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64 アルフォンス

 



 指輪を使用して灯りをつけるよう指示した後、レミーナの声がしなくなった。


 ついたのか、ついていないのか。

 それよりもまた何かあったのか?


 アルフォンスは閉ざされた床に顔を近づけ、焦る気持ちを抑えて大切な者の名を呼んだ。


「レミーナ、どうだ」

「あっ、はい、殿下。すごい、淡い翠色の光の線がともりました」

「作動したか、よし」


 驚いて息を呑んでいただけだった事にほっとし、喜んでいるレミーナの声音にアルフォンスも少しだけ肩の力をゆるめる。しかしこれからが大変なのだとアルフォンスは努めて冷静な声を出しながら、レミーナに今から起こるであろう危険を伝えた。


「その線は地下へと続いていて壁の位置を知らせ、貴女を導いてくれるだろう。ただ地下は一本道ではないはずだ」

「ええっ! どちらに行けば⁈」

「私も地下王宮の道を全ては把握していない、今、地図を探させているが」

「ど、どうしたら……」


 途方に暮れた彼女の様子に、アルフォンスは歯ぎしりをする。


 レミーナが地下へ落ち無事が確認された瞬間、クレトが地図を探して来ますと走り去った。

 自分が管理している南棟からも地下へと続く道がある事は承知している。問題はレミーナが歩く道と交差している箇所が有るかいうことだ。


 王宮図書館に閉架されている機密文書をクレトがどれだけの速さで持ってこられるのか……自分も同じように落ちていたら手探りでもある程度の予測をつけて歩いて行けたものを!


 アルフォンスの掌にはレミーナの華奢な指先を掴んだ感触がまだあった。あの時、考えるまでもなく出したのは左手で、右手は身体を支えるように床でふんばっていた。


 右手を出していたら間に合ったんじゃないか? 


 掴み損ねた自分よりも右手(こいつ)なら引き上げられたんじゃないかという後悔に、知らずして唸る。


 すると右手がガシッと自分の左手首を掴んだ。眉をひそめるほど力が込められた後すぐにゆるみ、手首を握ったまま親指でなだめるように腕を叩いてくる。


 アルフォンスは大きく息を吐いた。


「ああ、わかっている。過去よりも今、どうするかだ」


 そうだ、とでもいうように、右手は軽く手首を叩いて離れた。


 普段は小憎らしい行動しかしないのに、いざとなれば呼吸が合ったような動きをする右手。


 どちらも変わりない自分だとレミーナは打てば響くように言った。

 おそらくこれから何が起きたとしても、それも自分だと受け入れてくれるのだろう。


 そんな彼女を救う為に後悔などしていられない。


 アルフォンスは腹に力を入れて、閉ざされた床に向かってレミーナに話しかける。


「レミーナ、ひとまず行けるところまで下がってくれ。道が二手に分かれたら必ず右の道を選んで歩く。行き止まりになったら戻って左に行く、とルールを作れば迷わない」

「あ、私がいつも殿下の執務室にいく時みたいに、まっすぐ、右、右ってやれば良いのですね!」

「離塔から執務室にいくのにもそうなのか」

「はい、そうじゃないと迷ってしまうので」


 自分であったら目をつむってでもたどり着けるであろう道を、幼児のように伝い歩くレミーナが想像できてアルフォンスは額に手を当てたくなった。だが今はとにかく本人に自信をつけるのが先決と切り替える。


「ああ、それでいい。いつもと同じように動いてみてくれ。その間に私がそちらに向かう」

「殿下が来てくださる……じゃあ、迷わないように……がんばります!」


 震えそうな息を堪えながら言ったのであろう。少しだけ間が入る言葉に、アルフォンスは顔を限りなく床の近くまで寄せた。


「絶対に助けにいく。だから、遠慮なく先に進め!」

「はい!」


 背中を押すように叫ぶとしっかりとした返事が返ってきた。そのすぐ後に足音が鳴る。きっと灯りがともったとはいえ、視界は暗いのだろう。慎重に踏みしめながら歩く音はやがてくぐもり、遠ざかっていった。


