5.始まりの街オルニックは財政難
街へと向かう道中で、私はラディアに質問をミルフィーユばりに重ねた。快く答えてくれたラディアには感謝だ。彼女からもらった情報をまとめると、いくつかのことがわかってきた。
まず、私が目覚めた場所は、ラディアの街オルニックから数キロほど南へ位置する森だった。
果物や水資源があり、モンスターの群生地でもあること。広大な面積を誇るため迷い込むと危険だが、基本的には低レベルのモンスターしかいない。
裏を返せば、冒険者にとって旨味が特にない場所のため、ここ近隣一帯は冒険者が不在である。そりゃ、レベ上げするならもっと効率よくするよね。
しかし、最近は魔王が復活したとの噂が流れているらしく、その影響でモンスターの数が増加、森では飽き足らず街の周辺にまで出没する状態なのだという。
オルニック周辺の魔物は武器を持った大人でもそれなりに倒せるほどの低レベルモンスターばかりで、個体は先ほどのエリンギ――なんだっけ、あー、そうそう、ゴーストキノコ――のように、それほど脅威ではないようだけど、数が集まると話は変わってくる。
先ほどの鳩尾タックルを思い出して、思わずお腹をさする。スライムの動きも、私の身動きを封じるためのものだった。つまり、連携しているのだ。あれが大群で押し寄せて来たら、低レベだろうと笑えない。
冒険者を雇おうにも、報酬をたくさんは出せない。冒険者側からすれば、疲れるだけ疲れて実入りは少ないということだ。それじゃ、誰も引き受けようとはしない。
そういう経緯もあって、屋敷のメイドたちが持ち回りで巡回に赴いている、ということだった。ちなみに、ラディアは今年で十六歳だという。この若さでしっかりしてるねえ。
「襲われている由佳さんを見た時は目を疑いましたよ」
「仕方ないよ。初めて見る生き物だし、私、戦ったことないし」
「いえ、そうではなくて……その、なんというか、食べるのに困ってゴーストキノコを捕まえようとしている人だとばかり……」
「えっ、アレって食べられるの?」
毒とか持ってそうだけど。後姿ならエリンギでイケるけど、顔がダメ。完全に毒キノコ。
「しょ、食感はともかく、味はないので……味付け次第だと思います」
「その口ぶりだと食べたことあるの?」
「………………お給料前に……」
うっ、なんか聞いちゃいけないこと聞いちゃったような。
だが、私の心配は杞憂だったのか、ラディアは目を輝かせて、
「あぁ、一度でいいからスライムを食べてみたいです」
「スライム、ってさっきのだよね? え、食べられるの? あれって液体だと思ってたんだけど」
「はい。眉唾のお話なんですけどね。スライムは倒すと液状になって、蒸発するのですが……過去に一度、消えずにいたことがあったんだとか」
「液状になって蒸発……だからスライムの姿が無かったんだ」
倒されたスライムは、液状になって消える。ゲームも確かにそんな描写だった気がする。
「食べた人は、そのあまりの上質な肉質に天に召されてしまった、と」
なんだその都市伝説。
「ちなみに、ラディアは食べたことは?」
「か、数知れずチャレンジはしてみたんですけど、ダメでした。全部消えました。そもそもがおとぎ話のようなものです。あんまり信用はしてなかったんですけどね」
「給料日前に?」
「お給料前に」
どれだけ極貧なのよ給料日前。いや、私も人のことは言えなかったか……。
「しっかし、メイドさんって滅茶苦茶ハードな仕事だよね? やること多いし、拘束時間も長いのに……薄給なの? うっ、なんだ、頭が……」
何だろうか。何かが私の脳に先ほどからちょいちょいと攻撃を仕掛けてくる。まるで私とラディアの境遇が似ているとでも言いたげだ。別に、私の拘束時間は十四時間程度だし、給料も時給換算で言えば三百円程度かもしれないけれど、ラディアとは比べるべくもないだろう。たぶん。
ラディアは私の様子を見て、瞳を潤ませた。その慈愛と憐憫に満ちた目を見て、私はこの娘と心がつながったことを感じた。それは、とても心地よく、安心できるものだった。
「由佳さん……」
「ラディア……」
私たちはひしと抱き合う。その腕に少し力を入れる。柔らかな温もりと、柔軟剤だろうか、仄かな香り。思わずため息をこぼしてしまう。この感情に、なんと名前を付ければいいんだろう。「社畜」、とかかな。言葉は無くとも、苦労(黒)した人間は分かり合えるものなんだ。
ひとしきり親交を深め終わった頃に、私たちはオルニックに到着した。
閲覧ありがとうございます。
ブラックレベルで言えばレベル3くらいだと思います。(MAX10)