鋭利な刃物の様な光、むき出しの腕や首筋に刺さる。
青い空には雲ひとつ無い。