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68 レミーナ

 



 とくとくと規則正しいくぐもった音がする。

 なんだか、温かい。

 それに、この少しごつごつしてるのはなんだろう。


 レミーナはごつごつに触れたくてゆっくり手を開くと、ごつごつが逆に握り返してくれた。


 ああ、これは殿下の手だ。剣に握るために硬く、節のある……。


「でん、か?」

「目が覚めたか」


 柔らかな低音がとても近くで聞こえてくる。


 こえ、すごく近い。

 あたたかいし、子どもみたいにだっこされてるみたい。

 会いたい会いたいって言っていたから夢に出てきたのかな。


 あの鬼教官がこんな優しいお声かけをしてくれるなんて、きっと夢だ。なんだかくすぐったい気分、とレミーナは目をつむったままくふっと笑う。


「……っ……寝起きは、いつもそんななのか?」

「え?」


 寝起き? とレミーナは重いまぶたをゆっくり上げる。するとすごく近くで片手で口元を押さえ、横を向いている殿下が見えた。


「アルフォンス、殿下? えっ、ここは……きゃあっ! すっ、すみませんっ‼︎」


 当たりを見回すと地下王宮の部屋の一室のようで、しかもレミーナはアルフォンス殿下の膝の上で子供のように抱かれていた。


 一気に目が覚めてあわてて膝から退こうとするのだが、殿下の腕が外れずに足だけがバタバタと動くのみ。


「いい、そのままで。一時間ほど寝たか、体調は?」

「あっ、あっ、だいじょうぶ、だと思います! あの、殿下、できれば降ろして頂けるとありがたいのですが」

「ああ、この体勢だと話しにくいか」


 そうじゃないけれどその理由でいい! とレミーナはこくこくと頷く。


 とにかくこの近さは心臓にわるい。いくら暗めな室内でもこんな近くにいたら顔が赤らんでいるのもわかってしまうし、何より殿下の身体が近い。


 私のお尻が殿下のお膝にーー、はずかしすぎるっ、ぜったいおもいしっ! 


 そう思ったら居ても立ってもいられず、殿下が出してくれた手をとってなんとか身体を起こす。


「ああありがとうございます、って、右手の殿下っ、大丈夫ですから離してください! 殿下もなんとか言ってくださいっ」

「囲っているのは左だ」

「え?」


 上体を起こしたけれど腰からお腹にかけて腕を回されて殿下の膝の上に座っているのは変わらない。てっきり右手の殿下が掴んで離さないのだと思ったのに。


 手を取ってくれた方のが右手の殿下だったなんて。


 戸惑いながら見上げると、海空色の目が柔らかく細まっていてどきりと心臓がはねた。


 そんなレミーナの頬を右手の殿下がむにーとつまむ。


「っく」

「でんか、ひどひっ」

「いや、いつもと逆だと思ったら、な」

「まさに! いやぁ、そんな日がくるとは、従者冥利に尽きますね〜」

「くれとひゃんまでっ」


 くつくつと身体をふるわす殿下をにらんでいたらクレトさんの笑いを堪えた声が後ろから聞こえた。振り返ろうにも右手の殿下が離してくれないので動けない。レミーナがぺちぺちと右腕を叩くとしぶしぶといった感じでようやく手を放してくれた。


