6.領主ブリアン・オルニック
建物を中心に置いて、その周りを円を描くように囲むのは、高さ一メートルほどのレンガだ。
外壁、いや、城壁のようなものだろうか。大人であれば飛び越えられる程度で、高くもないが低くもない。
「なんでこの高さなの?」
「この周辺の魔物は体躯自体が大きくないので、これぐらいの高さがあれば侵入されないんです。それに、」
「それに?」
「じ、人件費や材料費が」
「…………」
ふっ、と暗い陰が彼女の顔に落ちた。人件費や材料費……人件費、材料費……原価率、客単価……利益率……あばばば。
「ゆ、由佳さん! 顔がすごいことになってますよ!」
「おっとごめん、思い出したくないことを思い出しそうになってた」
ラディア、そんなに悲しい目で私を見ないでおくれ。ただのトラウマだから。
街の中は、いたってのどかなものだった。建造物は現代に近い。ヨーロッパ風のレンガ造りから、コンクリの建物まで。どれも平屋から、大きいもので二階建てだ。その雰囲気は例えるなら駅前はそこそこ栄えている街、といったぐらいの印象だ。
「のどかだねえ」
「そ、そうですね、何もない、とも言い換えられますが。現在は約三千人ほどが住んでます」
「三千人……」
ぱっとでてこないけど、私の通っていた高校は全学年を合わせて千人というところだった。三千人というと、学校三つ分くらい? なんだかパッと思いつかない数字だなあ。
通りを進んでいると、視界の先に一際大きな洋館が見えた。あそこだけ、周りに比べてサイズが違う。遠目にもお偉いさんのお家だというのがわかる。
「あれが、ブリアン様のお屋敷です」
これから、私はこの街の領主と会う。そのことを、いまさらながら思い出す。まるで面接に向かう気分だった。まだ、とてもじゃないが就職できるメンタルにまで回復していない。脂汗がじとり。
「ねぇ、ラディア。ブリアンさんって、どんなひとなの?」
探りを入れてみると、ラディアはあごに人差し指を当てて考える。可愛い。
「そう、ですね。ブリアン様は、とても大きなお方です。御心も、お身体も」
「お身体も……」
大男が苦手な私はたじろぐ。職場の社長が筋骨隆々の大男だったせいだ。思い返せば表稼業とは思えない見た目をしていた。
物理的にも精神的にも圧がすごくて、例えは分かりにくいかもしれないけれど、話していても、笑っていても、生殺与奪の権をがっつりと握られている、そんな気分になる。
ということもあって、さらにブリアンさんに会うのが及び腰になってしまった。
「ゆ、由佳さん? お尻を突き出してどうされたんですか?」
「ちょっと、緊張して――――お?」
お尻を突き出した及び腰ポーズのまま一歩下がると、私の身体が日蔭に隠れた。おや、遮蔽物なんてあっただろうか。
「緊張などしなくて良い。客人よ」
「あひょえっ!」
耳元でドスの利いた声がして、日蔭が大男の影だと理解した瞬間、私はコントばりに驚いて飛びのいた。
「はっはっは。すまない、驚かせてしまったようだ」
肩にかけた鍬がおもちゃと見まがうほどの巨躯。白いシャツと作務衣の姿は、畑を耕してきた帰りなのだろう。所々に土が付着していた。そして何より、その身体からはもはや浮いてさえ見える爽やかなおじさまスマイル。出てくるゲームを間違えたのではないかというナイスガイ。
「ブ、ブリアン様、お召し物が土塗れに……また畑のお手伝いに行かれたのですか!」
ラディアが駆け寄り、洋服を手で叩いて土を落としていく。
その様子を見ながら、ラディアの発言をかみ砕く。ブリアン様って言ったよね。まさか、この人が、領主の?
「ラディア、これは、そうだ、街に問題や異変がないかを確認して回っていたところでだな」
「またあんまり勝手なことをされますと、またメイヤー様に叱られますよ? また地下倉庫に幽閉されてもいいんですか!」
めっちゃ「また」連呼するやん……。しかしラディアさん? ブリアン様、ってことは、領主さまだよね? つまり社長……というか、雇い主だよね? そんな態度でいいのだろうか。おそるおそるブリアンさんの様子を窺う。
「はっはっは。次からは気をつける。気をつける。本当だとも。だから、見逃してくれないか?」
話し方以外、威厳が感じられない。いたずらを見つかった子供ではないか。なんだこのやり取りは。これが雇用者と被雇用者のやり取りだっていうの? 立場逆転してない? 実はラディアが社長で、ブリアンさんが従者とかじゃないよね?
「ゆ、由佳さん。お見苦しいところをお見せしてしまいました。こちらが、この街の領主オルニック・ブリアン様です」
「ただいま紹介に預かった、ブリアン・オルニックだ。ブリアンと気軽に呼んでくれ」
「あ、は、はい。よろしくお願いします」
握手を交わす。手、でかーーー。私の手が赤ちゃんにしか見えない。こんな手でビンタされたら一発で絶命する。間違いない。
「ブリアン様、こちらはニホンよりお越しいただいた最上由佳さんです。依頼をぜひともお受けしたいと」
「ほぉ、かの東国ニホンから。なんとも頼もしい。ぜひお屋敷へ。汗を流して来ますので、しばしお待ちくだされ。ラディア、案内を頼んだぞ」
「仰せのままに」
「では由佳殿、のちほど」
そう言って、ブリアンさんは屋敷へと大股で戻っていった。
その姿を、会釈しながら見送ったラディアは、私の視線に気づいて顔を上げた。
「それでは由佳さん、まいりま」
「ていっ」
「いたいっ」
とりあえずチョップした。
「なっ、なんですかなにがあったんですかっ?」
両手でほっぺをつかむ。ぷに。や、やわらかい。じゃなくて。
「いきなりボスとエンカウントして、私が行動不能状態になったのをいいことに話も聞いてない契約を結ばせようとしていたのはどこのメイドかな~?」
「すっ、すみまひぇんすみまひぇん! でもボスなどではなくて、ブリアンさまです~!」
なんか可愛いからもう少しこのもち肌を堪能しておこう。それぐらいの権利はあるだろう。いや、ある! もちもちもちもちもちもちもち。
「は、はなひてください~! 無言でほっぺつまむのやめてくだひゃい~っ!」
もちもちもちもちもちもちもちもちもちもちもち。
「ゆ、由佳さーーーーん!」
閲覧ありがとうございます。
美少女のもち肌を堪能したいです。