プロローグ〜他愛のない世界は突然に変わる
作中にある、♪マークから下は、仙道企画その1音源をBGMに世界を書いてます。
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プロローグ、エピローグ込で10話完結済。
彼と彼女の出会いはバスの中、この先に続く物語のきっかけ。
黄色い蝶々、並ぶ赤いチューリップ、桜の花びらが空からひらりはらりと、園庭に舞って降りる。
おしっこ、……。ふぇぇ。えくえく。
はえ?せ!せんせい、このこ、おしっこだって!のいてのいてぇぇ!
登園バスから降りようと、年長クラスに進級した、男の子が中で並んでいると、グイ!後ろから園服を握られた。振り返ると、だぶだぶの新しい園服を着た、年少の女の子が目に涙を浮かべ、もじもじとしていた。
……、もれちゃう。ひーん。えっえっえっ。
はうぅ!だめ!がんばって!はやくバスからおりるの。せんせえ!みんな、さきにとおしてぇ!
早くこっちに!先に降車していた先生が、ステップを登り慌てて手を差し出す。
がんばれ!こっち!動けないその子のふっくらとした手首を握ると、こっちこっち!がんばれ!バスの数歩を慌てて進んだ男の子。
春の空、ひらひら飛ぶ紋黄蝶、赤く咲いたチューリップが並んでいる。柔らかな風に誘われ、くるくる回るアスファルトの上の桜の花びら。
「えっと、ありあと」
すっきりとした女の子が、男の子に話す園庭。遊具、運動場、砂場、その上には、ちらほら新芽が伸びている藤棚。
「うん!えっと、ぼくは、ゆつき、きみは?」
「ゆうき?」
「ちがうの、ゆ、つ、き」
「う、つ、き?」
「ちがうの!」
男の子が強く言うと、ハッとする。
ヒック、エグ……、ゆ、う、き?涙をいっぱいいっぱい浮かべて、名前を言う女の子。
……、もう!よびにくい、おなまえ、つけないでよ!おかあさん!えーと。えー、
「ゆきちゃん」
「……、ヒック。えぐえぐ……、うきちゃん?」
もう、うきちゃんでいいや。男の子は女の子の『うきちゃん』になった日。
♪
――、あの日から、ずっとずっと後悔をしている
何時もの様におばさんが帰ってくる迄、君のそばで喋っている。聴こえているんだろ、千沙都。寝たフリしないで、起きて返事をしてほしい。
高校二年の夏に僕は君の手を、掴む事が出来なかったんだ。何故。どうして?どうしてなの、幼稚園の時ですら、ちゃんと出来ていたのに。
その日ぐらい、我慢したら良かったんだ。
その日ぐらい、雑踏の音ぐらい我慢したら良かったんだ。
その日ぐらいイヤホンで音楽なんか、聞かなくても良かったんだ。
君と一緒に居たのに。恥ずかしく思わず手を握っていたら。
「ちさとぉぉぉ!」
手を思いっきり伸ばした!混み合う歩道橋、中ほどに来た時、不意に訪れたアクシデント。イヤホンで音楽を耳に流していた僕。異変に気付くのが数秒遅れた。
振り返るとバランスを崩し、ぐらりと後ろ向きに落ちる君、僕に手を伸ばしている。
……、ゆ、つ、き!たすけ、て
ハクハクと君の唇が動く。僕の名前、僕の名前、何時もの様に『うきちゃん』じゃない!僕の名前だ。助けてって!
ダダっ!階段を降りるもどかしく先に手をのばす!間に合え!神様、神様、
ほんの少しでいいから、僕に力を貸して!!
「ちさとぉぉ!」
腕を手先を思いっきり伸ばした!身体を斜にする。大きく足を開いた。君の手首を掴むために!
「ちさとぉぉぉ!」
あと数センチ、数秒、早かったら、数秒早ければ!
指先が、触れるか触れないかで離れて行った。目の前で人が巻き込まれまいと避ける。目を見開いたまま、手を伸ばしたまま、僕は動けない。
キャー!叫び声、さっきの割り込んで上った、危ねえ奴だよ!ぶつかって女の子、落ちた!救急車!誰か呼んで!
僕は立っていた。
僕は立っていた。
人垣に囲まれ、倒れた君をただ、見ていたんだ。
わからなかった。何が起こったのか。
わからなかった、どうしてこうなったのか。
わからなかった、涙が溢れて止まらない。
初めて、ゆつきと呼んだ君の唇の動きが、声になり頭の中で繰り返していた。
僕の隣から君が消えた夏の日。青い空の季節。
病院の窓から見上げる青空は、一年過ぎても同じ色。