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66 レミーナ

 



 扉を閉めた瞬間、頬に冷気を感じてふるっと無意識に身体がゆれた。


「あ、れ……? 思いの外広いのかな……」


 レミーナのひとりごとがかすかに響いて消えた。

 思っていた距離に壁がみえない。どれぐらいの空間があるのだろうと翠の線を探すと、思いの外左右に広がっていてさらに特徴的なのは縦に細長かった。


「けっこう先まで距離がある部屋なんだ、あと天井も高そう。声も大きくなるし……」


 上を見ると空間が抜けていそうなのはわかるのだが天井がどこなのかわからない。レミーナは薄ら寒く感じて二の腕をさする。


「座れそうな場所なんてあるのかな……ああ、もっと明るかったら安心できるのに」


 重い足を動かしながら恐る恐る中へ進んでいくと、中央の通路の脇に等間隔に台座があり、背の高い置物が並べられていた。


「騎士の置物、たしか王宮にもあったけれどここのは全て鎧で包まれているのね」


 直立不動で剣を台座に刺し、つかを両手で握っている鎧騎士たちは静寂の中にいる。そのはずなのに、カシャン、と遠くで音がした。


 レミーナは、息を止めて近くの台座の陰に隠れた。


 誰か、いる。


 等間隔に聴こえてくる足音、規則的な金属音。鎧を被った、騎士だ。


 探しにきてくれた? と一瞬よぎったけれど、ちがう、とレミーナの脳が警鐘をならす。


 探してくれているなら、私を呼んでくれるはず。

 でも、いま歩いている人は……。


 カシャン、カシャン、と規則的な金属音がするだけで、一言も声がないことにレミーナの背中はぞくりと冷えた。


 近づいてくる音に息を殺してしゃがみ込むと、左から来た足音が背後を通過し、右へと遠のいていく。


 ほっとして細く息を吐こうとした時、凄まじい音と共に隠れた台座の三つ隣の台座にあった置物が崩れた。


「……っ‼︎」


 悲鳴を上げそうになる口をなんとか押さえて崩れた方を見ると、通常の人の二倍はある体格の鎧が同じ鎧姿の置物を長剣で払った姿で固まっていた。


 信じられない光景にレミーナの目は限界まで見開き、いつのまにか心臓が耳の裏近くまで来たのかと思うぐらいに跳ね上がっていた。


 な に こ れ


 息をしているのかしていないのかわからないぐらいの恐怖がレミーナを支配する。


 逃げなきゃ、と頭の片すみで分かっているのに、手足がしびれたように動かない。


 ギリギリギリ、と聞いたことのない音がしたかと思うと鎧は上体を起こして払っていた剣を地面に刺し、ゆっくりと重そうな身体を起こした。

 やがて支えにしていた剣を引き抜くと正面にかまえ、そのままの体勢で中央の通路に戻っていく。


 再び ガチャリ ガチャリと等間隔な足音を立てながら、レミーナの方へと戻ってきたかと思うとそのまま右から左へと向かっていった。


 レミーナは口元を押さえてもカチカチカチと鳴ってしまう歯音を止めることができなかった。


 あれはなにあれはなにあれはなに


 鎧の騎士が歩いているだけでも恐ろしいのに、想定外の体格と無機質な歩みがとても人の動きとは思えない。


 レミーナには気づかずに向こうへいってしまったけれど、そのままで済むはずもなく。


 回廊の反対側にたどり着いたのだろう、ぴたりと止まった足音がまたこちらに戻ってくるようだった。


 今度こそこちらに来る前に動かなければならない。

 視野があるかどうかもわからないが、見つかる前に。


 動いて、動くのっ……!


 両手で口を押さえながら心と身体を叱咤して震える足をずるりと横にずらした時だった。


 パタンと音がしたと同時に、ギリギリギリギリとレミーナのすぐ近くであの不可解な音がした。


 背をつけて隠れている台座の左横の銅像の剣が下から上へ音を立てながら上がっていく。立ち姿の銅像が前のめりに傾いたかと思うと、くるりと回転して回廊の中央に立った。


 そして、あろうことか ガチャリ ガチャリ と歩き出したのだ。あの銅像を払った鎧の騎士と変わらぬ姿で。


 二体に、なった。


 レミーナは声もなく震えが止まらない。


 だって、先程まで置物だったのだ。

 動くはずない、台座におかれた……。


 レミーナはそこまで考えて、背後に気が付いた。


 自分が背にして隠れている台座の上にも、同じ鎧。


 レミーナはかすかに首を振る。


 いや いやだ いやっ


 はじかれたように身体を台座から離すと、レミーナは頭が真っ白のまま扉に向かって駆け出した。が、こわばった足がもつれて上手く走れない。


「っ!」


 つま先が石畳のわずかな隙間に引っかかった。


 ころぶ!


