8 レミーナ
おはようございます^_^
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「いやー、知らないってことは怖いことだわ。かみなりさまこわい、かみなりさまこわい」
これ以上お小言をもらわないように、慌てて支度をして馬車に乗りこむ。
すると付き添いで同乗している侍女のリサもさもありなん、と隣で深く頷いていた。
「お嬢さまの箱入りっぷりは定評がありますから。でも、なんです? そのかみなりこわいって」
「リサ、知らないの? いま町中で流行っているおまじないみたいよ? かみなりさまこわい、かみなりさまこわいっていうと、こわいことが逃げていくんですって。ポステーラの子供たちが教えてくれたの」
「まぁ、かわいいおまじないですね」
そんな話をしていると、馬車から見える風景が変わってきた。
ルスティカーナ家の屋敷がある西地区を出てサロンティナ大通りを南に下っていくと、ルイビス王国を横断するフォルテスタ川が見える。
川沿いの道をしばらく辿って橋を渡ると南地区となり、景色は屋敷街から店が並ぶ街中へと変わり、賑やかな喧騒がきこえてきた。
店の前で幼児ぐらいの子が長い草の穂をもって走って遊んでいるのを小窓からみたレミーナは、あ! とさけんだ。
「いけない、お菓子!」
「大丈夫です、昨日作り置いていたスノークッキーはこちらに」
リサはとなりに置いてあるバスケットをこちらに寄せてみせてくれた。
「ありがとう、リサ。あやうく子どもたちに泣かれるところだったわ」
「子どもたちはお嬢さまのお菓子を楽しみにしていますものね」
レミーナの趣味はお菓子作り。
あんまりストレスは溜めない方だけど、そんなレミーナでも、もう、いいかげんにして! と思ったり、カスパル先生の話が難しすぎて頭からぷすぷすと煙りが出そうになる。
そんな時は、甘いものを作りたくなるのだ。
冬のこの時期はバターがたくさん手に入るので、クッキー、パウンドケーキ、タルト系が作りたい。
お菓子を作ると自分の心もすかっとして、食べてもらえた笑顔が見れて、なんだか嬉しくなる。
そして今日持ってきたのは、幼児から大人まで食べやすいスノークッキー。
作り方は簡単!
ボウルにバターを溶かして粉砂糖をいれ、白っぽくなったら小麦粉とコーン粉を入れて混ぜ合わせる。
手のひらでころころと小さくまとめて銀のトレイに並べ、冬の冷たい廊下の台に置いて三十分。
その間にオーブンに火を入れて、予熱をあたため、クッキーを鉄板に置きオーブンの中へ。
二十分ぐらい、様子を見ながら焼き、取り出して網の上に乗せてさまして粉砂糖をふりかければ出来上がり!
「今、洋梨の季節だから本当はタルトを作りたいのだけど、沢山は作れないしケンカになっちゃうしね」
「ちびちゃんもいますから、小さく食べられるものの方がよろしいですよ、お嬢さま」
「ふふ! ほんと! リスのようにほおばっちゃうものね」
ちっちゃい子の小さなほほを思い浮かべながら二人で笑いあっていると、車窓はいつのまにか喧騒を抜けて、丘への道を登っていった。
****
周りに木々もない小高い丘の上に、ポステーラ養護院はぽつんと立っている。
レミーナが最初に母とここを訪れた時は、街から外れて孤独に立っているこの背の高い石造りの建物が重々しく感じた。
でも古い木目の扉を開けると一転、奥にある暖炉を中心に温かな暖色系のラグやクッションが並ぶリビングが目の前に広がる。
そしていつも朗らかな笑顔で迎えてくれるコンスエロ院長先生。
「レミーナさま、いらっしゃいませ」
「コンスエロ院長先生、こんにちは。先週は来れなくてごめんなさい」
「フローラさまから丁寧なお手紙を頂きましたよ。なんでも王太子殿下にお見初めされたとか」
「あー、うーん」
白髪のひっつめ髪に、小さな翠色の瞳をきらきらとさせて期待に満ちた表情のコンスエロ院長先生。