 レミーナが去ってしまうまでその場を離れなかったアルフォンスは、ゆらりと立ち上がる。


「さぁ、これが今の私だ。お前の理想とは違うだろう?」


 感情が増すほどに静かな炎が胸に揺らめく。アルフォンスはゆっくりと扉に身体を向けると、護衛騎士に両腕を戒められたテオが居た。顔を真っ赤にしながらこちらを見ている。


「テオ、本人の意向も聞かず王太子妃を閉じ込めた罪は重い」

「殿下っ、あの女はあくまで候補者です! 怪しくもこの部屋で何かを調べていた、だから俺はっ!」


 忠義の熱いテオを側に置いてみたこともあった。だが若さで許される範囲を超えた行為は、自分の考えを改める事ができない狂信的なこだわりにしか見えない。


「本人の意向も聞かず、と言った。その調子で自論をたたみ掛けたのだろう?」

「あの女は嘘をついたのです、掃除婦に掃除を任されたと。体調が悪いからといって掃除婦が文官に自分の仕事を任すものかっ。王宮内の秘密を探ってどこかへ情報を流すつもりです! だから俺は逃げないように閉じ込めて報告したんだ! なのに何故!」


 拘束されているのも耐えがたいのだろう。腕を離そうと暴れるので、両脇で捉えている護衛騎士は静かにしろっとテオを跪かせた。


「テオ、お前が行った行為はある意味正しくもある。不審者を見つければ拘束、またはその場から逃げ出さないような措置をし、報告する。護衛騎士の基本だ」


 アルフォンスは震える右手を抑えながら、テオの前までいくと敢えて片膝をついた。


「だがそれは、相手が不審者だった場合だ。お前はレミーナだとわかっていただろう? お前から見て王太子妃に相応しくないレミーナが相手だったから、気に入らないから難癖をつけて閉じ込めてしまった。それではただの軟禁だ」


 明確に事実を告げるとテオはくやしそうにくちびるを噛みしめた。

 忠義という言葉を使いながら自分の想いを正当化するテオに伝わるかどうかは分からない。


 しかし変わる事のない真実は、本人に突きつけねばならない。


 アルフォンスは青筋を立てたまま床を見るともなしに凝視している目をじっと見ながら、最後の判断を下すべく語りかける。


「お前は、お前の愛する者が侮辱されたり虐げられたりしたら、黙っていられるか?」


 テオの血走った眼差しは微かに揺らいだ。

 激しく瞬きをした後、唯一動かせる首を下に向け、やがてくぐもった声を出した。


「…………許せません」


 アルフォンスは大きく息を吐き、頷いた。


 テオの中に良心はある。自分の思いだけで動くのではなく周りをみて変わることができるかどうか。


 次第にしおれ、うなだれていくテオにアルフォンスは静かに言った。


「私も同じだ。レミーナが王太子妃だから候補者だからとかではなく、な」


 震える拳は右手だけではない、と抑えつけながら握りしめている左手に目をやる。


「お前と同じ立場であれば殴りかかっていただろう。その後に酒を酌み交わし真意を告げ、理解を求めることができたかもしれない。だが……その機会がなかったのが残念でならない」


 呟くように告げると、テオははっとして目を見開いた。


 同じ護衛騎士であれば、最後には笑いながら認め合えることが出来たかのもしれない。


 テオの熱い忠義をレミーナに向けさせることが出来なかったのは、奴の性格を知りながら真意を告げず、側から離すことで良しとした自分の落ち度だ。


 テオに対する怒りと共に湧き上がる自責の念を振り切り、アルフォンスは立ち上がる。


「テオ・アスケリノ、本日より近衛護衛騎士の所属を外し、北スバク基地へ転属とする。……王都から離れて頭を冷やせ」


 なるべく感情を無にして告げた。しかし本人には言外のやるせなさが伝わったのだろう。


 テオは低く(うめ)きながら頭を下げると、アルフォンスにしか聞こえないほどの小さな声で、申し訳ありませんでした、と謝罪した。


 連れて行け、と護衛騎士に指示すると同時にクレトがノックもそこそこに姿を表した。


「殿下、お待たせしました!」

「クレト! 速かったな」


 クレトが足速に入室してくると、すぐに近くのテーブルに王宮と王宮内地下の地図を広げた。アルフォンスもすぐに二つの地図を見比べる。


 思った通り自分が管理する南棟からも壁を通って地下へと降りていく道があった。


「執務室に右へ向かう通路があったとは、知らなかったな」

「我々は壁内の通路を王宮内を動く為にしか使っていなかったですからね。我が国はけっこう上手く外交をしていますから、内部まで攻められる脅威を想定してはいなかったです」

