7 レミーナ
ひゃあ! 日間20位まで上がってきました! 読んでくださってありがとうございます! 嬉しくてまた朝投稿です^_^
楽しんで頂けますように。
「……ミーナさま、レミーナさま」
「うぅん、じぶんでたべるから、だいじょ……むぐー」
もう、仕方のない人ですね、という声が聞こえたかと思うと、ばさっと掛布をひんむかれた。
「さむっっ!! なにするのぉっ」
「起床のお時間になられても起きていらっしゃらないので」
あわてて取られた掛布を戻そうとするのだが、侍女のリサが片端を掴んでいて離さない。
レミーナは小さな動物のように身体をまるめてちぢこまる。
「お嬢さま……毎度毎度おもうのですが、レディのやることではないですよ……」
「私はなんちゃってレディだからいいのっ」
「今のうちに治しておかないと、王太子殿下の前でもそんな風になってしまいますよ?」
「なっ……! 私は殿下と同じ寝床にはっ」
思わず起きあがってリサを見上げると、すっきりとした空色の瞳がきれいに切りそろえられた白金の前髪の下で、にっこりと笑っていた。
「おはようございます、レミーナさま。はい、起きて。はい、立って。はい、顔を洗ってください」
「そんな朝から早く動けないー」
「ふふふ、王宮では借りた猫よろしく朝からすっと起きていたと奥様から伺っております」
ははー! なに言ってんのー!
か、かあさまは誰かとみまちがえたのだと思う! というレミーナのこりない訴えにも、リサはハイハイといなしながらさっと身支度を整えていく。
「本日は週に一度のポステーラ養護院にいく日ですので、お髪は二つに編んでおきますね」
「お願いー、この間の高くまとめた髪だと馬のしっぽ! とかいってちいちゃい子組さんに遊ばれちゃったから」
「あの髪型もお嬢さまはお似合いなのですが、残念です。殿下とのデートの時に結いますね」
「いや、そんなのはないと思うよ」
鏡台の前に座りこめかみからゆるく編まれていく栗色の髪をみながらぽそりと言う。
リサが鏡の向こうから手早く三つ編みを仕上げながら、そうですか? と不思議そうに聞いてきた。
「殿下、お忙しそうだし、私のことはお仕事のついでぐらいでお付き合いしているみたいだし、デートのデの字も頭にないと思う」
レミーナが王宮から屋敷に戻る際にも、見送りに来たのはクレトという王太子直属の近習と王宮にいる時にお世話になった護衛騎士さんや侍女たち。
しかもなにか言いたげなのに、口をへの字に黙って見送ってくれるのだ。
もうほんと、変な命令を止めてあげたい。
「そんなことさせてるんだったら私もしゃべらないですって言おうかな」
「殿下に、ですか? お嬢さま、けっこうやり手ですねぇ」
「なにが?」
「殿下を困らせて気をひく作戦です、とても良いと思います」
「え? いや、別に気をひくつもりは」
「お嬢さま……いつのまに恋する乙女におなりになって……リサも負けませんよ! 先日お嬢さまを送ってこられた護衛騎士様に声かけてみようかしら」
「リ、リサ、けっこうがっつり系⁈」
「ふふふ、この職業をしておりますと、出会いは皆無なのです! ぱっとつかんでぎゅっ! ですよ! お嬢さま!」
リサ、私より断然美人なのに、けっこう苦労してるのかな。
しっかり者のリサが頬を高揚させて話しているのを見ると、恋というのはなにやら楽しげなものらしい。
「私には縁遠いものだから、リサ、がんばって!」
まっ、お嬢さまったらまたそんな明後日なこといって、なんてリサは本気にしていない。
でも表は春うらら、裏は極寒のブリザード王子を思い浮かべると、恋の予感なんてかけらも出てこないなぁ、なんてレミーナは思うのだった。
****
身支度を整えて自室から廊下にでると、冬独特のしん、とした空気が流れている。
それでも見なれたオークブラウンの柱をふんだんに使った廊下はレミーナの目に優しく映った。
一時的とはいえ家を離れてみると、この屋敷がいかに温かく整えられているのかが分かる。
王宮は白くて綺麗だけど、どこもかしこも整いすぎてすこし寒々しいのよね。
出窓の小さな花瓶に生けられた、薄桃色の一輪の花を愛おしく思いながら、レミーナは階段を降りていった。
食堂への扉をリサに開けてもらうと、父と母が既に席についていたので、レミーナは足早に駆け寄った。
「おはようございます、お父さま、お母さま、遅くなってしまってごめんなさい」
「おはよう、レミーナ。よく眠れたようね」
モスグリーンの落ち着いたドレスがよく似合う母、フローラのそばに行って頬にキスをすると、新聞を読んでいた父、オクタビオがちらっとこちらを見た。