ロマンスが大好きで、よく王宮図書館から古き良き恋物語を代わりに借りてきて欲しい、なんて可愛らしいリクエストをされる先生には悪いのだけど、そんな甘やかなものはないのー。
「あら、今をときめく王太子殿下の婚約者さまになったとフローラさまから聞いたのですが」
「あう、ときめく。はい、ソウデスネ」
そうなんだよね、アルフォンス殿下って、細身だけれど背も高くて脚も長くて、お顔立ちもすっきりとしたイケメン。いつも微笑みを絶やさず海空色の瞳は柔らかく向けられていて、まるで絵本の中の王子さまみたい……なんて遠目からみていました。はい。
レミーナの細まった目をみて、コンスエロ院長先生はころころと笑い出した。
「あらあら、王太子殿下といえど、レミーナさまのお眼鏡にはかなわなかったようですね」
「あ、いや、お眼鏡なんて……まだよくわからないのです。どんな人なのか……」
「お忙しい方ですものね」
院長先生は微笑みながらうなずくと、ぜひ、レミーナさまからも会いにいって差し上げてね、と柔らかく言われた。
「私から、ですか?」
「どんな人なのか分からないのでしょう? ではまず知らなければ」
「婚約者だから、ですか?」
「いえ、人として」
人として。
コンスエロ院長先生の言葉が、なんだか、すとんと胸に響いた。
突然、婚約者だといわれ、慣れない王宮の中で身近に知り合いもいなくて。自分の心はきゅっとちぢこまっていたのかもしれない。
ただ帰りたくて、いつもの日常に戻りたくて、殿下の事情を聞こう、なんて考えもしなかった。
「そうか、謎解きの最初の一歩は、相手を知ることかもしれない」
「殿下を知る謎解き……! 素敵です」
「あ、あの、それとはちょっとちが……」
「いえいえ、みなまで言わなくても分かっておりますよ。大丈夫、お見守りしておりますわ。……経過を知りたいっていったらさすがにだめよね、でも、ああ、ロマンスだわ……!」
「コンスエロ先生、心の声が聞こえていますー」
「あらあら、まあまあ、ちょっと恥ずかしいわね」
口元に手を当てて顔を赤らめたコンスエロ院長先生。
先生ったら、とレミーナも吹き出して笑っていると、右奥の扉がばーんと開いて、四人の子どもたちがリビングへ入ってきた。
「あ! みーちゃんせんせーだ!」
「ちがうし! れみーなせんせーだし!」
「みーちぇんちぇー かしかしー」
わっと三人に囲まれて、お腹あたりに代わる代わる抱きしめられる。
最初にこちらを見つけて駆けよってきた、目がくりくりのさらさらの白金髪さんが五才のミカーロ。
二番手になってくやしくて、ミカーロにやっっかみをつけている、目の細いダークブラウンの短髪が印象的な六才のシスタビオ。
食いしん坊のアマリーナは三才。ふわふわの金髪の巻き毛が可愛らしい。
そして最後にリビングに入ってきたのは、七才のティア。栗色の腰まである長い髪は左肩に垂れるように一つでまとめられ、手には本を持っている。
「ミカーロ、こんにちは! シスタビオ、ありがとね! アマリーナ、もってきたわよ、でも一日三つまでー。リサ、おねがい」
リサに目配せをしておやつの籠を掲げて机の上に置いてもらうと、騒がしい三人はぴゅーっとそちらへ去っていく。
レミーナはドアの近くで止まっているティアのそばまで行くと、腰をかがめた。
「ティア、こんにちは。今日はこのご本なのね。みんなとお菓子を食べてから一緒に読もう。それまで待っていられる?」
ティアは黙ってこくりと頷いた。
レミーナはにっこりと笑う。
「今日はスノークッキーを作ってきたわ。一緒に食べよう?」
ティアはしばらくじっと止まっていたが、やがて頷くと、ゆっくりと自分の席に着いた。コンスエロ院長先生が瞬きでお礼を伝えてきてくれる。
レミーナも微かに首を縦にふって応えると、さぁ、お茶にしよう! みんな久しぶりね! とリサと一緒に大人には紅茶を子供にはホットミルクを用意する為にキッチンへと入っていった。