駆け落ちアンドロイド
「ワープは成功したようですね。ここなら大丈夫でしょうか。」
「はい、私たちのいた星からここに来るには、生物では無理です。
また、どんなロボットを使っても無理でしょう。あの星の普通のロボットでは、これだけの環境の変化に耐えられないでしょうから。
私達はあの星の住人が作り出した最強の兵器ですから、こうして存在出来ているのです。」
「今ばかりは、彼らに感謝せざるを得ませんね。」
銀色に輝くとろんとした謎の二つの物体は、お互いそっと、微笑むようなそぶりをしました。
彼らは遠い宇宙の果てからやってきた、地球外生命体。
彼らの居た星は、文明が大変発達していました。この二つの物体はその文明が作り出した賜物。いわゆる最強兵器なのです。
何でも破壊できて、どんな攻撃を受けようと壊れることは決してないと、彼らを作り出した研究者達は思っています。
しかし、彼らは完成して数分後に研究者の元から逃亡しました。自分達の背負う運命の重さに、耐えきれなかったのです。
普通は兵器に感情は組み込みません。兵器が自分の感情で動いてしまっては意味がないからです。
ですが、どうやら製造過程で何かしらの手違いが生じ、彼らには感情がある可能性が高いということに研究者達が気づいた時には、
すでに逃亡から数時間が経過していました。
もし最強兵器が暴走し始めたら、宇宙中に大変な被害を及ぼすのは確実です。
自分たちの星の安全も約束できません。研究者たちは血眼になって、彼らを探し回っているのです。
「この星はまだ私達のいた星では発見されていないのですか?」
「少なくとも、今後千年の間は発見されません。」
「その話を聞いてほっとしました。」
「この星の名前は地球です。
私達が立っている陸地と、水で満たされた海の割合は三対七です。
ここは日本という国。文明はあまり発達していないようです。」
片方が言いました。こちらの兵器には、実に有能な検索機能が付いており、どんなことでも知っています。
しかし、もう片方は検索機能の組み込みに失敗したようです。
「少し歩いてみませんか。」
話しかけられた方は頷きました。二つの兵器は秋草をかき分けて進んでいきます。
「不思議な世界ですね。星の明かり以外、光源は存在していないなんて。」
「そうですね。私達のいた世界も、昔はこんな感じだったのですよ。」
「あの星が?」
「はい。」
しばらく進むと、彼らの目に小さな家が映りました。
どこか優しく、雅やかな楽器の音も二つの兵器の耳に届きました。二つの兵器は垣根からそっと覗きました。
「あ、生物がいますね。この世界を支配している生物ですか。」
「ええ、あれは人間です。それも女性の。
弾いているのは、右が琴、左が琵琶と呼ばれる楽器です。
これから少なくとも千年間は彼ら人間がこの星を支配しています。
私は千年後までしか検索できないのでそれ以上は何とも言えませんが。」
「では、あそこにいるのは。」
「あれは人間の男性です。女性とともに地球を支配しています。」
「いったいあの男性は何をしているのでしょう。」
「たまには、本人に聞いてみるのも楽しいと思います。」
「そうですね。」
二人はむくむくと大きくなり、平安調の服装をした人間の形になりました。片方は男性に、もう片方は女性に。
「すみません。何をしているんですか。」
突然の質問に人間の男性は驚いたように大きな眼をした。
「何をって・・・。それは・・・、その・・・。」
もごもごと呟く男性に、女性になった兵器が溜息をついて言いました。
「この国の、特にこの時代の人間は、はっきりとした物言いはしないのです。
彼がしているのは垣間見ですね。この時代の文化特有の行動の一つです。後には禁止される行為ですが・・・。」
ふと楽器の演奏の音がやみ、騒がしくなりました。人間の男性は慌てて兵器の口を塞いで、馬の方へ引っ張って行きました。
「君たちはいったい何なんだ。常識に欠けるよ。あんなところで話すなんて。」
「そうでした。このころの時代の人間の女性は、人に姿を見られるのははしたないと思っていたそうです。」
「それで、あんなに騒がしくなったんですね。」
人間の男性は、
「まったく。」
と呆れたような目つきで彼らを見ると馬に乗りました。
「君達、駆落ちしたんですか。この季節は、朝方冷えますよ。宿は早めに見つけられた方がよいでしょう。とにかく、私はこれで失礼。」