「だがこうやって外へ抜ける道が作られている国でもある。クソ親父の笑い声が聞こえてきそうだな」

「お前らまだ知らなかったのかー、ですよね。くやしいですがその通り」

「レミーナのおかげでそれも把握できる、か」

「全てひっくるめて陛下の采配な気がしてこわいこわい」

「やめろ、全て掌の上で転がされてたまるか」


 ですね、とクレトは頷く。


「レミーナさまはおそらくこの位置、順当にいけば北へ抜ける最短ルートを歩まれるはずですが……」

「必ず右へ進めとはいったが、一旦自分の位置を見誤ると難しいだろうな。ましてやあのレミーナだ」

「はいー」


 アルフォンスはクレトと共にうなった。

 堂々巡りで南側近くを回っている分には心配はないが、下手に西に回られると厄介だった。


「この騎士の回廊に入られると不味そうだな」

「名前からして侵入者対策の匂いがぷんぷんします。しかも二手に道が分かれるとつい左方向に行きたくなりますから」


 レミーナが入ったと思われる地下王宮から左へ向かうとその回廊に導かれる。


「必ず右へいけと言ったが」

「右もずっと右にいきますといつの間にか左側に向かっていたりも、ね。レミーナさま、基本的に壁を伝って行かれていますから、普段も」


 恐ろしく嫌な予感がした。クレトも青白い顔をして広げた地図をすぐさま畳む。


 二人同時に走り出しながら、アルフォンスは叫んだ。


「ここから一番近い壁の入り口はどこだ!」

「ありますが狭いので走れません! 殿下の執務室まで戻って入るのが最短です!」


 アルフォンスは舌打ちすると部屋から出てすぐの中庭を斜めに駆け抜けながら脚を早める。

 中庭に面した開かれた大窓の桟をクレトと共に跨ぎ、廊下へ飛び出すと書類をもった文官達がぎょっとして歩みを止めた。その側を走り抜けながら目の前の階段を二階へ駆け上がる。


「幼い頃は行儀が悪いと叱られていましたが」

「ここで役に立つなら叱られ損でもなかったな」


 にやりと互いに軽口を叩いて気を紛らわせた。


「クレトも佩刀しておけよ!」

「承知! でもいざというときは殿下にお任せします! 自分、文官なんで!」

「お前なぁ……グラウシス呼んでおけよ!」

「新人引き連れて野外訓練に行っちまいましたよ! 許可だしたの殿下ですよ?」

「間の悪い奴!」


 近衛一の武官は不在、あまり大事にも出来ないので執務室の護衛にはグラウシス以外誰も入れるなと言い置いて部屋に入った。


「グラウシスさまに直接言わないで下さいよ? 後でジト目で怒られるの私なんですから! 早馬出したのですぐ戻られると思います」

「わかった。まぁ、なんとなればクレトを盾にしてどうにかしよう」

「ひぃぃぃ! じ、自分! 文官なんでっ!」

「大丈夫だ、盾なら文官でもできる」


 壁に掛けてある軽量の盾をクレトに放って、自分はそのまま執務室のカーテンに隠された扉を開けた。

 見知った通路は左側だが、アルフォンスは壁だと思っていた右側の板を探る。するとわずかながら凹凸のある部分があった。押せば至極簡単にその板は人が一人通り抜けられる扉がわりに開いた。


「左にしか通路はないと周知して右に逃げる、か。考えたものだ」

「毎日ここに居る我らも知らなかったですからね、極秘中の極秘情報」

「ああ、ひとまずお前とグラウシス以外は開示しないでおこう」

「レミーナさまは?」

「告げたとてどうせ道に迷う。それよりか側で守る方が安心だ」

「確かに」


 レミーナが聞いていたら、ひどいですー! と騒ぎ立てそうな事を言い合いながら右側の暗闇に入る。当たりをつけて指輪をかざすと道標の翠色の灯りというには細すぎる線が壁を伝った。


「レミーナさまでなくてもこの暗さはお辛いでしょうね……」

「ああ見えて泣き虫だからな。すぐに合流する。行くぞ、クレト!」

「はい!」


 目が慣れるのもそこそこに走り出したアルフォンスにクレトもぴたりとついてくる。


 案外、武官でもやっていけそうだな、と背中の足並みを聴きながらアルフォンスは先を急いだ。







こんばんは、切りがうまくつかなく一話が長くなってしまいました。お目は大丈夫でしょうか……!


次回、レミーナに視点を戻して地下をさまよ(むぐむぐ)……レミーナ、がんばります!


いつもお読みくださりありがとうございます^_^

暑くなってきました、皆さまお身体にきをつけて。


なななん

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