8.魔王とモンスターと私
心が落ち着いてきたころ、ラディアから「準備が整いました。一階の食卓へお越しください」と声がかかった。服の乱れなどを直して、向かう。元からゆるゆるに乱れているとも言えなくはない。
「失礼します」
「待たせてすまない。どうぞ、こちらに」
先ほどの土塗れな服装とは違い、貴族らしい衣服に身を包んだブリアンさんが、大きなテーブルの中央に座っていた。
高校の教室より少し大きいぐらいの広間は、長方形の大きな机や申し訳程度の花瓶以外には何もなく、いたってシンプルな内装だ。
その端に、目立たないようにラディアが控えている。
私は促されるままにブリアンさんの正面にある椅子へと腰を下ろした。
「先ほどはお見苦しい姿をお見せいたしましたな」
「あ、いえ。領主なのに畑仕事などもされるのですね」
ブリアンさんは、ラディアに目配せをして、
「メイヤーは」
「現在は事務作業に」
頷くと、安心したように笑った。
「ああ、巡回をしていたら、畑の持ち主に手伝ってくれと言われたもので。民からのお願いを聞き入れるのは領主の務めだからな、ははは」
「メ、メイヤー様にバレたらあたしまでとばっちりを受けてしまいます。その程度に」
「う、すまない。ラディアには感謝している。こないだもメイヤーにバレないように工作を手伝ってもら――」
「ブリアン様?」
「よし、それじゃあ本題に入ろうか!」
余罪が出てきそうになり、ラディアの言葉が鋭さを帯びる。ブリアンさんはこれ以上の墓穴は掘るまいと、やや投げっぱちなテンションでテーブルに地図を広げた。
「さて、由佳殿はニホンからいらしたということで、この大陸、この街に関しては明るくないとお見受けする。まずは簡単な話をさせてもらおう。少々長くなるが、聞いてほしい」
ラディアが、私とブリアンさんの手元に茶菓子らしきものを置いた。長くなるからそれをつまんでろと。なんて気が利くコなの。
「まずはこの大陸は、中央に王都を置いた中央集権体制だ。それぞれの方角に大小様々な城や街が点在して、王都への行き来をしている。ちなみにここオルニックは、王都からは南に位置する」
「補足をいたしますと、王都より北側には雲まで伸びる山脈があり、その向こうは魔族が多く住むエリア――魔界となっています」
魔族、って悪魔だとか魔王だとか、そういうやつかな。
「ってことは、南側であるここ周辺は、割と平和な場所だったりするんですか?」
質問をする私に、ブリアンさんはニカッと笑った。
「いいところに気づいた。その通りだ。まず、モンスターの発生は、魔力の素『魔素』を媒介としている」
「魔素……」
「その魔素自体は自然界に溢れているため、モンスターは基本的にどこでも発生する。平時なら出現数もたかがしれていて、街の自警団で対応できる程度だ。この辺は特に凶暴なモンスターも少ない」
平時なら、とわざわざつけるってことは。
「いまは平時ではない、と?」
ブリアンさんは、神妙な面持ちで、ゆっくりと口を開いた。
「ひと月ほど前、魔王が復活の兆しを見せている、という報せが入った」
ラディアは、ブリアンさんの目配せに小さく頷いて、補足を入れる。
「ま、魔王の強大な魔力から、その影響は大陸全土に及びます。中でも深刻なのが魔素の活性化です。北はもちろん、南側であるここオルニック周辺でも、モンスターの数や力が、今までよりも強大になっているんです」
ブリアンさんは肩を落とした。
「最大の問題は……北側の防衛線を維持するため、王は地方の街に徴兵と徴収を課したという点だ。働き手は防衛線構築のために遠征をし、街の財源を大幅に持っていかれる、ということだな」
いつもならなんとかなっていたモンスターの対処も、魔王の復活によって過剰なほど増えてしまったために手をこまねいている。だというのに街から人やお金を持っていかれてしまうというのは、対処する人間もおらず、雇うためのお金も用意できない。このままでは街が危険にさらされる、というわけか。
「だが、そんなタイミングで、言い伝えにも記される伝説の国・ニホンからの来訪者が現れた。ぜひとも、お力添えをいただけないだろうか」
「私、ですよね?」
「そうだとも」
「……戦ったこととか、ないんですけど」
「由佳殿ならば、心配など必要なかろう! 幸い、ここは低レベルのモンスターばかり。物足りないくらいだ」
なにその根拠。何をもって大丈夫だと言うんだろう。エビデンスをくださいエビデンス。
どうでもいいけどエビデンスって、エビがダンスしてるところをネイティヴに言ってみた、みたいな雰囲気あるよね。いやほんとにどうでもいいけどさ。
「考える時間も必要だろう。今すぐお返事をいただく必要はない。今日はここに泊まって、一晩考えてほしい」
「ご厚意、感謝します」
さーて、どうしたものだろうか。
「ラディア、屋敷の案内を済ませたら、食事の準備を頼んだよ」
「承知いたしました、ブリアン様。由佳さん、ご案内いたします」
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