「顔色が戻ったな。これから先はクレトと共に同行する。いいか?」

「それはもちろんっ! 心強いです。でも、いいんですか?」


 謎解きは自分一人でするものだと思っていたから、殿下やクレトさんまでいて認めてもらえるのか不安になる。


「謎解きに支障がでるか、という事であれば大丈夫だ。謎を解けといわれた中に道案内を同行させるなとは言われていないだろう?」

「た、たぶん」

「レミーナが謎を解く時には口を出さないと約束しよう」


 はい、と気を引きしめて頷くレミーナに殿下はまたふっと笑ってくしゃりと頭をなでてくれた。


 やばい、なんだろう、こんなにさわってくる人だったかな、すごく……心がくすぐったいんですけれど……。


「あー、あー、目がー、口がー、鼻までかきむしりたくなる甘さですー」


 棒読みクレトさんの言葉に、レミーナの背すじがしゃきんと伸びる。


「で、殿下! もう、もう大丈夫ですっ! そろそろ先を急ぎましょう、きっとお待たせしていますから」


 今度は明確な意思をもって立ち上がろうとすると、殿下も片膝を上げながら身体を起こし、ゆっくりとレミーナを立たせてくれた。


「待たせておけばいい。実際にそれぐらいの試練を課された。あとクレトは減俸」

「ですです、到着したら美味しいお茶とお菓子のねぎらいを所望してもいいと思いますよ、レミーナさま! って、殿下、私情入りすぎぃぃ」

「あははっ」


 二人のいつものやりとりに、レミーナはつい声を上げて笑ってしまった。

 ブリザードな眼差しの殿下と情けなさそうな顔のクレトが目を同時に見開いてこちらを見てくる。


「な、なんです? 笑ってしまってごめんなさい?」


 レミーナがなにかへんなこといっちゃた? と口元に手をやると、いや、いいえ、と二人同時に首を横に振られ、くるりと背を向けられてしまった。


「あれだな、はじけるように笑うと、こう、破壊力が増すというか」

「ええ、春の陽だまりから夏の大輪の花のようですねぇ、めったにみられないというか、初めて見させて頂きましたが」

「クレト、減俸加算」

「うわぁー、殿下も初めてですか。もー、甘んじて受けますよ……」


 こそこそと話している二人に首をかしげながらレミーナはこそっと周りをみる。


 部屋の片隅に弓矢が大量にまとめられていた。しかもどれもきれいに二つに折れている。


「この部屋、弓矢がいっぱいですね」

「ああ、それは……っレミーナ!」

「え?」


 名前を呼ばれて振り向くと同時に何気なく踏んだ床がカチリとなった。

 グッと腕を引かれて殿下の懐に入った瞬間、目の前を殿下の剣が斜めに振ったように見えた。


 気がつけば自分の身体の横に二つに割られた弓矢が落ちている。


「こっわっ! まだ罠があったとは」

「クレト、近衛訓練一ヶ月追加」

「はい?! なんでですかっ」

「盾にならなかったからな」

「いやいやいや! せっかくの活躍の場をとっちゃだめだと思ってですねぇっ!」

「反応出来なかっただけだろ」

「ぐふっ、バレてる」


 クレトががくっと肩を落としているのを見ながらレミーナはぶらんと殿下の腕に背後から抱えられた状態で見上げた。


「でんかぁ」

「うん?」

「ごめんなさいー……」

「ああ、罠を踏んだことか? 想定内で除去しておいて見落としたのはこちらの責だ。気にするな」

「じゃあ、あの弓矢たちは」

「この部屋にかけられた罠の残骸だな」


 ひぇえ……とレミーナは背筋が寒くなりながらも、目に見えないぐらいの速さで切った殿下の腕に驚きと称賛の眼差しを向けた。


「殿下って、やっぱりすごいのですね」

「なんだ? 突然」

「なんかこう、私、守られてばかりで……」

「姫を守るのは王子の役目なんじゃないのか?」

「ひ、姫ってガラじゃあ」

「では妻を守るのは、だな。夫の役目だ」

「つつつ妻っ!! おっ、おっとっ!!」


 衝撃の言葉にレミーナは変な悲鳴を叫び出しそうな口を両手でふさぐ。


 どどどどうしたの、殿下! こんな直接的にいう人だった?! ていうか、クレトさん、しゃがみこんでるしっ!


「で、殿下、豪腕に振るいすぎぃぃ」

「善処するといった」

「いや、それにしたって……あーーいい! いいですそれで! もうそのままでいってください! 恋愛ベタ、表現ベタって事で! レミーナさまもそのつもりでいてくださいねぇ?!」

「ひょえっっ! は、はい、で、いいのかな……」

「変に誤解されるよりは分かりやすい方がいいだろ」

「その冷静さが誤解を呼ぶんですって、ほんともう勘弁してください」


 脱力してよれよれと部屋を出て行くクレトを見ながら首をかしげる殿下。


「殿下、そろそろ降ろしてください」

「ああ」


 殿下は腹部に回していた腕をゆるませてレミーナの足がつくようにすると、するりと右手を握って歩き出す。


 て、てを、殿下がっ!


「あ、あのっ」

「近くにいれば罠に触ることも踏むことも少ないし、守りやすい。動きにくいか?」

「い、いいえ! おおおお願いします」


 よし、と笑みを浮かべながら頷く殿下にレミーナは内心でうわぁぁと叫びながらの頬の赤らみは増すばかり。


 そんなレミーナに向かって動き出す自分の右手に、お前は利き手だから剣で守る役だと諭している主人を振り返りながら従者は口元のゆるみがおさまらない。


「これは何がなんでもお二人を認めてもらわないと。レミーナさまとご一緒の時の殿下のお顔! ぜひともいろんな人に見て頂きたいです」


 によによが止まらない顔面を咳払いで整えると、クレトは、さぁ、いきますか、と声をかけながら先頭に立った。













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― 新着の感想 ―
[一言] クレトさんと一緒に口元がゆるみます〜
[一言] そろそろクレトは減俸のされ過ぎでタダ働きになるのでは…(笑)
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