「あー、はいはい、ごめんなさい、母さまの方が近かったら先にあいさつしたの! すねないで、父さま」
「別に拗ねてはいない」
野太い声は平常をよそおっているが、への字の口元がぴくぴくしている。
レミーナは母と目を合わせて苦笑すると、がっしりとした首すじに手をまわして、髭もじゃの頬に母よりも長くキスをしておいた。
「おはようございます、お父さま。一緒に朝食を取ることができて嬉しい。お仕事、落ち着いていますか?」
「んむ。まぁまぁだ」
父の口元が、にん、とゆるんだので、母にパチリと目配せしてレミーナは自分の席につく。
湯気が立っているクリームスープが三人分運ばれてきて、兄たちはもう既に王宮へと向かったのがわかった。
「兄さまたちは今日も出勤?」
「ええ、ファビオは今週は夜勤だから朝はいないわ。クラウディオは馬舎から連絡があって、馬が産気づいたので泊まりよ」
「わ……それは大変……無事でいて欲しいね」
「クラウディオがついているから、大丈夫よ」
フローラの言葉に頷きながら、レミーナは心の中で母馬と仔馬の無事を祈る。
獣医である次兄のクラウディオから後学のためにと、一度だけ馬の出産に立ち会ったことがあるのだ。
それまで出産とは神秘的なものだと思っていたレミーナは、激しい母馬の息づかいや、はじめて聴くいななきの末に産まれた子がなかなか立てなかったのを覚えている。
母馬に鼻先でお尻を押されながら震える足でなんとか立った仔馬の姿。
祈るように握った手がなかなか外れなかったのを思い出して、レミーナはお皿に添えた手を無意識に握った。
「ファビオはしばらく王宮で寝泊まりだ」
「……なにか、ありました?」
口をつぐんでいたオクタビオが誰に言うともなくいった言葉に、フローラが心配そうに尋ねた。その様子にレミーナも父に目を向ける。
長兄のファビオは父と同じ武官だ。護衛騎士として王宮の部署を守っている。確か今は王の居住区を交代で見回っているはずだ。
兄が屋敷に帰ってこない時は、王宮が忙しくしている場合が多い。でも今はこれといって大きな式典もない、となると、王の身辺が騒がしいことになる。
「腰を痛められたようだ。寝台から動けないらしい」
「まぁ……それは御心配ですね」
「それに伴い、王太子殿下との書簡のやり取りが頻回らしい。重要書類が多いから一人つくことになってな。また、動けないものだから物入りでいろいろとご自身のご要望を言われるようだ。侍従たちが王都へ下る事が多い。身辺警護に手を取られている」
「ご苦労さまですわ」
珍しく饒舌な父を見ながら、母が落ち着いて頷いている。ひとまず兄の身辺に危ないことはなさそうだと、レミーナもほっとした。
「陛下がそんな状態でしたら、妃殿下も心が休まらないでしょうね」
母が父や兄を想うように、いてもたってもいられないんだろうな、と思いレミーナが父に尋ねると、両親は顔を見合わせた。
「……レミーナよ。王宮でそのような話は、していないだろうね?」
「ごめんなさい、あなた。私が伝えそびれていたわ……。でも、そうね、レミーナはほとんど社交に出てなかったから」
「え? なに? 私、変なこといった?」
父は言いたくないのか、むつ、と口をつぐんでしまった。
それを見た母が苦笑して噛んで含むように告げた言葉に、レミーナは目を丸くした。
「陛下と妃殿下は……あまり仲がよろしくないらしいわ。王宮では周知の話なの。レミーナは社交に出ていなくても王宮で働いているから、てっきり知っているものだと思っていたわ」
「カスパル老もご存知のはずだが……いや、当たり前すぎて話題にもしないぐらいの事。今度お会いしたら頭を下げねばならぬ。娘の世間知らずの度合いを申して置かなくては」
それだけ呟いてむっつりと立ち上がり、王宮へいってくる、と食堂を出た父。
ひとまずカスパルさまへ私が手紙をしたためますわ、と慌てて席を立った母。
残された娘はぱくぱくと朝食を食べながら必死に王太子殿下やカスパル先生との会話を思い浮かべるのだが、さっぱり覚えていなくて心の中でさけぶのだった。
ちちー! ははー! カスパルせんせー!!
わたし、そんなだいじなこと、ぜんっぜんきいてないんですけどーー!!
「……王太子殿下に聞いちゃダメよね」
「あたりまえですっ!!」
思わず呟いた一言に、隣の居間から母の矢のような叫びが聞こえてくる。
レミーナはひいっごめんなさいっと椅子を鳴らすと、急いで朝食をたいらげて逃げるように屋敷を出るのだった。