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5 レミーナ

おはようございます、日刊34位になっていて、どきどきがとまりません。

読んでくださった皆さんのおかげです、ありがとうございます!

 



「そんな固まった空気の中でいち早く動いたのはアルフォンス殿下でした」

「ふぉっふぉっ、まぁそうでなければ務まらんわなぁ」


 離塔の窓からさす柔らかい日差しが秋の訪れを感じさせてくれるおだやかな午後、レミーナは窓際の広い丸机に紅茶ポットを置きながら鼻にキュッとしわを寄せた。


「なんとなく、くやしいのですけれどねっ」


 あの固まった空気を作ってしまったのは自分なのに、どうしたらいいか分からなくて冷や汗まで出てきたのだ。

 そんなレミーナを見て、殿下はまたぶはっと笑ったのだ。

 その笑いで、凍っていた空気が溶けた。

 後ろにいた護衛さん達も、もちろんレミーナも息がつけたのだ。


 その様子を話すと、師はふぉっふぉっと笑うばかりだ。


 笑わないでくださいよっ、と桃風味の紅茶を口に含みながら、ふわりと薫るほのかな甘みに癒されレミーナは深い深い息をついた。


「で、肝心の何があったかはどうじゃったのかの?」

「それが変なことを言ってきて」

「ほむ?」


 レミーナはソーサにカップを置きながら眉を寄せて口をとがらした。


「殿下が隠しているものが分かったら教えて下さるんですって。意味がわからないです」


 首をかしげるレミーナをよそに、先生はほほぅ! と目が溢れるんじゃないかというぐらい見開いた。


「いやいや、結構な大ヒントじゃぞ?」


 レミーナの用意したレモンケーキをもぐもぐしながら、先生は行儀悪くフォークで空中に丸を描いた。


「まず、殿下はレミーナ嬢に対して隠し事をもっているのが一つ。そしてもう一つは、隠しているもの、じゃ。それが物なのか人なのかで大きく違うの」

「先生、さっぱりわかりません。その二つのどれが大ヒントなのです?」

「むぅ、いつも思うが残念な脳みそじゃのぅ」

「先生、失礼ですっ」


 もともと小難しいことは大っ嫌いなレミーナである。

 空気を読んで立ち回る貴族社会の中でルスティカーナ家はもともと代々そんな気質だ。

 それでも父母はそれなりに合わせてはいるが、それこそ血だけが長い名門という盾をうっすらとはりながら、実質はできればほっておいてほしい日和見貴族。

 そんなほのぼのな雰囲気の中で育ってきたレミーナは正直、貴族よりも街で出会う平民と話す方が気が合うぐらいだ。


「やれやれ、世話の焼ける生徒を持つ先生は大変じゃのぃ。いろんな引き出しを開かねばならぬでのー」

「どんな生徒にも分かるように教えるのが先生のだんご(あじ)だって教えてくださったのはカスパル先生ですよー」


 いーろいろ間違っとる、とジト目で先生は出来の悪い生徒をみた。


「だんご味じゃのぅて醍醐味じゃ。知ったような口を叩いている間はまだまだ半人前じゃの。ようできた子供にはつっこまれるし、一番悪いのは適当な事を教えてしまう事じゃぞ?」

「そ、そんなこと、子供たちの前では言いませんよ!」

「ほんとかのぅ? 読み聞かせのときに適当なこと言っておるのではないのか?」

「うっ」


 レミーナはしばらく行っていない王都の港が見える丘に立つ養護院の子供たちを思い浮かべた。

 一週間に一度、養護院へ行って幼い子には絵本を、文字が読めるようになった子たちには少し長い物語を読み聞かせているレミーナ。


 たまに鋭い質問がきて、分かるものはその場で説明するが、自分で分からないものはカスパル先生のところまで持って帰って教えてもらい、また子供たちにそれを伝えているのだ。