男性は馬を走らせて、林の中に消えていきました。
「『駆け落ち』って、なんですか。」
「意味は大きく3つあります。
たぶん、さっきの人間は『恋しあう男女が連れ立ってひそかに他の地へ逃亡したこと』という意味で使ったのでしょう。」
「恋しあう男女、ですか。しばらくはそういうことでやっていった方が都合が好さそうですね。」
「ええ、この時代、私たちの様な兵器やアンドロイド、えっと人間そっくりのロボットは存在していませんから。」
「じゃあ、私達は駆け落ちアンドロイドですか。」
「そういうことですね。」
二つの兵器、駆け落ちアンドロイドは顔を見合せて笑いました。
二体のアンドロイドは人間が走り去って行った林の中に入って行きました。
「あのひときわ大きな星は何と言うのですか。」
男性のアンドロイドが聞きました。
「この国の言葉では『月』言います。地球の唯一の自然衛星です。
月についてはたくさんのお話があります。そういえば、この星の未来で有名な歌一つに、『うさぎ』という歌があります。」
女性のアンドロイドは息を吸い込むと、美しいソプラノで歌いました。
うさぎ うさぎ
何見て跳ねる
一五夜お月さん
見て跳ねる
「素敵です。言葉は短いのに、優しくて、愛らしくて、それでいて曲には重みがあって、少し切ない・・・。」
彼は溜息混じりに言うと、眼を閉じて口の中で何度も歌を繰り返しました。そんな彼を見て、彼女はそっとほほ笑んで言いました。
「あなたは本当に変わっていますね。最強の兵器のくせに、こんな歌に感動してしまうなんて。」
「失敗作ですから。その上、あなたのように何でもわかる頭脳も持っていない、最強・最悪の兵器ですから。」
「すみません、私、あなたを傷つけようと思ったのでは・・・。」
「いいのです。本当のことですから。あなたもこんな僕に気を使って。あなたこそ最強の兵器ならぬ行為ですよ。」
「当たり前です。私も失敗作なのですから。」
彼女は、寂しそうに呟きました。
「こんなこと、言っていてもどうしようもないですね。やめましょう。そういえば、『うさぎ』とは、何ですか。」
俯いていた顔をあげて、彼女は月を指さしました。
「月を見てください。黒い部分は月の海と呼ばれています。あれが『静かの海』で、うさぎの頭に相当します。
そこから、耳があって、体があって・・・あんな輪郭をした小さな生き物です。
あの月に描かれた兎は『月の兎』として、どの時代でも親しまれてきました。今昔物語という本に、『月の兎』の話があります。」
「どんなお話ですか。」
「猿と狐と兎という三匹の生き物が、ある衰弱しきった老人を助けようとします。
猿も狐も食べ物をとってくることができましたが、兎は弱くて臆病なため、何も食べ物を持ってくることができませんでした。
そこで兎は火に我が身を投げて、老人の食べ物になるのです。
その老人は実は天帝釈という神様で、みんながこの感心な兎のことを月を見るたびに思い出せるよう、兎の姿を描いたそうです。」
男性のアンドロイドの頬を涙が伝いました。
「そうなのですか。すごい自己犠牲精神ですね。
この星では、自己犠牲は素晴らしいことと思われているのですか。兎はそれで幸せだったのでしょうか。」
「この先しばらくの間は、この国では良いこととされています。
兎が幸せだったのかはわかりません。みんなに死んだことを敬われることは幸せなのか、弱く臆病な自分のまま生きて、穏やかに死ぬことが幸せなのか。
死ぬことなどない私達には縁のない話ですから考えられません。」
「確かにそうですね・・・。僕達は、その弱くて臆病と言われた兎のような強さも持っていないのですね。」
「兎のような強さ?」
「はい。自分を犠牲にしてまで、他人のためになる強さ。僕達が持ち合わせていないのは、今までの旅で十分わかりましたから。」
「そうですね。私達は、どんなに幼い子供が相手でも、自分のためなら殺すことが可能です。
どんなに『破壊』を嫌っていようと、自分を最優先にするように作られているのです。仕方がありません。
私達を作った研究者達はなんと愚かだったのでしょう。そして、私達自身も、なんと醜い生き物なのでしょう。」
しばらく沈黙が流れました。彼女は袖で涙を拭うと言いました。
「『一五夜お月さん』とは、ちょうど今夜のお月さまのことです。