 急激に迫った床に目をつむった瞬間、レミーナの腰を掴んで背後から抱き上げた者が居た。


 レミーナは鎧の騎士に捕まったと思い悲鳴を上げようした時、口元を大きな手が塞ぐ。


 レミーナの脳裏にぱちぱちっと映像が浮かんだ。


 王宮の白地の壁に赤い絨毯の廊下、華やかなワルツが遠くから聞こえる中、レミーナは同じようにパニック状態になった。


 誰だか分からなくて袖を探った時の意匠にさらに驚いたことが鮮明に思い出され、レミーナはあの時とはちがって祈る気持ちで腹部にある袖をぎゅうと掴んだ。


 上質な布地と、金属のボタンにつけられているのは特徴的な獅子の意匠。


 アルフォンス殿下……!


 暗くて見えないけれど、おそらく銀糸で縁取られているであろう袖口を見つけ、安堵と共に力が抜けた。


 アルフォンスはレミーナの身体の緩みをみて頷くと、レミーナを正面に返して手早く抱き抱える。


 レミーナは目の前に現れた殿下の首になりふりかまわず、ぎゅうと腕を回した。


 首に巻かれた細腕の必死さに殿下は抱く力を強くして応えてくれると、レミーナが入ってきた扉とは違う方向に走り出した。


 首元に額をつけてともかく殿下の邪魔にならないようにじっとしていると、回廊の側面の壁に向かって殿下は走り、壁だと思っていたところを押すとからくりのように扉が開いて廊下に出た。


 人が一人出入りすると閉じるようになっているようで、壁のような扉を閉じると共に背後で凄まじい音が二つ鳴った。


「ひっ!」

「大丈夫だ、鎧騎士が銅像を払った音だ。侵入者が全員出たので彼らもまた所定の位置に戻る」


 レミーナが短く悲鳴を上げたので、落ち着かせるように殿下は背中を軽く叩きながら説明してくれる。

 ここは「騎士の回廊」といって侵入者対策の為の部屋だそうで、入った人数と同数の鎧が動き出す仕掛けなんだとか。

 でもレミーナはしゃくり上げながら聞いていたので話半分ぐらいしか頭に入らなかった。


「よほど怖かったんだな、到着が遅れてすまなかった」


 とん、とん、と優しく背中に置いてくれる手がやさしくてレミーナの顔はますますくしゃくしゃになる。


「殿下、そりゃそうですって! 私たちはこの回廊の仕組みを知っているから落ち着いていられますがレミーナさまは知らずに入ったんですから」

「ひ……っく……クレト……さん……」

「あー、あー、おかわいそうに、びっくりしましたね、もう大丈夫ですよ、殿下がおりますから!」

「おい、そこは我らがとかだろうが」

「あ、私、戦力外なんで」


 クレトさんが綿の柔らかいハンカチを出してくれて止まらないレミーナの涙を拭いてくれる。


「額に傷が。浅いが血が流れたな。これはいつ?」


 殿下は汗で重くなっている前髪をそっと梳いて、クレトから渡されたハンカチでこめかみから垂れてこびりついている血をぬぐってくれた。


「秘密の、通路、落ちたときに、ころがって」

「吐き気や、頭の痛みは?」

「ない……ない、です」

「よかった。よくがんばったな、レミーナ」


 アルフォンス殿下の低く温かな声音と、地下王宮に入ってから会いたいと思い描いていた海空色の瞳が柔らかく細まっていく。


 殿下が、きてくれた。


 レミーナは心底安堵して目を閉じた。


「レミーナ?」


 殿下の気遣った声がゆっくりと遠のいていく。

 きっと安心したんですよ、とクレトさんの声も聞こえてきて、そうです、と頷きたかったのに。

 レミーナの意識は強烈な眠気に耐えられず、すぅと薄くなっていった。















約一ヶ月ぶりの更新でした、遅くなってしまって申し訳ありません!


繁忙期とやはりこのシーンを描くのが難しくて、書いては消しの連続でした。無事に書けてよかった……!


次回、アルフォンス視点の予定です。

がんばります!


なななん

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