 そんな中で、幼児たちにはまだ分からないだろうと適当なことをいっていたことが、あるようなないような。


「年長者はもちろんのこと、幼児たちこそ聞いたことをそのまま伝えるでな? 幼児たちに分かるようにきちんと説明してやらんといかんのじゃぞ?」

「はい……カスパル先生」

「ひとまず醍醐味を自分で調べて提出すること」

「はぁい」


 お前さんと喋っているとすぐに話がずれていってしまうわい、とカスパル先生はお皿に残っていたレモンケーキをもぐもぐした。


「話を戻すぞい? 殿下はまずこの数日でお前さんを少しお認めになった。自ら隠し事がある、と仰ったのがその証拠じゃ」

「えー? そうですかぁ? 私はそんな風には全然感じないですけど」

「それはお前さんがなーんにも気づこうとしておらんからじゃ。頭の中に花でも飛ばしておるからじゃろ」

「失礼です、先生っ! 殿下の髪の色が絵本に出てくる人に似てるなぁと思っていただけです!」

「…………」


 それを聞いてカスパル先生は目を片手でおおった。神は信じぬ我なれど、神頼みをしたくなるとはこの事じゃのぉ、と小さく呟く先生。


「ともかく、あの殿下ならばお前さんを綺麗に騙して何事もなかったようにすることも出来る方だ、というのを頭の片隅に入れておくのじゃ。今は分からぬとも」

「ん? だまされていたということですか?」

「ちがーう。だますことをせず、謎を解いてみよ、と仰せなのじゃ。ある意味試験のようなものじゃの」

「なんのです?」

「それはもちろん、王……」

「カスパル先生、そこまでに」


 突然響いた声にレミーナがびくりと肩を揺すると、カスパル先生はするりと席を立った。ゆっくり胸に手を当て立礼し声の主を迎える。レミーナも慌てて師の斜め後ろに立ち、同じように礼をした。


「わざわざこちらまでお越し下さるとは、暇を持て余しているようですな、王太子殿下」

「時間を割く必要がある、という事ですよ、カスパル先生」


 アルフォンス殿下が、ご相伴しても? と聞きながら丸テーブルに座るので、レミーナは、先生が頷くまで待てないせっかちさんだなぁ、と思いながらサーブするために給湯室へ下がる。


 幸か不幸かレモンケーキはまだ余っていた。こんな自作のケーキを高貴な人に食べてさせていいものか不安だが、ぱっとみて出せるものがそれしかないので仕方なくちょっと薄めに切る。


「あ、護衛騎士さんは食べるかな?」


 レミーナはひょいっと給湯室から顔を出して入り口にいる殿下付きの護衛騎士さんに手を振って気づいてもらう。


 こちらを見てくれたので、殿下のケーキの皿を見せて食べる仕草をして、右手を前に差し出し、あなたもどうですか? とジスチャーをこころみるが、騎士さまはぶるぶるぶると首を高速で横に振った。


 そうか、今はダメなのね、とレミーナは残ったケーキを紙で包んだ。


 あとで食べられるように渡しておこう。きっといつも殿下に振り回されてお仕事大変だろうから、せめてね。


 新しい湯で入れ直したポットを持って丸テーブルへ戻ると、殿下と師はにこやかに笑いながら、空気はサンドラ地方にきたかと思うぐらい冷えていた。怖いんですけれども。


「……どうぞ」

「ああ、ありがとう。ん? これは手作りみたいだ」

「おや、レミーナ嬢は菓子作りが得意ですぞ? そんな基本中の基本も知らずに婚約したとは、よくよく急いでおられたようじゃ」

「……確か釣書には書いていなかったが?」

「は、はぁ」


 わぁ、なんでこっちにブリザード⁈ だって、本人が結婚するつもりなんてないんですもの、必要最低限の情報しかお父さまも書かなかったと思うよ。仕方なくない?


