3.モンスターとの遭遇
がさがさと、茂みの奥から音が立った。
「わひゃあっ」
驚いて、音の方向に包丁を向ける。その音は次第に近づいてきて――、私の前に現れた。
「――スラ、イム?」
ジェル状の球体、仄かな水色をした、クラゲを球状にしたような生き物は、みなさんおなじみのスライムだろう。大きさは三十センチほどだろうか。パッと見で眼のようなものはないようだが、私のことはわかっているらしい。三匹ほど、ずるずると地面を這いながら近づいてくる。
「え、日本にもスライムっていたんだ! 初めて見た! 写真写真! あ、ないんだった! てっへー」
ってんなわけあるかい!
「でも……なんか可愛い」
目の前にまでやってきたスライムは、私の右足ふくらはぎあたりにまきついた。ひんやりする……。ぶよぶよしたゲル状のものが身体に巻き付いている感覚は、なんとも奇妙なものだった。
「あれ、あれあれ、ちょ、ちょっと巻き付きすぎじゃない? 動き、にくいんだけどっ」
重さはそこまで感じないが、うまく身体に力が入らない。これってもしかしてまずいのでは?
再びスライムのやってきた茂みから何かが飛び出してきた。
「あれは――エリンギ!」
それは一見して、てくてくと歩くキノコだった。私の知るキノコとの違いは、その大きさだ。六十センチくらいはある。手足の生えたエリンギのような見た目で、ジャックオランタンみたいな凶悪なツラ構えをしている。
でかいキノコ、一匹(一本?)かと思いきや、こいつらもまた後続がぞろぞろと現れる。その数は四匹。
「こ、こんにちはー」
スライムにまとわりつかれたままで、挨拶をしてみた。
『ギャシャァーーーッ!』
エリンギさん、ずいぶん変わったご挨拶ですね。なんて言えたらどんなにいいだろうか。エリンギは私を認めると、速度を上げて襲い掛かってきた!
その叫び声に、全身が総毛立つ。得体の知れない生き物が襲ってくるという経験は、当然ながら初めてだ。
いくらエリンギは焼野菜の仕込みで慣れているとはいえ、自走するエリンギなど私の辞書には載っていない。自走するエリンギ。意味、走ってくるエリンギ。載せたくもないわ!
「ちょっ、ちょっと待って! タイム! タイム! こわいこわいこわい! 近寄らないで!」
両手でいくらTの字を作ってもエリンギは止まらないしスライムははがれてくれない。こいつらスポーツ精神というものを知らんのか。私もよくわかってないけどさ!
一匹のエリンギがとびかかってきた。驚いた私は、もがくようにして反射的に左腕の包丁を振るが、間に合わない――!
「えっ?」
間に合わない、はずだった。そんなに運動神経は良くないのだ。そのはずだった。しかし、私は見逃さなかった。握った包丁が白いエフェクトに包まれ、私の左手がぐんっと加速した。
腕の可動域に沿って弧を描いた一撃は、まさに紫電一閃。エリンギを右下から左上へと切り裂いた。
『ギャアアア!』
思わず耳を塞ぎたくなるような断末魔をあげ、エリンギは数メートルほど後方へと吹き飛んだ。昨日研いだばかりの、次元も切れる包丁だ。一撃で絶命させてしまったらしい。またつまらぬエリンギを切ってしまった。
『ギャシャ?』
「……あれ?」
普通に起き上がったんだけど。むしろエリンギも何が起こったのかわかっていないって顔してるんだけど。私も意味がわからないんだけど。
滅茶苦茶強そうな一撃だったよね、あれ? 傷一つ負ってない? どういうことでしょうか?
そうこうしているうちに、まだ混乱しているエリンギを除いた他の個体が私を狙ってきた。
「ごめん、その、お友達は……そう、不可抗力! ね! 生きてるし! だから見逃してくれたり、」
『ギャシャォアーーーッ!』
「しませんよねーっ!」
とびかかってくる残りのエリンギたちを、避けようとするが、スライムのせいで満足に動けない。一匹が私の鳩尾に勢いよく飛び込んできた。
「ぐ、げほっ――」
こいつら、見た目以上に重い――! 肺の中の空気を一気に吐き出してしまう。やばい、もろに入った……。身動きが取れず、両手をついてしまう。
エリンギたちは私が抵抗できなくなったとみるや、再び近寄ってきた。スライムは、もう足止めは必要ないとばかりにのろのろと私の身体から離れていく。
……ここで殺されてしまうのだろうか? それとも、エロマンガよろしくスライムやエリンギに辱めの限りをつくされるのか。
苦しみの中で、ニュースキャスターが真剣な表情で「次のニュースは、二十代女性がエリンギによって死亡。捕食者と被捕食者が逆転したワケとは」と話す映像が見えた。これが、走馬燈というやつだろうか。
ご覧いただきありがとうございます。
自走するエリンギ、夢に出そうです。