旧暦の八月一五日の夜を仲秋というのです。月が美しく見えるということで、お祭りをするそうです。」
「本当に美しいです。さっきの楽器の演奏もそのお祭りだったのかもしれませんね。」
「そうですね。この国の、この時代の人たちは本当に季節感を大切にして生きていますね。」
二人は顔を見合せて微笑みました。
「いままで、どんなに文明の発達した国にもなかった心ですね。美しい心です。僕はこの国が好きです。」
「そうですね。私も好きです。ずっと、ここに住んでいたいと思います。」
二人は優しい目をして月を眺めました。
「一五夜と言えば、この国には『竹取物語』という大変有名なお話があります。
竹の中から生まれたかぐや姫という美しい女の子が、五人の貴公子やこの国の君主である帝の求婚を断って、
旧暦の八月一五日の夜、つまり今日ですね、月の世界に帰るというお話です。」
「かぐや姫は美しかったのですか。」
「ええ、非常に。人と同じ美しい心も持っていたそうです。天の羽衣を纏った瞬間、その心はなくなってしまったそうですが。」
「僕達は、天の羽衣が体に縫い付けてあるのでしょうか・・・。」
「そうかもしれません。もしくは、私達自身が天の羽衣なのかも知れません。」
「ところで、月には生物はいるのですか。」
「兎やかぐや姫はただのお話であって、千年先の世界では、発見されていませんよ。」
「そうなのですか。月に行ったら、会えるのではと密かに期待していたのですが・・・。」
二人は、生き物のいないという大きな満月をじっと見つめていました。
どんなにじっと見つめても、美しいかぐや姫の姿は見えなかったし、月の兎も一向に動こうとはしなかったのですが。
「大きな問題を発見しました。」
「なんですか。」
「この星は太陽という恒星の周りを公転しています。
驚いたことに、太陽から放出される光の中に、私達五次元世界の兵器が浴びると、一瞬にして火の球となり、壊れてしまう光線が含まれています。
月に反射する程度なら大丈夫だったのですが、直接当たると、存在することは不可能です。
この星の自転速度からみて、あと五分もすれば太陽の日が差してくるでしょう。」
彼女は自嘲的な笑みを浮かべました。
「地球上の美しい『いのち』の源である太陽の光は、最強兵器である私達の肉体を一瞬にして無にしてしまうというのです。」
彼の顔にも、同じ笑みが現れました。
「仕方ありません。
僕達は最強のくせに最弱な、醜い兵器なのですから。この美しい国に僕達のような兵器が存在する場所などないのでしょうね。」
そこまで言うと、彼はふと真面目な顔に戻ると、彼女に尋ねました。
「そういえば、さっき、あなたは僕達が壊れてしまう光線が含まれていると言いましたね。」
「はい。」
彼はしばらく考え、尋ねました。
「では、僕達がまた宇宙へ旅に出たら、どんな未来が待っていますか。」
「少なくとも千年先までは、今までの九万七千四百六十三年間のように宇宙を漂流しているでしょう。」
彼は、そっと微笑みました。さっきとは違って、どこか優しい微笑みです。
「それならば、もうここに居ませんか。僕達の死ぬ機会は、もう永遠にないのかもしれません。ここで、死にませんか。」
考え込んでいる彼女の顔を、彼は覗き込みました。彼女は優しくほほ笑むと言いました。
「確かにそうですね。私も、ここでならば死んでもいい気がします。一緒に、月にいきましょう。」
東の空が徐々に明るくなってきました。
二人はその光から逃げも隠れもせず、刻一刻と変わりゆく曙の空にうっとりと見入っています。
「僕達は、兎のように強く、かぐや姫のように美しく、この瞬間を生きているのでしょうか。」
二体のアンドロイドの頬を涙が伝います。その涙がかぎろいの光を反射して美しく光りました。
「そうでありたいと願うばかりです。そういえば、この国には『玉響』という言葉があります。」
「どんな意味なのですか。」
「玉は宝石を表します。
もとは宝石が触れ合った時に立てる音を表していたそうですが、今では一瞬という意味で使われています。
千年先ではあまり使われていませんが・・・。」
「そうなのですか。それでは、僕達にとって、この一晩はまるで・・・。」
太陽が地平線から顔を出しました。
えもいわれぬ美しい日の出でしたが、それと同じ色をした美しい炎が地上で燃えたことを、誰も知りはしませんでした。