「たぶん……殿下のお目にはとまらないので書かなかったんだと思います」

「自分の娘を良く見せようとは思わなかったということか」

「本人との話し合いがきちんとされている良識ある良き家という事ですじゃよ。ある意味王子妃の実家には向かないと思いますがの」

「いや、権威に執着をもたなく静かにしているのであればそれはそれでいい」


 殿下の物言いにカスパル先生はため息をついた。


「一人で治めるおつもりか? それは国を弱体化させると何度もお教えしたはずじゃが。老いぼれの戯言は殿下には響きませなんだか」


 少しさみしそうに呟いた言葉に、殿下は口を開きかけてすぐにつぐみ、相変わらずですね、とにっこり笑った。


「殊勝なふりをして必要な情報を得ようとする。基本中の基本ですね、カスパル先生。教えは忘れていませんよ」

「ちっ、都合の悪いことばかり覚えておるようじゃ。出来が良いんだか悪いんだかな生徒なのは変わらずじゃの」

「せ、せんせ?」


 カスパル先生の砕けた物言いに目を白黒させていると、アルフォンス殿下がレミーナに向けて苦笑いをしながら、私も先生の生徒だったのだよ、と白状した。


「アルフォンス殿下は口を開きかけてつぐんだ、という事は一人で治めるつもりはない、別の意図がある、という事を露呈したのじゃが、レミーナ嬢はそういう機微に気付けぬ資質じゃ。分かっておるじゃろう? なぜ無理に婚約を?」

「それ相応の理由があるからです」

「その謎を解け、という事じゃな。さすれば婚約解消もありえると」

「それは今後の行動をみて」

「ほぅ……」


 カスパル先生は一瞬目を細めて、次の瞬間今度はまたあの、目がこぼれてしまうかというほどの見開きを見せた。そして、ほうほうほうっとなぜか笑った。


「なぜ笑うのです?」


 レミーナはアルフォンス殿下とカスパル先生の腹の探り合いがさっぱりわからない。


「いや、こればっかりはまだ分からぬ、ということじゃな? アルフォンス殿下」

「どう捉えて頂いても結構ですよ、言葉通りの本音です」


 そう言って肩をすくめため息混じりに笑う姿は、王太子というよりかはここにたまに訪れる先生の生徒といった雰囲気だった。

 しかしそんな空気も護衛騎士のごほん、という咳払いと共にすっと消える。


 円筒の塔の壁にそって並べられた、本棚の間に備え付けられた大きな古時計の針をみたアルフォンス殿下は、丁寧かつ素早い作法でレモンケーキを平らげると、少し冷えてしまった紅茶を一息に煽った。


「さて、レミーナ嬢の参謀にも挨拶をしたし、そろそろ戻らなくてはいけない。こちらのケーキの残りを包んでもらっても?」

「何で残りがあるって知っているんですかっ」


 レミーナは見てもいないのになんで分かるのかとのけぞると、簡単な話だとアルフォンス殿下は親指を立てて自分の背後を指した。


「うちの護衛にも声をかけていたから」


 うわっ、めざとっ! とレミーナはおののく。でもこれだけは言っておかなくてはならないとぐっと身体を前のめりにした。


「でも二人分はありませんよ? 残りは護衛騎士さん用です」

「相変わらずばっさりだな、つれない」

「ふぉっふぉっ」


 面白そうに笑った師に、先生は黙っておいてくださいよ、とアルフォンス殿下は釘をさすと立ち上がる。


「では今後貴女がなにか作ったら私にも届けさせるように。直接持ってこなくても王宮の者に渡せば届くようにしておくのでよろしく」


 王太子の顔に戻ってそうレミーナに告げると靴音も高らかに颯爽とその場を去っていった。


 なんでー? と口を開けたまま呆然と見送ってしまったレミーナは護衛騎士さん用のレモンケーキを渡しそびれてしまい、慌ててその後を追ったのだがすでに二人の姿はなく。


 近くにいた侍女に護衛騎士さんに、と伝えて手渡したのだが無事本人に届いたかどうかは分からなかった、と戻ってカスパル先生に言うと、師はふぉっふぉっと笑うばかりだった。








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